魚の名前で魚じゃねぇ
あけましておめでとうございます。
にんまりとした笑顔。ニヤけ顔を抑えようとしているが、エイリスの上がった口角はなかなか下がらないみたいだ。
「砂遊魚ってどんな乗り心地だと思う?」
乗ったことがない、というかそもそも砂遊魚とは何なのか、肉は食べたことがあるが実物は見た事がない謎肉と言っても過言ではない。
ましてやそれにこれから乗るというのである。砂を泳ぐというのだから筋肉がものすごそうだが、はたして。
「まぁ、ソリにするには砂が後ろに飛んでくるから難しいからね。仕方ない。」
魚の尾びれが凄いのだろう。魚というのだから尾びれの形は横向きだろう。だが左右にくねくね動くのは砂上でどう働くのだろうか。イルカのような縦びれの方が砂を押して進みやすそうに思う。
「でも鱗が低摩擦だから案外乗ってる間に滑り落ちそうよね。さすがに鞍があると思うけどね。」
魚に、鞍?ロデオの左右揺れは気分が悪くなりそうな気がしてきた。
「見えてきた!」
魚、ではない。
4本足。
トカゲだ。いかつい。
……んでもって大きい。
砂漠で長時間日に当たることを考えれば、体躯を小さくして進化する方が生存に有利な気がするものの、暑さを気にせず平然と欠伸をしている。
その秘密は非常に細かな鱗のツブツブに隠されているのだろうか。よく見ればこの鱗の素材が周りの建築にも使われているような気もしてきた。温度を抑える効果でもあるのだろうか。
こんなに大きいのなら、どんなに大きい声を出すのだろうか、少しワクワクしてきたものの、いつまでたっても鳴き声は聞こえない。漏れてくる空気だけが静かにシューッと排出されている。
「おうあんちゃん、面白いぐらい困惑した顔披露してぇ、なに、人さまには聞こえない波で音出してんのよ。砂上に潜む虫なんかは耳ざといからなぁ、昔キャラバンを引き摺りこんでたオオスナジゴクを食べるもんだから、俺たちにとっては守り神みたいなもんよ。ミイラ取りがミイラにってな!なはははっ!」
行き先は決まってるんだがなぁオオスナジゴクってなんだよオヤジィ。来た時には見かけなかったが、ヤベェやつなのか?このトカゲの見てくれぐれぇにはデケェのか?
「人間に聞こえん鳴き声聞いちまうとオオスナジゴクはどっかへ行っちまうんだが一体どこへ、おおっと話がそれちまいました、旦那の行き先は何方でぇ?」
聞けよゥオヤジぃ。オオスナジゴクって一体なんなんだって話なんだよ。
「ネタじゃないんですかい。そいつは済まないことをしましたね。ほら、砂漠には丘みたいに上がって下がっての凸凹があるでしょうよ。その丘を登った先が不自然になだらかに整地されてましたら、そこはもうヤツの住処。もう1歩でも踏み入れたらアウト、登り終えた後の心を狙ったいやらしい生態ですよ、対処は体はそのままに足だけ後ろに下げるんです。そうすれば砂で自然に下がりますからね、この砂漠で生きる知恵ですよ。」
スナジコクってことはそのうち飛ぶんじゃねえか?
「そうですねぇ、あれは綺麗でしたよ。砂漠のガラス細工とも言いましょう。……幼虫は地獄の主みたいなもんですがね。襲っても来ない、周りに敵性存在もない、見かけたら幸運の印なんですよ。まぁ、なんですか……同僚の目線も怖いですし、仕事をしましょうか、行き先はどちらです?」
ソルベーレイってとこなんだが、実の所、俺は初めての土地、うちのつれは方向音痴ときた、まぁ、なんだ、ここに来るのも運が良かったってもんだが、これから砂をかき分けて目的地へ向かうときた。わかるでしょう。向こう水でガサツ、慎重さの欠片も無い楽観宿なし旅。敢えて言う、楽しい旅がしたい。
「なるほど、勝手に目的地に着く魚をお求めですね。コチラの魚はですね、とりあえず乗っといて大丈夫ですよ。初心者向けで初めの砂漠で旅に選ばれる魚ナンバーワンの魚ですよ。」
魚?えぇ、魚です。
「待って下さい、ソルベーレイに着いてもう使わないのでしたら、私らと同業の場所には連れていけば、まだまだ元気いっぱいなら今回の費用の半分は戻ってきますよ。ぜひ御利用下さいね。それと、乗り方に関しましては別途購入ですのであちらへどうぞ。」
という流れをエイリスがしてくれた。
優秀すぎない?
