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竜血の者達  作者: AZuSaニキ
1/1

プロローグ

「起きてよ!」


 少年は、快活な声で目を醒ました。

 心地の良い木陰から上体を起こし、大きく欠伸をする。

 赤毛の髪に、やる気を感じさせない顔。薄汚れた茶色い服に、着慣れたボロボロのズボンを履いていた。彼の黒い覇気のない目は、隣を見やった。そこには、先程の声の主が居た。

 声の主である少女は、少年と似た長い赤色の髪をしており、白い手入れのされた服と、青い作業着の様な物を履いている。その輝く黒い瞳は、目の前の少年を睨んだ。


「もう!目を離したらすぐ寝ちゃうんだから!そんなのだったら一生強くなれないよ?」

「別にいいよ。強くなるなんてどうでもいいからさ……俺はこうやってのんびりしてる方がいい!」

「間抜けの腰抜けだべ。私達、兄妹みたいなものなんだし……話くらい、聞いてくれないべか?」


 少年はもう一度寝転がり、ムスッとした声を上げ、そっぽを向いた。

 目線の先には、嫌な程続いている草原と畑。所々に牧畜が見え、そよ風が草を撫でている。

 その景色が少年は嫌だった。


「早く行こう、村のみんなの所に!」

「嫌だ、さぼって寝てた方がいい」

「このノロマ!」

「なんだと馬鹿女!」


 2人は互いの罵りあいから始まり、やがて殴り合いの喧嘩が始まった。

 ……といっても、少女の顔面パンチによって一瞬で終止符は付いた。

 少年は弱かった。彼の父と母はそれを見透かし様々な技術を身に付けさせようと努力したが、その殆どが無駄だった。唯一身に付いたのは剣技のみであるが、この長閑な村でそれを使う機会の方が少ないだろう。

 一方、少女は村の子供の中でも、飛び抜けて万能だった。力も強く手先も器用であり、村の人気者だった。

 そんな彼女を少年は嫌っていた。しかし、少女は何処までも着いてくる。

 2人は幼馴染だからである。


「あ……アーサー、ごめんね……」

「気にしてない。でも行かないからな、アメリア」

「……うん」


 鼻から血を出した少年、もといアーサーは一瞬だけ苦痛に顔を歪ませたものの、直ぐに表情を戻す。彼は村の者からよく殴られるから、慣れているなのである。

 そんなアーサーを心配しているものの、少女……アメリアはいつも最後に手を出してしまう。最初に喧嘩を始めるアーサーが悪いのだが、その度に彼女は申し訳なさそうな顔をするのだ。

 彼が殴られるのには理由があった。


「ねえ……今日も、言われたの?」

「あぁ。言われたよ、化け物って。でもどうでもいいんだ。俺は別に生きてなくてもいいんだからな」

「そ、そんなわけないよ……」


 アメリアは心配の目線をアーサーへ送る。彼は特に気にしていない様であったが、毎日こんな調子なのだ。心配は段々と降り積もっていく物だ。

 アーサーはハーフであった。(ドラゴン)である父親と、人間である母親の子供。しかし、竜としての力もなく、一般人としての技量も頭の良さも無い、出来損ないであった。


「……ところでアーサー。力は使えるようになった?」

「ぜんぜんだ」


 力、というのは竜としての力である。

 竜達は必ず、何か一つ能力を持つものである。

 彼の父親も持っている筈なのだが、アーサーには何一つ教えられなかった。

 能力があるという話も、彼の母親から聞いた物なのである。


 この空気を直さないといけない、そう思ったアメリアは思い付いたかのように手を叩き、最初の明朗な声色を取り戻した。


「そうだ!アーサー、御伽噺しようか!」

「えー……面白かったらいいよ」


 アーサーは渋々了承し、アメリアの美しい声へ耳を傾ける。


『昔、魔王が……』

「ダメだ、却下」

「なんでなんだべ!」


 そんな反応が面白かったのか、アーサーはクスクスと笑い始めた。それに釣られてアメリアも笑い、2人の笑い声が森へ響く。一頻り笑いあった後、彼は涙を手で拭い、アメリアへ1つの提案をした。


