7話:水面下に生きる意志
第4話の昔話のくだりにでてきた
「淡緑色」→「淡青色」
に変更しました。
オゾンの色まちがえて覚えてました……
少し時は遡る。
「天啓果実飴はいかが!口の中でゆっくり溶けるから長く楽しめるよ!ラディクス原産だから財布に優しいみんなの味方!」
「安いよ!安いよ!さぁこのカラムから取り寄せたアスピーの唾腺綿菓子はいかが!カラムのように空の気分を味わえるよ!」
「祭事のメインイベント!春眠姫様の鎮魂舞踊に使われる仮面!その他、伝説の魔人を真似たモノを真似た偽偽魔人仮面!これであなたも有名人だ!」
「おっさん2本くれ!」
「おっちゃんって呼べ!まいど!」
体のすぐ脇を宝物を持つようにして少年が駆けていく。その様子を後目に陰鬱な雰囲気を纏わせる者が2人。
「いつ見ても活気があると言いますか、飽きませんよねこの1年に数度の騒ぎ様は」
「ライ、確かにそうではあるが、素直に祭りを喜べんのはあの小僧が逃げ出したからであろう?どのようにして逃げおおせたかは疑問に尽きないがあの珍獣以外は順調に進んでおる。」
「ですが……いえ、確かに考えすぎなのでしょう。種族が分からない個体というのを初めて見たもので不安要素を十分に含んでいましたので。」
「わしは赤領の国焱武の種族かと思ったが、彼らはその眼に特徴的な紋様を現すからの。黒い瞳に黒い髪、他色領ではまず見かけないからのぅ。」
「親身に聞いて頂けるだけで感謝は尽きません。しかし以前の勅命、外国への『近隣諸国の実地調査』上層部は何を意図したのでしょうか。どこも平和に見えましたがね。」
「分からぬ。だが我らが離れたこの緑領ラディクスは以前に比べ、天啓樹は依然として青々としておるが動植物の緑が減っておる。」
「そうなのですか?」
「もう少し緑と交わり、関わり、育むのだ。声を聞くことで世界は新たな側面を魅せる。この世界は目に見えない、知覚出来ない力こそ強くはたらく。自然と死が近づけば自ずとそれは見えてくるかの。」
「……精霊もですか?」
「そうだの、しかしこの地で信じられている精霊信仰は事実でないことは確かだの。ライ、精霊にあまり期待するでない。奴らは魂を貪るのだ。」
「……はい。」
住人による活発な交流の中運んできた足が、目的地が見えたことで少し歩みを遅くさせる。
「では報告と行くかの」
上層部の最上である殿下の住まう宮中、その奥へ進む。
「本日は……」
「御苦労。では報告を聞こう。」
長々しい挨拶など不要、報告を急かすように会話を切る。
「はっ、緑領に接する2色の領土に関して報告させていただきます。黄領土は現在原因不明の水不足に悩んでおり砂漠化が進行、青領土では高濃度毒素結晶による食材の汚染が進行、この2色領では自国の問題への対処に追われております。」
「御苦労であった。今日の祭事を楽しむと良い。」
「はっ!」
簡易な言葉だけで、下がれというように退場しろというような嘲りを含んだ笑みがより深く刻まれる。笑みを含ませるその理由が自分だけ分かっているという優越感に浸るように。
通称、御苦労殿下
どんな報告に対しても御苦労しか言わないため、もうアイツいなくても良いのでは?とも噂されている。
その御苦労の横に付き従う老人、この緑領を操る大きな存在は彼だとも噂されている。黒いローブに身を包み、自分という情報を外に出さないような佇まい。
その時、建物の外で何かが落下し、土煙を上げ衝突する。
「な、何事か!」
「殿下、お下がりください。」
腐っても王族は王族、守らねばならない。
身構える中、砂塵の中、鋭利に蔓が突出する。
その蔓を切り払う中、煙から見える異形の怪物。
その姿を捉えると同時に踏み込み、2歩目には異形の背後、いつの間にか振り切った剣を戻し、
「一閃」
剣が収まると共に異形が中央から輪切りにされる。剣に触れる手が篭める力の躍動は、込み上げる怒りを底へ沈めるように再び秘められる。
──ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ──
けたたましく鳴り響く警報音に混じる悲鳴
─ドンドン─
「失礼します!現在異形の集団が空から落下し!住人を襲っております!現在各拠点で抗争状態。敵の出現経路の特定を急いでいます!」
「……『祝喰』だの。」
「むむ昔の存在だろっ、滅ぼしたのであろうっ朕は信じぬっそして逃げる!」
「殿下はこちらへ」
自分第一にあたふたとして衛兵に連れられ逃げる者はこの際放っておく。そして空気を呵成するために声を上げる。
