今の俺は誰とする?
【お誕生日おめでとう。ふふっ。そんなにあわてなくてもケーキは食べられるんだから。】【やっぱりカレーだね。⠀】【……なぁ、俺、ほんとうに言いたいことがあってさ、少し、時間くれないかな。】【私が間違えたの。貴方は悪くない。私のm、……私のミスだから。そうね……】【ホバリングで背後ッ、殴れる鉄があるからッ、倒れるわけにわ゛いかないんですよぉ゛ぉ゛ぉ゛】【お花く~ださい!⠀】【観光かい。その道、今は点検中で使えないよ。行くならそうだな、この道順で行くといい。】【酸素濃度上昇中。エアポンプの減圧にエラー発生。どの区画にも生命維持装置が準備されています。速やかに装着してください。繰り返します。】【ぬるい酒も、いいなぁ。⠀】
すまないが、話をしよう。
いったい記憶という存在はどう定義されているのだろうか。俺が記憶なのか、記憶が俺なのか、複数存在する『俺たち』のうち、時に1人の特徴が大きく飛び出してきたら?数人が二人三脚で走り抜けたら?それは本当に俺としてどうなのか。
ここまではどうでもいい話。もちろん今の俺は【俺】だ。間違いないないだろう。こればかりは俺にしか伝わらないと思う。ここで大事なことは、今持っている記憶は、俺としては実感がない。
自分の物語だと実感できない。視界を覆うゴーグルいっぱいに仮想の映像で追体験させられたとしか思えない。
今、相対する人間は【swap】と言った。取り替える。ならば何を?記憶を。簡単だ。上に書いてる【⠀】の中身は押し付けられた記憶。俺は体のいいゴミ箱扱い。自分が情けないね。
何も見返す方法がないから?
違う。俺はもう認識できないから、さ。
【swap】で交換されたものはエイリスに関する記憶、らしい。らしい、というのは他の【俺たち】が知っていたから思うだけ。この世界において記憶というのはどうにも保存が効きやすいようだ。
俺の目にはエイリスが映らない。映らなくなってしまった、と言う方が正しいだろうか。
エイリス、という人物がいたのか定かですらない、とも思っている。しかし、目の前の人間は驚いたように俺の後ろに視線を向けて呆然としている。はじめましてって顔だ。オマケに、実体があるなんて、とボヤいている。
しかし、今の俺は記憶を交換されたものの、エイリスという存在を知っている。交換されたのに?たぶん思い出は消え、知識だけ残っている、そんなものだろう。
エイリスという存在の認識、それは記憶という単なるデータを持つだけで認識の可否が決まるのか?知識として覚えていることが相手の存在足らしめることができるというのか?
【swap】という方法によって明らかになったこと、記憶が存在を形造るというのなら、さて、存在というものは自己と他者、どちらの影響を受けることで、人として存在足りえるのか。
そして、どうして今になって、が大事だ。
交換するなら襲われた時にじっくり確認できたはず。しかし、意識が覚醒してからわざわざ戻って【swap】したということは、条件が必要だということだろう?
まぁなんにせよ、
このままでは【swap】され続けて情報を剥がされるのみ。さらに要らない泥も塗り固められていく。相手に一方的にやられるのみ。
今までの記憶は何やってんだってな?
やはり【記憶】には成長がないのだろう。その時点で完成された唯一の景色を写し取る写真のようだ。だから思考回路も当時の限界が反映されて、俺は俺としてとしか動くこと、考えることができなかったのだろう。
じゃあ、だ。『俺』は何者だ?
まるで水溶液の溶媒に溶けている物質が1:1になるように、『俺』を構成する記憶の支配が等しくなって、各々が強く出れない今は誰だ?
