おいてけぼり
目の前に見知った顔。
けれど物珍しげなものを見る目をしていた。人懐っこそうな子供が駆け寄ってくる。ええっと、
「おいのりしにきたのか!」
考える間もなく話しかけられる。
戸惑い気味に頷くと、
「おまえ、ちこくだぞ!おいのりするならもっと、はやくこなきゃだめなんだぞ!だ〜らしねぇ、オレより大きいくせに!」
「乱暴なのはこの口ですか。もう。……貴方はお祈りにいらしたのでしょう?どうぞ。」
他人のように扱われる。視線は、もう早く動いてくれませんかね、という催促を感じる。非常に冷たいものだ。
おかしい。
少なくとも面識はあると思うんだ。蔓の化け物と相対するのは劇的な出会いだと、個人的には思うんですよ!
……でも一瞬の出来事ですし、あまり話したこともないし、そんなもので仲良くなったとは言えないかぁ。
うん。
先程この教会に入って行った人達を見ると、目の前の石像に簡素に祈っているのだろう。首を垂れるようにして、石像の手のひらに頭を撫でられに行くような格好だ。
どうしよう。
思いつきで入ったものだし、前の人の真似をして出ていこう。そして一応な、一応だ。帰るついで風を装って、森の教会で会いませんでしたか、って聞こう。
ナンパではないです。ここ大事。
「貴方。お祈りはアチラです……同じ構造なはずなのですけど、」
ダメでした。
祈ってるんじゃないんですかっ!?
その場しのぎの計画が崩れていく気がする。
そそくさと足を進めて案内された方へ進む。そうだよなぁ、異なる文化だと祈りの定義すら異なってくるのだろうな。
ふんふんと廊下を進んでいると、後ろに気配を感じる。勇み足で気付かないふりをしてるが、足音を強めてきている。
ふりむけば、子供がついてきていた。何かを期待する目だ。なんか嫌になってくる。この少女とも面識があるはずなんだけどな。
精霊に嫌われてる邪悪な存在でしょ、とかなんとか言っていた、最後に会った子供。
「あなた、実はなんとなくで入った感じの人でしょ?よくそういうひといるの。言うに言い出せなくなっちゃった、って感じよね。」
他人行儀の少女はそのまま横を通り過ぎていく。出会った子供皆が、ここに来る前までの記憶が抜け落ちているかのようだ。
「でさ、どこからきたの?夢はなに?宗派は?思い出は?どんな経験してきたの?」
少女はふりむいて、後ろ歩きのままそんなことを言う。やはり、先日の出来事については何も覚えていないのだろう。どうしてもね、とつぶやく。
「私、外の世界が気になって仕方がないの。大人になるってどんな感じなんだろう。子供がいるってどんな感じなんだろう、って。どうやって、どんな今を生活しているんだろう。」
「別にこんなこと言うのは、なんとなく。本当になんとなくで。……聞きたいことがあるの。」
部屋の扉の前、遮るように止まる。少し、ほんの少しだけ服をつまむ指に力が入っている。
「実はさ、知ってる人だったりしない?」
しらないです。
「変だと思われるかもしれないけど、お母さんとお父さんの顔が思い出せないの。抱きしめられていたのは覚えてる。でも、温かさしか覚えてないの。顔が、見えない。」
「よく、膝枕してもらっていたのは覚えてるんだけど、下から覗いているはずの面影が、思い出せない。」
「時間が解決してくれるって言葉があるけど、時間が消してしまう問題もあると思う。わたしは、この温かさを忘れる前に思い出したい。こんな世界だからもしかしたらって思ったりする。」
「ねぇ、知らない?」
「私の生前」
「わたしは自分のルーツが知りたい。」
__生前、生前かぁ。
は?
こんなことを切り出されたものの頭の中ではあまり緊張感はない。ついていけてないってのが大きい。わたくし冷酷なのでしょうか。
現状をまとめるぜ。
・知り合いが集団記憶喪失っぽい
・死んだ後の世界
知らない間に子供らは死んでいて?
死ぬと記憶がリセットされる?
今居る世界は死後だった?
それだと俺も死んでね?
まてまて『 ソレの試練』とやらを思い出そう。あれも突発的だった。ちくしょうめ。だがここでようやくゲーム参加者に出会えた気がする。人格はアレだったけども。記憶を辿ればだ、
・うさんくさい野郎
・信じないけど俺、記憶で作られた存在らしい
・記憶がしっちゃかめっちゃかだと死に近くなる
・謎空間に他のゲーマーがいる。
・他人の記憶は同居する、協力は望みなし
・自分を失くした石像たち
こんな感じだっただろうか?
……あくまでもひとつの考えだが、考えなんだけど、考えちゃったけど、妄想かもしれないけど、
この世界の住人は記憶をなくしやすい、とか。
そうなると実は今の自分も何かを忘れつつあると思われるのだが。友人らの名前は、遠藤猛、一宮西舞、天屯天道、芝田健人、覚えとるな。そういえば俺ゲームやってんだったっけ?再会できる気がしない。
昨日の晩御飯は、忘れた。痴呆は進んでいるかもしれない。そういえばエイリスになにか食べろって言われていたっけか。……実はゲームじゃなかったり。そういう設定、世界観の作風もあるからな、世界観謎解きゲームを購入したんだっけ?