「静まれ!この場にいる者達は『祝喰』に対して初めてである者が多いだろうが、『祝喰』は確かに滅した。先代春眠姫様が赤領の剣聖と共に命懸けで戦い、春眠姫様の命と引き換えにその巨悪を滅ぼした。だがその巨悪が再び舞い戻った!これは第1陣にすぎない!だがその間に戦力を固めよ!民の退避経路を確保し、精霊の守りを得よ!『祝喰』と精霊は対立しておる。そして、『祝喰』の大元は大きい。その本体を隠す場所は数少ない。姿の見えない奴の子分どもが上空から来たのであれば、奴は地上にいるはずだ!精霊を味方に付け、精鋭部隊で突破する!準備せよ!」
その掛け声に熱動く。
「ライ、お前は残れ。またな。」
チーフの演説は底知れぬ恐怖と立ち向かえる勇気を得れるような高揚感を与えてくれたが、そのチーフと別行動をとる。自分は戦力として見なされていないのか。
その場で急ぎ散開する中、黒ローブの老人が異様に見え、訝しげにその後ろ姿を確認し、後を追う。
誰もいない閑散とした宮中へ入っていく。
そして今まで知ることのない隠し通路が開き、下へ下へと下がる螺旋階段。気味の悪いレリーフが彫られ、飾られた彫像は腹を空かせたように窶れている。
そして足音は横へと広間へ動く。
すーっと震える水蒸気を含んだ息が目に見えて揺蕩う。その吐息は風に押されるように木の幹に吸い込まれる。そしてほんの少し膨潤し、縮む。そうして拍動する様は脈動するようで、その鼓動に連動して枝葉を拡幅していく。
その押し広げられた内側を、蛇が食事を取り体内で獲物が通って行くのが分かるように、丸い球体のような異物が送り込まれていく。
そしてまた、木々が織り成す樹枝が精霊を無理矢理押さえる。
その様子を老人は悄然と見ていた。老人は小指から親指を順に手繰るように半開きに広げながら腕を上げ、期待と後悔を滲ませぐしゃりと握り閉める。
霧散
無定型の揺らぎは再度厚い黒々とした胎動する幹へと吸い込まれる。
精霊が見えない者にとってその光景は、気味の悪い幹の前で老人が手を空に上げ押し広げを繰り返し、それに合わせ樹枝が弛緩と収縮を繰り返す儀式めいたもの。
「あぁ、愛しの我が君『マザー』……こんなにも祈念が募る悠久の中、貴女様に逢える命日が訪れようとしています。私はこの時を何度身体を鞍替えして待ちわびたことでしょうか。以前の侵攻ではあの憎き7色に敗残を彩られました。ですが、ところが、ついに、その功績も物語となり、栄光も一墜、限りある命、伝説の存在は歴史に消えました。貴女は骸の人形の中ただ息づく存在、ですが私のこの愛を捧げることにその形や時間は存在しないのです。あぁ、今亡き『マザー』、貴女の無念を晴らす準備が、時が出来ました。太古から現代に提示された命題『増殖』『転移』『浸潤』
解放します。ですが見届けて下さる前に、私はお色直しさせていただきます、ね?」
視線が交錯する。
……っ速い。そのローブから取り出した暗器のような6つのナイフが異様な速度で繰り出される。足が階段に引っかかる。
「今、私の速さに驚いたでしょう?これは無理矢理動かしているのです。あなたは若くて、いい。すぐに老化せずに壊れなさそうですね?」
殺られるっものか!階段の側面を蹴り、刃をナイフに反らせながら相手に刃ごと身体をぶつけ、壁のように愚鈍とした反発力を押し上げ、相手の背後にまわる。
と同時に後方に放たれる6つナイフが生きているように6方向から襲いかかる。直進せず変則的なナイフの起動はナイフから伸びる銀線のせいだろうか。
切れ込みがついたはずの相手の身体はファスナーを閉じるように傷口を逆再生するように修復されていく。化け物かと吐き捨てたい。
「意識が散漫ですよ?」
あるはずの剣が手から消える。ナイフについたワイヤーが体の自由を奪う。体が背中に倒れ気味の悪い幹に背もたれる。
「頂きます」
目の前の老人の口から這い出る異形。これから起こることへの恐怖に顔を背けた先に、胎動する何か。
「────!」
叫ぶ声は確かに届く。
「……あなた、『マザー』に何をしでかしているのか分かっているのか!」
憔悴仕切った老人が、奪われた剣を幹に突き刺していた。
「───」
何かを呟き、剣が外れないように木部が剣に絡みつき、老木は床に倒れ伏す。
胎動する何かは脈動を激しくさせ、その場から逃げるように上へ、外へ出るように脈打つ。
「このっ!寄生される側が!何をしやがる!まだ不完全だってのに!あれではこの世界の害悪として認識されてしまう!今の私の身体も余計なことをしやがって!」
自分の身体を握りしめるバケモノが狂ったように慟哭する。
「ちぃ!この身体を参照するに、今代のクソアマは精霊の間に格納されているのか!だが真の力に目覚めていないのならばこの恨み、この緑領ラディクスの住人を根絶やしにしてやる!」
外で空飛ぶ変態との遭遇まで間もなくすぐ。