プレイヤー名:ハヤト。
それが全て、ここにしか情報がない。
だから俺はちっぽけ。歴史の重みが違う。いや、記憶だけの俺らというデータは、割合ほんの少ししかないのだろう。
だから俺という生物は薄っぺらい。まだこの世界に産まれて間もない生命体。
だが、子供が大人より真理に近いことを言うこともある。たまに子供が呟く関心してしまうようなこと。例えばって言っても思いつかないわな。言いたいことは、今の俺なら考えられることもあるってことだ。
悪く考えれば、だ。
曖昧な自意識、形成されゆく自己の育成、記憶から抽出された実験体、魂の生成実験、その経過中が今の俺だとすれば?
急に話が変わった?しばらくよろしく。
実験、とするならば、その経過観察が必要になる。行動の一挙一動に他の個体と何らかの類似性、相違点を探す観測者が必要だ。
こんな話がある。
周りに遊ぶ子供が居ない、物心ついていない幼い子供が、誰もいないのに名前を呼んで遊んでいるっていう話。
イマジナリーフレンド。
成長して物心がついたあと、ふたした時に親からそういえば、とこの話をされる人もいるのではないか。或いは、存在だけ知ってるけど眉唾物だ、なんて考えるひともいるだろう。
彼らと会話をしていた、ならば、なぜ話していた本人は彼らの存在を忘れることができたのだろうか?どうして大人はもう彼らを認識することができないのか?どうして忘れてしまったのか?
観測し、観察し、記憶として最後に存在していなかった、と付け加えたのならば?
この現象が、この世界に適応されることが確かであり、かつ、記憶によって実体が与えられる、存在として命が吹き込まれるとしたら?
そんな考え方ありえない、と言いたい。
しかし、考え方に至ることができる、それは記憶の誰かがその記憶をもっているから、なのだろう。
そういえばエイリスの役割は、記憶によれば、癒し手だったな。
癒し、その行為には対象が必要だ。方法は分からずとも今までの発言から、対象は【俺】なのだろうよ。
そして、俺は記憶からすれば、繋ぎ手という認識らしい。多数の記憶を保持しても存在する生命体。
そして【swap】されて分かること。
俺たちは帰巣本能に従う。
接ぎ木だ。まるで接木のようだ。本体から切り離された分体は、多少なりとも遺伝子のように本体の記憶を保持している。他者と記憶を交換していけば、他の分体が同士がもつ【記憶/オリジナル】に近づいていく。
刷り込みを続けるように深く学習し続けた記憶は、思い出す時にはまるで自分の体験のように感じるだろう。
じゃあ、同じ記憶を持ったもの同士が対面したらどうなるのか?
彼らは自分こそが【俺】なのだ、と主張するだろう。ここでの違いは連結した【記憶】で自己としてのアイデンティティを身に纏うことだ。記憶がファッションアイテムになるってか。
戦い続けることで己の存在を識り続けた先に待ち構える本体は、一体全体何を期待しているのか。
今までの俺たちは、そうして長い間本体に挑戦され続けたのだろうか。仕向け続けてきたのか、俺たちを生み出した創造者は。
ここまで理解するまで数秒、しかし、時間は時間である。大股で数歩先あいていた距離は踏み込ままれ、今にも女の手が頭を押さえようとしていたが、
袈裟斬りした両手剣を振るう。しかし、深手を負わせた手の感覚は確かに伝われたが、女に傷はない。
「強制的に理解させることが目的なのか、タンラン?」
「……アナタは誰?」
ぶつぶつと【交換/swap】が口から漏れてくる。周りの地面が、人が、景色がうねりだし、まるで酩酊したかのようふらふらした世界に回り始める。
いや、幻覚ではない。
記憶が実体に影響する世界ならば、幻覚としての錯覚は記憶に付随される。目隠し状態で熱された鉛筆が、真紅に熱された釘と勘違いして火傷を起こすように、幻覚が実体としての現実に変わる。
「【起草変換/荒魂】!」
そも、幻覚ではない。【交換/swap】が記憶を入れ替えるのならば、物質の性質としての記憶が変わることを意味する。敵意、悪意、憎悪、それらの意識と、行動できる形態変化をプログラミングすれば、形など意味を持たない武器と成し得る。
しかし、一度ならず二度【交換/swap】を経験した身。それも弄られたのは【俺】ではない俺の、記憶の方だ。完全な意識体の今は、今までの事を覚えている。
【with Connecting】
【Accepted!!】
「【想剣/破砕の剣】」
想像する、大地を抉る、陥没させる吹き飛ばしの一手。黒銀に輝る巨神に勝る拳撃。使わせてもらうぜ。両手剣を、自身が腕頭、潰れるぐらいに体に打たれ続けたんだ。肉体が記憶を保持してんだ!
