ガラケー
「喋ってるよな。これ」
ーー喋ってるよ。
いや怖い。ファンタジーとかじゃない。可愛いとかでもない。考えてみてくれ、普通物は喋らない。小学生向けアニメの主人公のような声で、しかも二枚貝のごとくカパカパ動いている。
放り投げたい。でも、だいたいこういうのって粗末に扱うと悪いことが起こるのはテッパンだよな。
ーー現実を見ようよ。
今一番現実から離れているやつが何か言ってるぞ。
とりあえず座卓にそっと置く。
「で、だ。もう一度説明していただきたい」
思わず敬語になる。
そう。この非現実的なパカパカ携帯よりも、俺の頭を悩ませていることがあるんだわ。
ーーだからね、君の昔書いてた小説が今『黒歴史』に記されているんだよ。制作者は責任を取ってこの小説達を浄化しないといけない。
「だからね、意味がわからないんだって」
つい口調が移る。
黒歴史とは、某有名アニメから始まった言葉で元ネタは封印された歴史の事。転じて若者には消したい過去の意味で使われる。
「俺、昔詩とか小説とか書いてたし確かに俺の黒歴史だけど浄化って何だよ」
ーー完結してない話は洩れなく『黒歴史』に記されて、登場人物達が終わりのない世界で生き続ける。この世のすべての『黒歴史』が黒歴史図書館に集まっていて、管理閲覧されているんだ。
「そりゃあ地獄だな」
俺は率直な感想を述べた。登場人物のことを思ってではない。閲覧? 俺の書いたあれらが? 冗談じゃない。
「えっ、誰が閲覧すんの?」
ーー司書だよ。閲覧希望があれば貸し出しもするけど、だいたい皆忘れちゃってるから溜まる一方。
「司書って? 人間? 妖怪? 神?図書館ってどこにあるの? 天国? 地獄? ってか何で携帯が喋るんだよ……」
ーー司書は、人間に使われていた媒体が希望するとなれるよ。資格制で試験とかあるけれど一度勤めたら安定した職業だな。
「えっ、じゃあお前は司書なの? どこで働いてんの? 何だその世界観はぁぁあ」
だんだん腹が立ってきた。俺、引っ越しで疲れてるし、昨日の晩徹夜で荷造りしたし、業者は朝9時に来るっていったのに向こうの都合で8時に来たから仮眠も取れなかったし。
まず荷物を減らそうと、着いてすぐに実家から届いた荷物を開けたらこいつが出てくるし。ぱっと見てすぐに捨てるつもりだったのに。なんかカパカパ動き始めたし。
ーー司書見習いだよ。今はインターン中。九十九年経ってようやく一人前。
九十九神かな…。
ーー図書館の場所は、最近大規模な引っ越しがあって0と1でできた場所になったね。質問は終わり? じゃあ行こう?
「何か携帯が喋ってると、玩具の自動音声に聞こえる」
ーー目をそらさないでくれ。これもインターンの一環、というか九十九年をショートカットするためなんだよ。
「え、俺関係なくない?」
ーー携帯の姿が気に入らないなら可愛い姿になってあげるからさ。
ん? ちょっと気になるぞ。これはファンタジーのテンプレで、妖精とか美少女になったりし……
「……ん? いのしし?」
ーーうりぼうだよ。可愛いじゃん。
「や、何でうりぼう?」
ーーいのしし年に作られたモデルだから。年男とか年女とか言うじゃんか? というか話がそれた! 溜まる一方の『黒歴史』を整理しないと司書の仕事が大変になるんだよ!
「完全に自分のためだよな?! 浄化っていうか仕事減らしたいだけだろ! このゆとり世代が!」
ーーゆとりはお互い様だろー。哀れな登場人物のためにも話を完結させに行こうぜ。
手のひらサイズのうりぼうがくいくいと鼻を動かす。まあ可愛くなくはない。いやそれよりも。
「そもそもだ! 自分の書いた話に入るってどういうことだよ。」
ーー違う。入るだけじゃなく導くんだって。
どっちでもいいわ。これ最近流行りの異世界転生ってやつか。転生じゃないな。転移か。
と、どこか冷静な自分がいる。
ーーまずは、一緒にしまわれていたこの原稿。とりあえずこれからいってみよーか。
「待て待て待て、ちょ、待てよ!」
古いギャクが口をつく。
うりぼうがずるずると咥えてきたのは、お洒落なビニールに入った紙の束。
あ、待ってくれ何か思い出しそう。
ーーこれは、高校の部活で文化祭用に書いてたファンタジーな小説だよ。
「ま、まずは目を通させてくれないか?」
どんな話を書いたか覚えてすらいない。
ー確かにー百聞は一見に如かず?
いや使いどころ違うし。腹立つなぁ。
俺は、恐る恐る楽器屋のビニール袋から小説を取り出したのだった。
裏タイトル
ガラケーの下克上