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私が幸せに生きるための気づき

作者: お米

私は、良くいえば鈍感ではない、そして悪くいえば些細なことまで気にし過ぎてしまう人間である。所謂、繊細という部類に入るのかもしれない。そんな私が日々生活をしていてよく気にすること。他人が自分に向ける態度だ。誰でも気にする!と思った人は多いだろう。私は気にすることに加え、更にその態度に対して全て理由を付けたがる。これが問題なのだ。これこそ私が疲れる原因だ。真実かさえわからない、勝手に作り出した理由に自ら突っ込んでいく。時には当たっていることもあるだろうが、大概は後から分かるのだ。「自分が先走って気にしていた」のだと。

しかし、あるだろう、他人のあからさまに分かる態度。明らかに自分のことをよく思っていないことがわかる態度。遭遇する度に心が少しずつ疲れていく。私は「一体私のどこが気に入らないのか」、「私には他の子にある何かが足りないのか」と色々と頭を悩ませた。今から思えばこんなこと全部時間の無駄だったのだ。

結果、自分は人と話すことが苦手であるために上手くコミュニケーションが取れないと結論づけ、自分を下げることによって、相手の態度を気にしないよう努めた。しかし、常に違和感を覚え、ある時自分に問いかけた。その人に他人と態度を変えられるほど嫌なことをしたのか?無神経なことを言ってしまったのか?いずれの問いかけも清々しいほどNOだった。

そして、私は気がついた。自分はただ相手の気分に振り回されているだけなのだ。恐らく理由があったにせよ、「この人とはなんだか合わない」級の理由であろう。相手の態度を必死に分析し、自分を卑下していた時間はなんだったのだろう。私はあまりにも無駄な時間を過ごしていたと思う。どこを変えればいいのか?変えなくていいのだ。相手の気分に、私が変わる必要はない。ありのままの自分でいればいいのだ。

好き勝手に述べたが、どんな時でも必ず自分を貫き通せという話ではない。相手の態度の原因に、自分の非があるのなら、その時は素直に治せばいい。これから気をつけたいのは、相手の勝手な態度に左右されずに自分自身を失わないようにすることだ。

それはきっと自分を幸せにすることへの1歩に繋がる。

お読みいただきありがとうございました

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