「なあアメリア、もう2人で寝ちまおうぜ」

「え、でも……」

「今ならいい夢見れる気がする、ほら横になろう」

「う、うん!」


 木陰に倒れ、片腕を枕にし、心地良い風を感じ取る。アーサーはこの瞬間が好きだった。

 アメリアは顔を赤らめながら、彼の隣へと移動し、身体を横にする。

 2人は、微睡みの中へ入っていった。



 そして、時間が過ぎた。

 先に起きたのはアーサーだった。辺りは既に暗いが、赤い光がほんのりと世界を照らしている。何処かから悲鳴が聞こえ、何かが焼ける臭いがする。息を潜め、隣のアメリアを起こす。目を擦りながら起きた彼女の手を握り、静かに森から脱出する。

 彼は、激しい胸騒ぎを覚えた。


「どうしたんだべ…?」

「嫌な予感がする」

「……ぇ?」


 森の外では、村が焼かれていた。

 アメリアは、理解が出来なかった。彼女は悲鳴もあげられず、ただ手を強く握った。

 アーサーは、即座に逃げなければいけないと、本能的に感じ、脚を動かそうとして、動かせなかった。


 彼の脚は村へと進んでいった。違和感に気付いたアメリアが手を引き、彼を現実へ引き戻そうとする。


「逃げよう!」

「先に行ってくれ」


 アーサーは、まるで取り憑かれた様に虚ろな目をしていた。それを見て、アメリアは本能的な恐怖を感じ取り、身体が震え始める。


「嫌だ!一緒に逃げるんだべ!」

「出来ない」

「なんで!?」


 アーサーの声を聞く度に、彼女の脳が逃げろと危険信号を発する。まるで別の生き物になったかの様に、化け物になった様に。


「血族に呼ばれてる」


 アメリアは心臓の動悸が激しくなり、まるで心臓を握られ、潰されている様な感覚に陥った。とてつもない悪寒を感じて尚、彼女はアーサーの手を離さなかった。


「い、一緒に行くから……」


 アーサーの歩みと共に、アメリアも彼の足跡を付いていく。焼けた畑を通り抜け、灰と化した牧畜を踏みながら進む。その景色を見る度に、アメリアには耐え難い吐気が押し寄せてくる。


 アーサーは顔色1つ変えなかった。変えられなかった。


 村に着くと、そこには酷く凄惨な光景が広がっていた。村人の死体が積み重なって置いており、底から煌々とした光を放ちながら火が燃えている。金品を漁っている様子は無く、村の中央には様々な人々が居た。

 剣と盾を構える者、鎧を着て槍を持つ者、銃を持ち敬礼する者。それらの者の中央に、巨大な黒い竜が居た。

 黒竜は大きな翼を広げ、黒塗りの鱗を煌びやかに見せ付けている。

 竜はもう一体の黒い竜を殺し、血肉を喰らっている最中だった。

 それを、赤髪の女性が絶望の表情で眺めている。


 アーサーとアメリアには、その女性が、死んで喰らわれている竜が、誰か知っている。


「とうさんと、かあさん」


 アメリアは、喋り方すらおかしくなった隣の化け物の手を、掴んで離さなかった。

 目の前の黒竜は、アーサーをじっと見つめ、暫くしてやっと誰か理解した様子だった。


「はあ……お仕事終わり。騎士諸君、お疲れ様。……ん?お前は、出来損ないの化け物だな?やあやあ、元気かな?」


 そう喋った瞬間に、泣いていた女性は我に返り、黒竜へ罵声を浴びせた。


「この化け物!夫を返せ!」


 そう喋った瞬間に、彼女の身体は炎に包まれる。

 叫び声が轟き、地面でのたうち回った後、動きは止まった。

 それを見て、遂にアメリアは嘔吐してしまう。吐瀉物の臭いを感じ取り、黒竜がアメリアへ向けて炎を吹こうとした瞬間に、アーサーが前へ出た。


「……まあいい、はじめまして、と言うべきかな?私は君の()()だよ」

「けつぞく、けつぞく」

「……あぁ、()()()を解除するのを忘れていた……待っていてくれ」


 黒竜はもう一度悲鳴の様な咆哮を上げ、それは暗い世界へと轟いた。アメリアは耳を塞ぎ、その場に伏せる、その瞬間、アーサーは正気に戻り、惨状をゆっくりと見やり、困惑した声を出した。


