8話:初めてのスキル
宮中を出て地上へ出る道を探す。地上へ出るには精霊がひしめく洞窟を通らねばならない。戦力が十分に揃って初めて外へ出る予定であったのにそれもままならない。
だからといって、断じて不注意だった訳ではない。
この時まで考えたことすらなかった。
人が上空から落ちてくる事など考えたことも無い。
右頬に伝わるしっとりとした弾力、顔面に飛び散る肉片。
伝わる衝撃はスローカメラで撮ればブルンブルンに震えている様がよく写るだろう。
加速し始める身体にビタりとぶつかる紐。不可抗力に小さく開いた口の中に入る香ばしいハム。何度も噛み締める度その旨み成分が芳醇に溢れ出る。
ああ、これはボンレスハムだと。
顔に油がついているが構わない。まず現状の認識をせねばならない。そうとも。己の計画が狂い始めてきたのだ。修正を行う上での現状把握ほど重要な行程はないだろう。
体を空中で捻り地面に両手両足を付け、体の真正面に空からの訪問者を視界に捉える。砂埃が晴れ現れでるのは、まるで誰かが服を着て、剣を握っているかのように、生身の身体がない小綺麗な亡霊の姿だった。
瞬時に身体に仕込んだナイフを二投。うち一投は影がかかるように見えにくくしてある。そして見えないほど薄く伸ばされた糸が括り付けられたナイフを一投、爪のように振り上げる。
頭があるはずの空洞を守るように亡霊がナイフから両手剣で隠す。相性が悪く見えた自分の獲物は以外に有効であるのか。はたまた何処か戸惑いを見せるこの亡霊は現在の宿主と関係があるのか。
「……」
突如、背筋をゾッとさせる何かが聞こえた。地の底から這い上がるような不気味な感覚とともに、心の底から嫌悪の念を抱く。本能が相対する敵を滅せよと叫ぶ。
『啓示:虚の芽吹き』
現在借りた宿から這い出る。刺胞動物、まるでイソギンチャクのような身体を放射状に広げ、身体に空から降り注ぐ光を集める。この地下世界でも輝く光から見えない何かを受け取り、弾ける。
放射状に広がるモノクロの観覧車のような出で立ちは、キノコの笠を水平から垂直にしたように見える。まるで2次元の中で影絵が動くように、くっきりと真っ黒なフォルムが揺らめく。
そして、自分の外から得て凝縮されたモノが脈動するように身体中へ放散される。曲がりマガツ楔が渦を巻く。その黒の渦巻きに周りの色が取り込まれるように環境の空気が沈む。場に高揚感も緊張感も先程の怒りも全てが取り込まれてしまったかのように色が失われていく。
自分の上位体が上空へ登っていくことを機械的に認識し、目の前の敵対者に対抗するには上空同異物との融合が必要だと判断する。
主よ。御心よ。命令のままに。
御身に仇なす存在に等しく夜の静けさを。
サーモグラフィーセンサーのような視界に見えない敵の姿を顕にする。
その変態する様子を傍受する敵は両手剣を構える。
「おいおいエリア移動1歩目もなく初エンカですか?見るからに勝てそうになさそうなんですけど?チュートリアルモンスターがゴリラの時点で敵の脅威度天元突破してんだぁっよ!!」
もうすでに相手のナイフなんて思考放棄。目の前の影法師の足元から遠近感の掴みにくい黒影の手が這い出る。自分の身体を捕縛しようと伸びる。
両手剣で切り払うことは出来るが、切れた断面から数秒後には再起する。薙ぐように足払いする手は両手剣越しからでも衝撃が伝わる。
「こんな時こそてめぇら起きやがれ!」
『両手剣:うおっい!!っマジかよ……『幽玄』の眷属がいんのかよ。』
『旅装束:……まだ夜には……儂らが起こされた理由は幽玄かのぅ。ほれ空が暗んでおる。とはいえのぅ。ハルトよ。対抗する術はあるが、正確に話を聞くのだぞ?』
待て!置いていくんじゃない。何故あのウスペラ白黒ペーパーの攻撃を避けながら、お前の話なぞ聞かねばなぬのか。
『両手剣:俺はまだ肉体を持っていた頃、戦争は絶え間なく続いて、村に生まれた俺は三男で跡継ぎにも仕事も任せて貰えず食い扶持を減らすために剣1本だけ渡され追い出された。