俺だったら受け答え出来ない。
何していたかって?言わせんな!
隣で脳内おしゃべりを繰り広げながら勉強中ですわ。まぁ、見てるからってできるようにはならないんですけども。
素朴な疑問、社会人は言葉遣いをどこで学んでるの?敬語の使い方なんて自分でも内心、これ間違ったわ、って思うんだ。
『 旅装束:何事も自分から視点を見つけることが初めの1歩になるんじゃぞ。続くか知らんけど。』
……久しぶりだなジジイ。途中から出てこねぇから、とっくにくたばったもんだと思ったぜ。今更何しにきやがった?
『 旅装束:随分な物言いじゃの。儂らも便利屋ではないということだの、のう……1つ誰かに尋ねてくれんかの。今代の船乗りは誰か?とな。』
船乗り?砂遊魚の一番乗り上手の呼び方か?
『 旅装束:別だの。環状湖淵街ソルベーレイでは祭事があっての?儂も参加したもので、1匹の怪物と取っ組み合いをするんじゃ。』
ソルベーレイの真ん中に湖があるんだったか?それで船乗りってわけだな。……人の住む街の真ん中に怪物って、安全なのかよ?
『 旅装束:怪物を恐れて魔物が寄り付かん。近づく魔物はよっぽどの気狂いじゃて。それに、怪物には意思がある。……意思というよりかは、契約じゃな。お祭り騒ぎして楽しむ、という曖昧なものじゃ。怪物も心を持っていた、ということじゃな。』
そう言えば前に話した、七湖揺らしのうんぬんに関係ある話か?
『 旅装束:取っ組み合いといっても闘いではない。演武であり演舞であると呼ぶのだろうか。生命の拠り所である水に感謝をする演舞、今おぬしが扱う【水運】があるじゃろ?それを手繰る。』
手繰るって言ったって攻撃用のスキルみたいなもんだろ?いつでも使用中のパッシブなもんでもねぇし、
「ねぇってば!」
はいなんでしょう。
「……さっき言ったこと繰り返してみて。」
……はい、本当に申し訳ないと思ってます。うん、ため息は幸せが逃げるからあまりしない方がいいと思うぞ。
「誰のせいかっ!まっっったく、アンタはあっちで乗り方覚えてきて、そんで終わったら噴水近くのハト印の宿に集合。出発は明日。何とかモノにして来るのよ?はいっ解散!」
おまっ乗り方知ってるのかよ!?
「……さっき「実は乗ったことがある」って言ったんだけど、あの優越感帰しなさいっ!」
やだね!
おんぶにだっこな状態が続いており、俺としては、ただゲームを見ているだけでは満ち足りない気持ちを抱いている。
え、逆撫でしてくるような人は嫌われるって?
エイリスは疲れた、と言いつつ足早にご機嫌そうにお菓子屋に消えた。今声を出しても独り言になってしまうだろう。口答えするつもりは毛頭ないけど。
『 旅装束:儂、復帰。』
ジジイと話すのも悪く無い。ぶっちゃけ自分の知らないこと聞けるってのも楽しい。聞きたいこともあるってもんだ。今使ってる【水運】、自分の動きがだんだん悪くなっているような気がする。どう思う?
『 旅装束:【水運】は水の中で呼吸するために獲得したもので、攻撃用ではないんじゃが……そうだの、初めはその便利さを過信して、死の1歩前まで溺れかけた記憶はいい思い出だの。』
まぁなんだ、自分のことを置いといて、昔話も聞いてみたい。俺と一緒に体験したアレコレ、覚えてないとは言わせん。あの老人と言い、変な精神錯乱者たちと言い、……この世界の仕組み、いまいちピンっときてないが、記憶が経験に結びついてるってことでいいか?