「こ、これ……なんだよ……?お前、父さんを食べてる……?」

「本当の目的は君の父親を食べる事じゃあないんだけど……サブクエストみたいなものだ。私達の目的は後ろの()()


 黒竜がずりずりと音を立てて後ろへ下がると、そこには黒いが突き刺さっていた。こんなもの、村では見た事が無いとアーサーは思った。その事が分かっているらしく、黒竜は話を続けた。


「今現れたんだ……君が近付くと共に。いや……君達が、だったね?」


 そうしてアメリアを見やると、彼女は大粒の涙を流しながら女性の燃えカスへずっと喋っていた。


「おじさん、おばさん、お父さん、お母さん……どうしてなの……」

「どうして?理由は簡単さ、ここに居たからだよ。よかったね、君達二人は。この場に居なくてさ」


 アメリアは立ち上がり、怒りの形相で黒竜を睨み付けた。


「お前!お前!許さない!許さない!」


 そこまで喋った後、彼女は後方の騎士と言われた人物に撃たれ、悲鳴を上げる。


「あぐっ!……ふぅ、ふー……ふー……」


 アメリアは痛みを耐え、ゆらゆらと立ち上がる。その瞳は怒りに燃え、炯々としていた。


 この間、アーサーは何も動けなかった。何が起きているか理解出来ていないと同時に、本能が語りかける恐怖が、身体の何処も動かさせてくれなかった。


「小娘、私を殺したいのか?うーん……方法はあるぞ」


 黒竜は尻尾を動かし、後ろにある剣を指し示す。


「この剣は凄いぞ?だが人を選ぶ。選ばれなかったら……死だ」


 アメリアは剣を一瞥した後、後ろの立ちすくんだアーサーへ声を掛けた。


「逃げて」


 ずっと思考停止していた男の頭の中に、声が響く。


「私の分まで逃げて、生きて」


 彼女は前へ進み、地面へと刺さった黒剣を睨んだ。柄を握り、力を入れ、引き抜く。そんな単純な行為だった。

 剣は引けなかった。アメリアは即座に手を離し、後退する。鼻からたらりと血が出て、目からは血涙が流れる。ごほっ、と大きな音を立て血を吐き出し、そのまま地面にへたり込む。


