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 翌日、孝弘は重い頭を抱えながら体を起こした。

 頭痛がひどく気分も最悪。その日が休日だったから良かったものの、到底家から出る気もしない。

 まだ酒が残っているせいか、どうにも頭が働かない。


「気分はいかがですか?」


 アオイは水が入ったコップを手に持ち、孝弘の部屋に入る。

 その立ち姿を見て、孝弘は、唐突に昨晩のことを思い出した。


「アオイ……――」


 名前以上に、彼が何かを発することはない。

 霧がかった表情で、ただただ彼女の顔を見つめていた。


「どうかしましたか?」


 彼女の声で、孝弘はようやく我に返る。


「い、いや……」


「昨晩は、何やらうなされていました。疲労がたまっているのかもしれません」


「昨晩……」


 孝弘は少しだけ思案する。

 口に出すべきか悩み、アオイの顔を見た。

 まるで生きているかのような顔である。目を凝らさなければ、触れなければ、絡繰りであることを忘れてしまうような……。

 

「……夢を、見たんだ」


 孝弘は、確かめることにした。


「夢ですか?」


「ああ。ちょっと昔の夢をね。……アオイ、一つ、頼みを聞いてくれないか?」


「もちろん構いません。頼みとは?」


「その……」


 少しだけ顔を逸らした孝弘は、掠れるような小声でアオイに告げる。


「……キスを、してくれないか?」


「キス……ですか?」


「あ、ああ……だめかい?」


「構いませんが……確認したいのですが、どちらに?」


「く、唇に……」


 少しばかり、アオイは驚いていた。

 孝弘が彼女を家に迎えてから、彼は、彼女に肉体的な接触を求めて来たことはなかった。

 これはどういった心境の変化だろうか……。だが、考えてみれば仕方のないことなのかもしれない。

 独身の若い男性と、作り物ではあるが、若い女性を模したアンドロイドの生活。

 遅かれ早かれこうなることは予見出来ていたアオイは、静かに頷いた。


「……わかりました。では、失礼いたします」


 コップを机に置いたアオイは、身を乗り出し、顔を近づける。

 そして何の躊躇もなく、いとも容易く、彼女は唇を孝弘と重ねた。


「…………」


 外の喧噪と鳥の囀りが微かに響く室内で、孝弘とアオイは、長いキスを交わす。

 柔らかく、少しだけ湿っているが……彼女の唇は、いやに冷たかった。

 孝弘は彼女の両肩を掴み、顔を離す。

 そして、顔を両手で覆った。


「……ごめん、アオイ。ごめん……」


「なぜ、謝るのですか? 何か気に障りましたか?」


「違うんだ……違うんだよ、アオイ……。悪いのは、僕だ……」


 ポタリ……と、孝弘の足元に落ちる。

 指の隙間からは熱を帯びた雫が溢れ、手を濡らし、床に斑点を描いていた。


「なぜ……泣いているのですか?」


 その問いに、孝弘は答えようとしない。

 ただひたすらに謝罪を口にし、涙を流し続けていた。

 目の前の主人は、一途に脆弱だった。

 背を丸め、顔を隠し、声を潜め、塞ぎ込んでいた。

 

「――――」


 また、ノイズが走る。

 

「……孝弘さん、失礼いたします」


 アオイは両手を広げ、優しく、少しだけ強く、孝弘の体を包み込んだ。


「……アオイ?」


「私にも、この行動理由はわかりません。……ですが今は、こうすべきだと判断しました」


 涙で彼女の服は滲む。

 まるで彼の悲しみを吸い取るように、宥めることなく抱きしめていた。


「……暖かいな、アオイは……」


「そのような機能はありません。私の体温は、外気の温度に左右され……」


「いや、暖かいよ。君は、とても暖かいんだ……」


「……私には、わかりかねます」


 


 

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