「Obsidian Gong‼」
質ごと吹き飛ばす破砕が食い破る。風のように吹き荒ぶ無風の隙間。黒銀筋のゴリゴンとかいつぶりの話だよってな。力加減されてだんだなって真心を感じてるぜ。だがタンランは健在だろう。踏み込んだ先に刃を走らせる、しかし。
【交換/swap】
ひとたび呟かれればたちまち女の気配は霞む。自分で作り上げた舞台を利用されてしまった結果になった。が、だがしかし、それ、諸刃の剣じゃねぇか?
今、女の記憶はどれだけ消費された?
自分の存在を紛らわせるとしたら、自分の記憶をなるべく薄くしなければならない、と考察されてると大助かりなのですよ、ね!!」
道路が翻り壁のように、落ちる天井の様に迫りくる。加えて歪む世界に三半規管をやられそうな幻覚、方向感覚が狂い続く猛攻、女を駆り立てるのは何故か。
「肉体に宿る記憶ってのは意外と馬鹿にならんものだな。……俺が誰、だったか?俺は【俺】だ。プレイヤー名:ハヤトだ。名前の名付けもなく、記憶の集合時にできた仮初の自我、だったものだ。」
「……嘘、ではなさそうね。考察するにしても私と貴方では理解している内容に齟齬があるでしょうし、何より始まり方も違うようですね。私も何、誰も居ない土地に独りいましてね。」
「どうでもいい、エイリスの記憶を戻せ。俺たちの中の1人が訴えてんだ。よく分かってないが大切なもんなんだとよ。」
「少しは語らいを楽しまれても良いでしょうに。人の言に縛られ、言に従うあなたは都合の良い奴隷ではありませんか?貴方という自己は本当に存在し得るのですか?」
「おいおい、俺のために【俺】が行動してんだから自分の為だ。それに、忘れてるのか?お前も使い慣れてるだろうに。記憶から成る世界の構築、その記憶、真偽の確かを誰が行う?」
「【交換/swap】、すれば良いでしょう?照合して同じものを集め続ければ認識できますし。それにしてもアナタという記憶はまるでコルクのようにスカスカ。なのにひっつき虫みたいな不純物が多くて選り分けが幾分困ります。なんですかこのノイズは。この女は。」
「理解、したくないならお得意の【交換/swap】して、自分の記憶を大切にしているといい。」
顰めっ面、本当に嫌そうな顔を浮かべるのが上手い。視線の先は誰もいない先へ向いている。幻覚攻撃の矛先も何も無い場所に指示していたように見えた。
「……あなたを潰す。名無し【俺】とやらを潰して、女、あなたを潰して私の解する世界を正してみせましょう。【俺】とやら、ソルベーレイで待ってるわ。【交換/swap】」
待ちやがれっ!なんて言う暇もなく途端に逃げられる。口を開けたまま固まってしまった。ソルベーレイってのはこれから向かう先だ。
しっかし、どうするか。
どうやって、エイリスに関する記憶を取り戻すか。頭の中探しても【交換/swap】みたいに使い勝手の良い技はなく、攻撃特化型なものしか記憶にない。
なんで記憶を取り戻すかって?
神、とされる存在に1番近いだろ?
観察者ならな。




