あやとり
「ルフィルナ・アルバレスト公爵家令嬢、貴様と私第二王子リューク・フォン・アルカナとの婚約は今を以て破棄する!!貴様は我が婚約者であるにも関わらず私が真に愛するニーナ・ダルシアン男爵家令嬢を不当に虐げ公衆の面前で『婚約者がいる男性には近付いてはなりません』だの『婚約者に断りもなく人目の付かない空き教室で二人っきりになってはいけません、それは不貞行為になります』や中庭で私とニーナが折角逢瀬を楽しんでいたのに…『公衆の面前で乱りに抱き合ってはいけません』などとよくも小姑のような事をしてくれたな!
―――そんな事をして私の関心を買おうとしたが、無駄だだったな!?私の心はもうお前にはない!!
私が今最も愛している女性はニーナだ!ここにいるニーナしか居ない…ッ!!
彼女を私の妃として行く行くは王妃と―――」
公衆の場(王城・謁見の間)で金髪碧眼の短髪、何処まで行っても❝かわいい顔❞と揶揄される美少年は堂々と自分の父の見ている玉座の前でそう宣った。
…無論、傍らにはピンク髪ゆるふわロングの赤い瞳の王子と同じく❝かわいい系❞の顔は第二王子の瞳の色、パステルブルーのやたらとレースやリボン、ひらひらが多いこれまた愛らしいデザインが霞むほどの醜悪な笑みを此方へと向けながらその王子の左腕にべったりと小判鮫宜しく引っ付いてたまま時折ドヤ顔で“勝った”と不敵な笑みを浮かべているが―――直ぐにそれは驚愕と恐怖に彩られる。
「ぁ"ががあ"あ"あ"―――――…ッッッ!!?」
「…ッ!?リューク様ぁ…ッ!だ、ひぃ"い"い"い"〜〜〜ッッ!?!?」
メリ…メリメリメリィィ―――…ッ!!
…何故ならその美少女、いや、美少年王子の眼球はほっそりとした彼の婚約者ルフィルナのロンググローブ越しの指に因って一瞬の内に間合いを詰められ抉り出されたのだから。
生々しくも血管やら神経が引き千切られる音、肉を抉り出されるリアルグロ映像に何人かの御令嬢や夫人が倒れた。
「第二王子、それはつまり王太子妃殿下を害し王太子殿下――――…貴方様の実の兄上から王位を簒奪する、と言う宣戦布告ですか?
ここを何処だとお思いで?今日は何の日か忘れてしまわれたのですか…??」
…そう、今日は王太子殿下と王太子妃殿下、両殿下の結婚記念日。今日で丁度三周年…実に目出度くお熱い事である。お二人には既に三人の御子様が居て家族仲夫婦仲共に良好であるのだ…ほら、吹き抜けの玉座が置かれている“謁見の間”は今はパーティー会場に仕立てられ玉座は3階の主広間に移され国王陛下、王妃の両陛下が下の階の異変に気付かれたのか…眉を顰めているわね。……早めに終わらせよう。
「今日は王太子殿下と王太子妃殿下の結婚三周年記念日で、貴方はその弟…曲がり間違ってもあなたが王位に就く等と…アンポンタンな妄言を口にしてはいけませんわ。―――まあ、もう遅いですけど」
腰まで伸ばした銀髪、深い赤紫の瞳、小さな小鼻、薄い桜色。唇が弧を描く。深い藍色のAラインドレス。前世だとハリウッド女優がレッドカーペットとかで着ているような高身長を惹き立たせるデザイン、ざっくりと空いた胸元に飾られるのは黒耀石の輝き。…その色はルフィルナが真に想う殿方―――魔族の王、ガディアスの瞳の色だ。魔族の王、“魔王”手ずから着けられた所有の証。
「何の騒ぎだ、第二王子―――いやリューク」
「ぅ、ぅぅ……ッ!?……ッ、~~~ッッ⁉⁉」
厳かに静かな口調で咎められた両目抉られて懊悩している第二王子は呻き声を挙げるばかりで陛下の問には答えられないようだ、当然ルフィルナがその事を見越してこのような暴力的な行動を執った。
愚か者の発言は聞きたくない、否こんなお花畑の住人の尻拭いはもうしたくない。御免被りたいルフィルナが16年も前から計画していた事だ。
「陛下、恐れながら発言の許可を戴きたく存じますわ。」
直ぐ様カーテシーで出迎え直訴する。本来は頭を垂れ跪くのが〝臣下〟として正しい行いだろう。だが――――ルフィルナは…、この世界が前世真壁梓(18)が生前良く遊んでいた女性向け恋愛シミュレーションゲーム【ドキドキして♡私の王子様】の悪役令嬢だった事に暗闇の中から光の中へ出された時に気付いた。
…そう、赤子にして前世18歳まで生きた記憶があったのだ。最初は混乱したがいつの間にかやって来ていた妖精や精霊、精霊王(火/水/風/土/時/空/天/幻/氷/雷/光/闇)達…聖獣や神獣までいつの間にか側に来ていたのに転生者たるルフィルナ(赤子)も驚いたものだ。