今となっちゃぁ奴隷として肉体労働としての資金にもされかねなかったあの時代に、身を守る剣と自由を渡されたんだ。そんなこたァ気づかない俺は、村の皆を見返してやるという一心で冒険者登録の出来る街、リベリオンに向かった。
だが道中で黒ノ大蛇に遭遇した。村の外だったらゴブリンやオーク、狼なんて見慣れたもんだが蛇の魔獣は俺にとって初だった。そいつが鎌首傾げてこう言うんだ。『等しく闇夜の安らぎを』
人語を解する魔獣なんて理解の範疇にない。逃げようとした。だが相手が1枚上手。すでに自分の足は黒い手に掴まれて身動きが取れやしねぇ。
死んだと思った。俺の人生がちっぽけだと思えた。自分の兄貴達の背中を追いかけ、無我夢中に親の言いつけを守って誰かの評価を欲していた。一生懸命だったが、すっかりつまんねぇと思った。
そして倒れ込んだことで自分の目の前に広がる空に恋い焦がれた。誰かに認められるんじゃねぇ。誰かに知っていて欲しいんじゃねぇ。自分が自分であることを自分で認識してぇ。
こんなとこでくたばってらんねぇ。こんなちっぽけな死に方じゃねぇ。俺はこれから自分のために戦い、そんでいつか誰かを守って死にてぇ。
もう黒ノ大蛇は目の前、だが自分の自己同一性が堅固になった時、ハッキリと自分のもつ剣に想いの力が伝わるのが分かった。
そして振り抜いて大蛇を切った時、大蛇は黒からその存在が薄れていくように透明になりやがった。
これが俺の冒険の始まりで因縁とも始まりだった。』
【__】への理解が深まる。
【__】との親和性を確認。
【__】の技能を一部開放。
『想剣』の獲得を確認。
【両手剣:よし。『想剣』を獲得したな。想いの力が強さに変わる。お前はこの世界で何をしたい。荒唐無稽な未来を信じ、逆境に孤軍奮闘しても念じ続け、テメェがテメェであることを貫き通しな!】
目の前に迫る花弁に白い目をつけたような白黒調の彼岸花が虚空を開き丸呑みにしようとするが、俺はこの世界の運営を殴るという義務ある。
【fumble:『想剣』の発動に失敗】
重みのない剣は弾かれる。何とかその口内の進行から逃れるために動かした身体はその膨れ上がる巨体に轢かれるように転がる。
『両手剣:どうした!?さっきまでの威勢はどこ行きやがったた!?』
「待てやゴォラッ!?ぶっつけ本番は無茶ありありだろうが!?使い方は肌で感じるものじゃねぇよ!?」
『旅装束:影法師が外へ行くぞ〜』
俺の存在を無視して俺が引きずられたであろう洞窟内へ化け物が向かっていく。イメージは某モンスターの撃退クエストの移動過程の様子だろうか。
懸念材料は先程まで見るのも嫌になるほどわんさかと蠢いていた精霊と種子型触手モンスターの気配が引越ししたかのように全く感じられない。
『両手剣:いいか?走りながりよく聞けよ?『想剣』の扱い方は想いを剣に乗せて一重。自分らしさを加えて二重。そして相手に伝播させるイメージで三重。この行程を重ねる事で剣に威力が発揮される。』
この両手剣をしばきたい。
【fumble:『想剣』の発動に失敗】
「おいコノヤロウ!?失敗してんじゃねぇか!?」
『両手剣:オイ馬鹿野郎!?動機が不純なんだよ!?テメェの気持ちが言外に伝わってくんだよ!?』
「おい木偶の坊!?俺のプライバシーだだ漏れじゃねぇか!?人様の純情をなんだと思ってやがる!?」
『両手剣:おいヘタレ野郎!?テメェのチンチラな恋愛模様なんて一瞬でも脳裏に出すんじゃねぇ!この可愛い女子紹介出来るぐらいには堂々としろ!お、中二の頃なんかすげぇな!』
「あ゛あ゛あ゛あ゛!?この覗き魔め!?」
『両手剣:「よっ!俺ハルト。よろしくな。」っぶふぉ!?』
「あ゛あ゛あ゛あ゛!?この呪いの剣め!?」
『両手剣:奥手友達止まり』
「っぬ゛それはやめろ゛」
『両手剣:変態紳士フェミニン仮面』
「絶対に、絶対に剣を鞍替えしてやる!」
『旅装束:仲良しはそこまでだ。洞窟を抜けるぞ〜』
「『仲良くねぇ!!』」
洞窟を抜けた先は戦場。今追いかけていた化け物が地面から生えているソレに混ざっていた。