待っていただいてよろしいだろうか
「マ、マッテイタダイテヨロシイデショウカ」
俺は息も絶え絶えに訴える。
ーーえー、これからいいところなのに?
ひどい。これはひどい。
心臓がキュッとなる。
息が出来ない。
背筋がぞわぞわする。
昼下がり。風が少しやんだのか桜吹雪が少しおさまった。
この身体中につたっている冷や汗をどうにかしたい。
「これ……全部読まなきゃ駄目なのか?」
ーーそりゃあね。書いた内容忘れてるでしょ? 話に入ったときに導く方向を間違えると出てこれないよ?
「はあ?! 出てこれない? 何だそれ」
俺は湿ってしまった紙の束を座卓に置き、手近にあったペットボトルに手を伸ばす。
水分補給をして、喉を湿らせたい。
ーーその話の中で一生を終えるんじゃないかなぁ? 立ち会ったことないから知らないけどそんな噂だよ。
事も無げにうりぼうが小首を傾げる。くりくりした目に騙されてはいけない。
「断固として断りたいんだが」
ーー死ぬよ?
「はい?」
ーー手伝ってくれないと
「はい?」
ーーうちの館長、悪魔なんだ。
うりぼうが声をひそめて顔を近付けてくる。
あー似たような台詞、先週同期入社の奴からも聞いたなぁ。
うちの課長、悪魔なんだ って。
あいつも大丈夫かなぁ。
ーーまた何か違うこと考えてるよね。
「協力しないと悪魔に殺されるってか」
ーーいやマモン館長、あまりそういうのは好まない。座って本読んでる姿しか見たことないなぁ。
即座に否定された。
ーーだいたい何でそんなに息が切れてるの? 自分の書いた話じゃないか。しかもこれ、最近流行ってる異世界ものってやつだろ。
「ちがう!!」
断じて違う。
昔と違い、今は誰でも簡単に自分の作品を発表できるようになった。小説、詩、歌に至るまで、人の目に触れる機会を得るハードルはほぼなくなったと言っていい。
機械のアイドルが歌を歌い、ボタン一つでライブにも行ける。俺、V○CALOIDはMEIK○推し。
特に、パソコンやスマホさえあれば簡単に投稿できる小説サイトは年齢を問わず幅開く利用されている。
つまり、だ。
「異世界ものが流行っている」
という言葉は
読み手市場なのか書き手市場なのか。
人気が出たからそれにあやかろうと書き手が増え、作品の分母が増えたから人気のある作品もまた増える。
そのループに入っている。
そのループの中には、埋もれてしまい目に触れる機会もなく筆を置く作者もいるだろう。
ーーふーん。で?
俺は拳を握りうりぼうを指さす。
「とにかく、こんな読み手のニーズを全く考えていない小説は人気が出るはずがない」
こんな高校時代に書いた過去の遺物。いやもはや異物。
大体、さっきから変だ。やけに鮮明に当時の記憶が甦る。
原稿が入っていた楽器屋のおしゃれな袋。
これは当時1年だけ在籍していた、軽音部で買ったスコアが入っていた筈だ。
中学時代陰キャだった俺は、高校を少し離れた私服校にしてキャラ変を試みた。
……結果失敗だったが。
まずはコンタクトレンズにした。
髪はストパーにした。
赤茶色に染めてみた。
でもやっぱり、何だかんだで類友が集うよね。うん、これは人生における教訓だった。
何となく、クラスの真ん中よりちょっと下くらいの奴らと何となく軽音部に入った。
いやぁ、人種が違ってたね。
中学くらいまでは運動ができる奴と、面白い奴がクラスの中心だったけど、そこに新たに第三勢力が加わった感じ。
見た目がスマートで、ギター担いでかなりお洒落。あと皆結構煙草吸ってた。
ーーあー、懐かしいね。で、見つかって軽音部が活動停止になってたよね。
「そうそう。いい機会だからそれを機に軽音部を辞めることができたんだよ」
ーー結局一曲しか覚えなかったしね。あれ、でも他にも色々部活に入ってなかった? 天文部とかシナリオライター同好会とか。
ドクン。
俺の胃がキューっと縮んだ気がした。
仕事のストレスで胃痛持ちになりそうだったのに止めを刺されるのではないか。
ーーこの原稿も、シナリオライター同好会の部誌用だったよね?
さっき置いた原稿を鼻で指しながら聞いてくる。
「あぁ……そう…だよ」
鮮明に流れ込んでくる記憶。
部長の顔、部員の顔、クラスの顔。
部長……ごめんなさい。
俺の忘れていた罪悪感が、突然の強い春風と共に吹き付けてきた。
裏タイトル
待っていただきたい件