ゲームだとルフィルナ(中身前世持ちの女)は主人公のニーナ・ダルシアンとなって王立学園での三年間で恋にバトルに探索に…と乙女ゲームさながらな恋愛模様とダンジョンや街での探索、デートなんかも見処のやり込み要素満載の乙女ゲームを夢中でやっていた…ハマりにハマり捲った。特にダンジョン!そこでの手に汗握るバトルが楽しくまたRPGゲームお馴染みのトラップや宝箱。どれもドキドキワクワクとしていたものだ。
「許可する。何故にこの馬鹿は馬鹿を侵したのだ?」
「はい、それは―――」
「あなたがリューク様のお父さんね!はじめまして、私ニーナ・男爵令嬢ですぅ。そこの女ったら酷いんてすよ!私は単なるお友達だって言ってるのにやれ腕を組むな、抱き着くな、婚約者の居る男に乱りに触れるな纏わりつくなだなんて!そこの女は頭が硬いんですわ!そんなんじゃあリューク様も息が詰まってしまう…私はリューク様の為を想って親しくさせて頂いているというのにぃ"〜〜…ッ!!」
___シ――――ンッッ___
当たり前だが前世と違い現実となったこの世界に名前などない、ただ便宜上学会で“地球”とこの惑星を定義している。
前世現役JK社長だった真壁梓が居た日本を含む“地球”とは異なる歴史、異なる銀河系にこの惑星は存在する。
それを知ったのは幻属性の精霊王アル・ア・ジャフと時属性の精霊王クロウディスの合せ技で大気圏を突破しこの惑星の姿を赤子の身で見下ろした過去にある。
大陸の形は前世地球にあるものとは丸っ切り違う上、月は二つ在った。蒼い月と紅い月。この二つの月は地上に居た時は必ずどちらか片方しか視認出来ず(この時点で前世地球にいた時とは違う物理法則が働いているだと分かる)…その周期は400年に一度。それと天体の並びや形色全て似ているようでまるで違うのだ。
具体的に言えばつまり、太陽から近い順に水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星の順に並ぶとしたら太陽に最も近いのは天王星、海王星、水星、火星、木星、土星、金星、地球…となる。
無論“それっぽい”だけであり形や色、何なら前世では火星には水がある事が判明した程度だが、転生したこの世界…【今世地球】は前世の地球とは全然別物違うものだ。
精霊王は語るその全ての惑星に生命体は居るのだと。
天王星は星型の天体で規模は水星一つ分。色はキランキランしてる。住んでいる現地住人は羊獣人と半魚人。人間は居ない。海と広大な牧草地帯、放歌的な暮らしを彼等こそは望みそれ故に“獣人”と言いながらその本質は羊としての本能に重きを置いている。
二足歩行する羊と海と陸を行き来する半魚人の二種族しか知的生命体は居ないので争いがなく平和な世界。
恒常的な平和と安寧、因みに食事は普通に肉も魚も食う。人間と違って最悪水と下草だけあれば生きていける(栄養失調でガリガリに痩せるが)羊獣人と海と海産物があれば他は何も要らない半魚人。前世日本で見た見目麗しい美男美女の胴体に下半身は魚、肩には鰭、頬には魚の鱗。半魚人は漁のエキスパートで牧畜や農耕に強い羊獣人とは良好な関係を築いているようだ。
なんせ海の底にあるとされる半魚人の街は半魚人でなければ訪れられず、植物や野菜果樹のその多くは海水では育たない上に海の中では種など波間に漂うばかりで農地になりようもないのだから。
それでも羊獣人が持ってくる甘い果実や野菜は好まれるので…この“天王星”では自然と物々交換が主流だ。
海に近い陸地に半魚人の“港町”が設けられ、身体が乾くと呼吸が出来なくなって死んでしまう半魚人にとってはこの“港町”の距離が活動限界。羊獣人は泳げなくはないが海の底等潜って行けない、又水中では満足に狩りも出来ない。必然半魚人が獲ってきた魚や貝なんかと野菜や果実、その他肉類と物々交換する形となる。
…本当あのモッコモコな羊毛は…前世超えね♬動物園や牧場で触った羊よりモコモコもしている上にふわふわ。
羊獣人の赤子に偽装して一度訪れた時にそのふわふわモコモコな腹に抱き着いて眠ったり、頭の上に乗せてもらって街中を案内されたり……、とあの赤子の頃の“冒険”は今でも瞼の裏焼き付いている。
現役JK社長としては主に贈答用の花束等を育て剪定し販売する会社を運営していた。年商3億。社員200名と少人数ながら東証上場ももう少しの所でトラックに轢かれて死んだ、そしてルフィルナに転生していた。
常識のない愚か者は非常識を地で行くのか…前世でも御法度で絶対王政のこの世界での禁じ手――――国王陛下の発言を遮るとは。マナーとしても、身分としてもNG。アウト〜!イコール首チョンパ☆も当たり前のバッドマナー。
……。
……死にたいの?いや、御家断絶で済めば良い…コレ。え??――――アホなのかしら???
