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プロローグ

 

 ドアを押し開くと眩いばかりの春の陽光がふりそそぐ。

 一瞬、その眩しさに目を細めて、氷ヶ守燐人ひがもりりんどは大きく伸びをした。

 真っ黒な学生服の上下を少しでも愛らしく見せようとしているような、ピンクの刺繍糸でステッチの施されたジャケットの右ポケットから取り出したフリスクを口の中に放って、見慣れた世界へと足を踏み出した。


「よ! 今日も元気そうで何より」


 同級生の柚子原庵ゆずはらいおりと、


「おっはよー」

 

 風早かざはやかぎるがやってくる。


「元気そーで何より、じゃねーよ。ユアン」


 燐人が嘆息する。

 オシャレ使用で度も入らない眼鏡の奥で、柚子原は目を瞬かせた。


「かぎる、なんかリンド怒ってんだけど」


「図らずも番長への道を駆け上がっちゃってんでしょ」


 制服の上にライムグリーン色のジャージを羽織ったかぎるが、他人事のように笑いを忍ばせた。

 と、颯爽とペダルを踏む音が聞こえ、それに気付いたかぎるが大きく手を振った。


「かぎるちゃん、おはよー」


 自転車に急ブレーキをかける緑色のブレザー姿。見ている側がハラハラするような不慣れな動きで、美作みまさかゆかりが降り立った。


「今日もセーナンの制服かっわいーねーゆかりちゃん」

 

 恒例のユアンの制服談議に、冷めた視線のかぎると、燐人もその輪に加わった。


「セーナンの制服はオレランキング二位だからね。でも、ゴメンね。清楚系セーラーの凰華おうかが堂々の第一位ってのは譲れないんだ」


「黙れ制服フェチ」


 かぎるの容赦ない一言にも、柚子原は無視して前に出る。


「こんなに素敵な制服が山ほどあるってのに、ウチの、ゲッコーの制服、ついでにいえばゲッコーの制服ときたら……」


「別にあんたのために着てる訳じゃないから」


 ピンクのラインステッチの施された黒のワンピースタイプ。如月高校指定の制服をなおさら隠すように、ジャージを首までジップアップしてかぎるが言った。不揃いなショートヘアーの下、元々ネコみたいな瞳をさらに吊り上げる。


「そもそもゲッコー、ゲッコーって、あんたら工業科と、あたしやリンド、普通科の生徒を一緒にして欲しくないっての」


 始まった二人の口喧嘩は、いつも通りの情景。それを愉しそうに眺めていたゆかりが、思い出したように振り返る。


「はいリンド、忘れ物っ」


 瞬間、ゆかりの肩にかかった髪の毛が、春の柔らかな風に遊んだ。

 ちょっぴり見とれた後で、燐人はゆかりが持ってきてくれた長方形の箱を受け取った。

 ご飯とラッピング担当は父親、おかず担当は母親。隠し味は愛情、というか愛情が満載過ぎるほどに満載な両親合作の弁当。調理過程とは名ばかりに、聞かされるイチャラブぶりに麻も早くから食傷気味で、毎日わざと忘れて来る弁当を、これまた日課でゆかりは届けてくれる。

 燐人の目に、幼馴染の姿はきらきらと輝いて見えた。そして同時に、ユアンとの友情をとって、ゆかりと同じ清南高校に進まなかったことを、如月高校入学一ヶ月にして早くも後悔していた。

 中学時代の悪名、それも概ね柚子原の揉め事に巻き込まれる形で轟かせた『狂王』――ユアンの相棒、『悪来』――リンド。何をしなくても目立つ長身のせいか、不良の巣窟、ゲッコーと呼ばれる工業科でもないのに、気づけば新世代ルーキーの一人に数えられていた。

 頼んでもいないのに絡んできた二年のナントカという先輩を退けるに至り、俄然その注目度も急上昇中。溜息にも拍車が掛かるってなものである。

 そんな燐人をしり目に、中学時代の冗談みたいな金髪はナリを潜め、オシャレに目覚めた相棒の横顔。皮肉にも、本来ならそのルーキー戦線の矢面に立つはずの、真性ヤンキー体質たる柚子原は高校生活を満喫しているらしい。

 自ずとついて出そうになる、溜息とグチをどうにかこうにか燐人は呑みこんだ。

 近づきつつある如月高校を目前に、ゆかりが声を上げた。


「あっ、マズい。遅刻しちゃう」

 

 ゆかりの自転車がぎこちなく、だがしっかりと走り始める。

 その後ろ姿を、燐人は憧れにも似た心情で見送った。

 やがて二人の人物とばったり出くわしたのは、校門が見えてきた頃だった。燐人は喉に物でも詰まらせたような顔。柚子原も歩みを止め、二人でペコリとお辞儀をする。


「サリーくん、ちわス」


 ゴシックロリータ調に崩された制服を着た、連れの女生徒とは対象的に、全身黒づくめでシルバーのアクセサリーをジャラジャラと飾り付けた小柄な男子生徒が近づいて来た。


「二年の始野やったってな。次はヒリューさんのとこか? それとも俺とやりあうか?」


 目深に被ったニットキャップの下から覗く、やけに鋭い眼光。


「めっそうもないです」


 俯き加減で燐人が言うと、サリーは連れの女生徒と校内へと消えて行った。


「……やっぱりサリーくんって、先輩の中でも別格って感じな。おっかねー」


「俺がサリー先輩とケンカするような事になったら、ユアンのせいだからな」


 何で俺のせいなんだよ、怪訝な顔をして柚子原が口を開きかけた瞬間、


「うわ!」


 その真後ろから発せられたかぎるの声。その視線の先には、紺色のジャージを着て校門の前に仁王立つ女子生徒の姿があった。


「なに、蒼姉あおねえ、まだ諦めてねーの?」


 柚子原の問いに、かぎるが小声で答えた


「うん。あたしこれからは文系少女目指すって宣言したのに、顔を見る度に陸上部入れって」


 燐人とかぎるの顔を見比べながら唸る柚子原は、


「ようは二人共、覚悟を決めろってことだな」


 まさに他人事。

 一瞬あっけに取られた後で、燐人とかぎるはそろって声を上げる。


「「ユアン!!」」


 空気を察したユアンが駆け出す。

 追いかける燐人とかぎるが、地面を蹴った。


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