だからって死後なら知ってんぜ?って言えるか。
そうだよ、聞かれたことに返事せねば。返事?まだしてねぇよ。でも100点満点な返答できねぇよ。なんとなく一見しましたってのが悪いってその通りだよ。
だからってここで、あなたのことしらないですっていえば、なんで待たせたの?って言われる気がする。もう結構待たせてんだよ。視線が痛てぇよ。
よし、別の方向性で正直なこと言えば助かる気がする。ドアノブに手をかけドアを開ける前にだ。
実は、その、この教会に入ったのは、その〜初めてで、あのですね〜、なんて無理だろう。どうせ何一つ上手く言えっこない。宿題忘れたときの方がもっとマシな言い訳できる。ジト目がさらに強まった気がする。
「木がめっちゃ生えてる所の教会にいたよな?」
はい、これが正式名称分からないんですね。いや、分かるよ。多分俺の登場してない場面では話題に上がるんだろうさ。でもぶっちゃけるといままでそんな話が自分の前で出たかといえば、そうでもない。
伝われ〜という毒電波を送る。この問の答え方で生前、というニュアンスを知ることができるはず。
「森?」
めっさ怪訝な顔をされてますねぇ。
「緑領ラディクスのこと?まだ行ったことないけど、そこがわたしと縁のある場所なのね?ちょうど次の向かう先が緑領なのよ。」
緑領って言うのか、でもアウト!なにかがおかしい気がするぜ!
「緑領は精霊様も見かけることが多いと聞いているいるから、たぶん死者との縁も深いのね。よく分からないって顔してるけど、緑閃光って聞いたことない?」
ないです。領地が分けられているのか。
「たった数秒の間、あの世とこの世を繋ぐ瞬きのひかり。もしかしたら、今はもう会えない魂と会うことの出来るかもしれない、幸運な光かもしれないわね。」
この言葉、恵まれた環境で生きていたんだろうなぁ。会いたくない人、いると思うんだ。それでも会うことを選ぶってなかなかできないことだと思う。適当な感想だ。
「まぁ、精霊様ならその扉の向こうにもいるのだけれどね!教会住みならお世話係になることだってあるんだからっ!……どうしたの?そんなに固まって。」
おう、このドアの向こうになんだって精霊がいるんですかね。ここに来るまでにも居たし、野生動物かなんかみたいなものだと思っていたが、え、なに、いんの?
「当たり前でしょ!はぁ……あなたお祈りするの久しぶりだからこんなことになってるのね。いっしょについて行ってあげるわ!説明してあげるって言ってんの!」
扉は開かれた。やはりと言うか、はぁ、文字が渦を作り体と為す精霊がそこに居た。だが見た目がその、肥えているというか寸胴だ。動物タイプというよりタヌキの置物のような。
「へぇ、精霊って色々な形してるのね。それで、どのくらい覚えてるの?そこに座るだけでいいんだけど……あとはそう、目つぶった方がいいかも。」
精霊の前に座ると、精霊の体表面、文字が発光しながら顔が伸びる。おれが天井を見上げる程になるのだが、
あ、
精霊に食べられた。
目の前が真っ暗に。
真っ暗に。
明かり?
俺は歩いていた、らしい。
机の上のパソコンが見えてきた。 ログアウト、してたっけ?パソコンの画面はつけっぱなしだった。トイレに行ったんだったか。
デスクトップ上にいくつかファイルが存在する。でも名前は黒塗りだったり、読めない文字だったり、こんなもの保存していただろうか。なにか悪いウィルスにやられてしまったのだろうか。
確認のためマウスでドライブをクリックする。
1つのファイルの中に3つのファイル。そのファイル1つ1つに、たくさんのファイルがずらりと並んでいる。意味不明だ。
1つを選び更新日順にしてみるが、文字化けしているものとぐちゃぐちゃになっていて、本当に更新日順に整頓されているのか分からないような状態だった。
ファイルによって何も入っていないものもある。また入っていたとしても、『 アプリケーションを起動できません』『 既定の設定では開けません』『 予期せぬエラーが発生しました、エトセトラエトセトラ、ため息をついてしまう。
文字化けしているファイル一覧を上へ上へと流していくと、ようやくファイル名が分かるものが出てきた。
『メモ』
日本語だ。
そのファイルを展開すると、複数のファイルが存在し、そのファイル名がメモになっていた。ファイルには何も入っていなかった。
最近のできごと、緑領ラディクスのことから出会った人物、その特徴についてのメモらしきもの、それらは自分の記憶と一致していた。
それだけじゃなかった。
更新日の古いものには、自分の身に覚えのないことが記載されていた。ざっと見た限り『旅装束』から話された昔ばなし。
少し、分からないメモがある。
……ソレはひとりぼっち……
……ソレは神ではない……
また出てきた。この文が何回もメモされている。ソレって?【ソレと色の話】だったか、ゲームに『記録』があるし、それをまた参照するとして、
あ、パソコンの自動更新始まっちまった。
どうしようもないしすることもないし、漫画でも見ようかな。ん?……本棚がない!?本棚がないってことは、いままでクリアしたゲームケース棚も無いということ。あの過去を懐かしむ優越感に浸れないだとっ!?
しばらくして、ベッドにすわり部屋を見回す。あれ、俺の部屋こんなにすっからかんだっけ?
__ゴンッ!!
部屋の扉がノックされる。初めてのことだ。この家ではそのまま押し入って来て、飯か出掛けるかその2択ぐらいだというのに。思わず身構える。
「はぁ、アンタいつまで掛かってんのよ?」
……なんで?
「アンタに似た服装の男が教会に入ったって聞いて……」
エイリスが入ってきた。パソコンの前に立つと何かに気づいたように俺の顔をチラッと見る。腕を掴まれ、意外と強い力で引っ張られる。
「……『精霊』に食べられる前、近くに誰かいなかった?あぁもう!今日はゆっくり寝れると思ってたのに、どうしてくれんのよ!忙しくなるっ説明は後!アンタ、騙されてんのよ!」