 全身から血を吹き出しながら、アメリアはアーサーの居た方向を見た。


 彼は、何もしていなかった。

 動けていなかった。


 最期に彼女は無理矢理笑いながら、掠れた声を出した。


「ごめんね」


 アメリアだったものは地面に倒れ、身体から液体という液体を流し、ぐちゃぐちゃになっていった。


 誰も声を発さない中、唯一黒竜だけが、大きな笑い声を上げた。


「アハハハハハ!イヒヒヒヒヒヒ!おかしすぎる!!!!阿呆だ、この女!お前なんかが素質を持ってる訳ないってのに!!!」

「次はお前だよ、化け物!あー、いい享楽だわ……そう思うだろう、騎士達!」


 アーサーは何も考えられなかった。だから、前に進んだ。

 自分も、同じように死のう。そう考えたからである。

 両親も、幼馴染も、皆が死んだ今、自身が生きている意味は無いのだから。

 その空間、その時間、世界がゆっくりと進んで見えた。

 剣へと到達し、アメリアと同じ様に。


 黒剣は引き抜かれた。


「どうして」


「どうして死なせてくれないんだ」


 黒剣が引き抜かれた瞬間、彼の身体を怨念が支配する。身体の隅々までに、呪いが蔓延り、満たされる。心臓が鼓動し、思考を染めていく。


『全ての種族に等しく死を』


 彼の思考は、埋め尽くされた。

 黒剣を握り締め、少年は、激しく憎悪した。


 3人の騎士が間髪入れずに突撃してくる。まるで戦い方が分かっているかの様に、アーサーは剣を構えた。

 剣と盾の騎士が突撃してくるのを、盾ごと胴体を真っ二つにする。

 槍使いの槍を叩き折り、鎧をズタズタに斬り裂いた。

 銃使いの弾丸を全て跳ね返し、全てを顔面へ返した。


 黒竜は、何が起きたか一瞬理解出来なかったが、即座に対応を始める。

 口腔から煙を燻らせ、刹那それを収束させる。煙は瞬く間に熱を帯び、火炎放射となってアーサーへと飛び出した。彼はゆっくりと歩みを始め、自身の眼前へと炎が迫るその瞬間、それを斬った。真っ二つに別れたそれは、大地を焦がし、辺りの木々を滅する。やがて放射が終わると、またアーサーは目の前の龍へ向けて歩き始める。

 竜の目には、怯えが浮かんでいた。


「ば、化け物……」


 黒竜は慌てて巨大な体躯を使い攻撃をするが、意味の無い行動だった様だ。

 今の一瞬で、片方の翼を切り落とし、二度と飛べないようにさせられる。


「ばけものは、どっちだ」


 数刻経った後、アーサーは虚ろな瞳を、目の前に倒れた瀕死の竜へ向ける。竜はひゅー、ひゅーと辛うじて生きている事が分かる程の呼吸をしており、あと少しでその命が終わるのは明らかだった。空を飛ぶ為の翼はズタズタに引き裂かれ、長く鞭打つ尻尾は既に原型を留めていない。身体のあちこちから血が吹き出ており、臓物が腹部から漏れ出てしまっている。立派な角はへし折られ、左の眼球が潰れてしまっていた。

 少年は片手に持った黒い剣をもう一度竜へ突き立てた。


「ころす」


 発したのは一言だけ。空っぽなその言葉に、死にかけの竜は酷く恐怖した。


「待って……待つんだ……私はお前の()()なんだぞ!悪かった!お前の家族や友達を殺した事は謝る!だから……」


 首が斬られ、それ以降竜はなにも声を出さなかった。

 アーサーは大の字に倒れ、天を仰ぐ。もう身体を支配した憎悪は消え去った。そこに、雨が降ってくる。

 燃え尽き、灰になり熱を保っていた世界は鎮火され、そこには人間でも竜でもない化け物一人が居た。


 ぐちゃり、ぐちゃり、と自らの心臓に剣を刺す。

 何度も、何度も、何度も、何度も。


 何度やっても死ぬ気配がない。


「置いていかないでくれ」


 そこに、足音が聞こえた。

 その者は真っ暗なローブを被り、体の全身を隠していた。ただ、その表情は悲壮感に溢れ、この景色を憐れんでいる物だった。


 ローブの人物はアーサーの横に立ち、彼へ話し掛けた。


「誰がやったんだ」

「知らない」


 沈黙が流れる。


「その剣はなんだ」

「知らない」


 答えられない。死のうとしたから引き抜いただけなのだから。


「何故引き抜けた」

「知らない」


 もう生きる意味もないのだから、答える意味もない。


「死のうとするな、生きる事を放棄するな。もし生き方が分からないのなら私と来い。少しは、まともな生活を送れるかもしれん」

「……養ってくれるのか」


 アーサーは起き上がり、ローブの人物の顔を注意深く見つめた。白い短髪に、赤い瞳。何処か、自分と同じ感じがした。


「お前は私と同じだ。だから、何が起きても前に進まなければいけない。止まってはいけないのだ」

「我が名はモルガン。我に着いてくるのだ。お前には、役目がある」


「魔王を殺すという、役目が」


 モルガンと名乗った女は、不敵に微笑んだ。


「竜血の者よ、お前は何を望む?」

初投稿です……よろしくお願いします。

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