即座に宮廷魔術師に因る“沈黙”と“魔封じ”の魔法がニーナに向かって放たれた。
「??……⁉⁉〜〜〜ッ!!!」
酸素を求める金魚みたく水面で必死にぱくぱくと口を開閉する百面相…、ニーナは捨て置かれ国王陛下は再度ルフィルナに問うた。
「許可する。何故にこの馬鹿は馬鹿を侵したのだ?」
「はい、それは…」
報告は短く簡潔に。だけどしっかりと。私情を捨て客観的に基づいた事実のみを口にする。基本である。
時系列を追って淡々と続く報告に国王陛下の目は感心の色に揺らめいた。
“婚約破棄”なんぞ宣った馬鹿と違ってルフィルナは嘘は一切吐いていない。全て影や己の手の者、或いは一時的に付けられていた王宮の影からも情報を得ていたルフィルナの報告は確かな情報だ。
…それに。もう婚約者ではない。とっくに。
「ゴミは捨て置け。流れた国庫の金と国宝…」
「それは此方に。」
……。
「…何故持っている?魔王」
「王都の質屋で流れていたから買ってアイテムボックスに保管していた。」
「……左様か。」
「返す」
「……ルフィルナ嬢」
“通訳を頼む”とその瞳は語っていた。
「言葉通り王都の質屋に流れていたので私財を投入して全て購入、その後は魔王…私の夫のカレドディアスの所有するスキル、【アイテムボックス】内にて保管していた…でしょう?ディアス」
「……ん。」
コクリ、と頷く黒髪に青目の美青年はルフィルナの傍らにいつの間にか陣取っている。
米神当たりからは漆黒のまるで山羊のような捩じり巻き角。背には漆黒の鴉羽根、尾はローブの中隠されている。
ルフィルナと魔王。二人の恰好は非常に似通っている。…そう、紛うことなき夫婦の装いだ。ルフィルナのドレスは黒地に青のライン、銀玉のラインストーンがまるで天の川を煌めく星々の輝きのよう。胸元の赤紫色の薔薇のコサージュは生花だ。魔王手ずから魔法で時間を止めた一品だ。赤紫色の薔薇の花もまた魔界にしか咲かない品種…超越級MP回復ポーションの原材料の一つだ。
ざっくりと鎖骨が顕になったデザイン、そこを飾るのは蒼玉石…、魔王カレドディアスの瞳の色の首飾り。チェーン部分は銀と黒が螺旋を描き最後は一つに集約する…そんな意匠。両耳に輝く宝石ですら魔鉱石…、首飾りと一揃いの飾り物は全て魔王からの贈り物。一つ一つに守護と悪しきモノを弾く光の守護結界が所持者の危機に即発動する代物で…魔王のクセに光魔法まで使えるのか〜、それ何ていうチート?
通常魔王とか魔界の生物…魔物は光魔法に弱いとされる。
魔界が全く光が差さない深い深い地下の底、この星の“核”と呼ばれる地点に最も近い場所が現実となったこの世界では“魔界”と呼ばれている。
〈星の核〉に近いほど温度は上昇するが当然陽のあたる地上から離れれば離れるほど寒くなる…つまり、魔界とは“地下世界”の事だ。光には慣れていないし、種によっては眼の機能が退化した魔物もいる。
この惑星はとても大きい。故に地下世界もとても広大で―――それはもう“もう一つの世界”とも言える。
…魔王とはそんな広大で立ち入る事が不可能なほど深くに“魔物達の楽園”を創り上げた一つの世界の“神”とも言える存在だ。
「それを返す、とディアスは言っていますわ…購入費用はそこのリューク様から徴収なさると宜しいですわ」