『 旅装束:儂らが共有できるのは記憶、その記憶から何かをさせようという意図を感じることはできるのだが、儂は遂にその目的を話すことは叶わず、鍵をかけられてしまった。』
……前にもエイリスが同じようなことを話していた気がする。アンタらはそうやって、教えたいけど教えられない状態にあるんだろう。世界の秘密って呼んでもいいかもしれない。なんとなく、全部なんとなくだけど。
『 旅装束:まぁ、良いじゃろう、思い出を話すことで何かを掴む可能性もあるだろうしの。剣の方はうんともすんとも話さぬし、……おぬしはトカゲ乗りの教習を受けながら聞くだけで良い。もうな、誰も覚えてないこと。』
『 旅装束:夜、友人たちとわかれた少年は、1人湖の縁に佇んでいた。何も考えず風に吹かれて波立つ湖面を眺めるのことが、少年にとって心の癒し、いや、世界から自分を切り離す心地が良かったのだろう。』
『 旅装束:だが、一際大きく波が立った。湖面から急速に浮上し、そして空へと一直線に昇った。風は雲を払い、空の星々が見下ろす宙に、その恒星の如き輝きは力強く目に焼き付いた。』
『 旅装束:怪物は、それは美しい姿をしておった。光を跳ね返す煌びやかな鱗は、世界が夜に残されても光り輝く星のように淡く照らされ、伝承の中で語られたように幻想的だった。』
『 旅装束:誰かが名付けた、龍、という存在に酷く似ておった。幻想さに儚く消えてしまいそうな幽霊のような感覚を抱くほどに。この怪物は、水霊龍と名付けられた。……当人に名前を聞けば、別の答えが返ってくるのだろうか、もう誰もしらない。伝承だけが残った存在、その筈だった。』
『 旅装束:水霊龍は遠く、はるか遠くの宙へと飛翔した。その姿が夜空の星々に混じるほど高く、光だけが空を駆けて行った。』
『 旅装束:少年は実感した。まるで嘘みたいな話が本当だった感覚に酷く驚いた。たった一つの出会い、偶然かもしれない、数字にすれば1桁にも満たない数秒間の出来事かもしれない。だが、その経験が、少年の世界を変えた。』
『 旅装束:湖はとても大きかった。外周すれば数日はかかるぐらい大きかった。その中心に島がある。周りから見えない自然の岩壁の内側は聖域とされて、龍の住まう場所とされて、古くから禁足地とされていた。』
『 旅装束:大人から子へと頭ごなしに教えられ、そのまま受け入れる人は全てとは言わん。龍が坐すならば、一目見てみたい者も現れる。だが、たどり着くことが出来た者はいなかった。』
『 旅装束:その理由に、挑戦した人物の名が広まるものの、岸辺に辿り着くのは死体。……人々は龍を恐れたのだ。龍に会ったものは生きては帰れない、呪いをかけられてしまう、という。 いつしか、子供をしつけるための話になってしまった。いい子にしてないと、龍が飛んできて、呪いで水に沈められる、なんて話も出来上がった。』
『 旅装束:今となって考えれば、存在無き恐れを話とする、そのやり方によって、禁足地という場所を守ろうとしたのかもしれんなぁ。』
『 旅装束:話を戻そう。少年はあることに気づいた。彼らには抵抗の後がない。龍に襲われたのであれば、服がボロボロになっているはず。にもかかわらず、服にまったく傷はなく、また、水に沈むはずであるのに、その死体全てが岸辺に辿り着いているのである。意図を感じたのだ。 』
『 旅装束:少年はまず泳ぎを覚えた。独学で溺れかけたこともある。泳げることでいい気になり、目には見えない湖の流れに流されそうになった。そうなのだ、湖であるはずなのに、水流があったのだ。』
『 旅装束:まだ、溺れかけた少年が引っかかった水流は弱かった。もし、大きなうねりをもっていたら、少年は死体としての仲間入りを果たしたことだろう。』
『 旅装束:少年がさらに練習を重ねると、一時どれぐらい水中の中に入れるか試したくなった。限界の肺活量を試したかったのだ。少年は潜り、水面をながめた。』
『 旅装束:漂う少年は、水面に作られる波の一つ一つが照らされた気色を、まるで神秘的なガラススタンドのように見とれて、万華鏡のように変化する不思議な光景に、少年は息をすることを忘れていた。』
『 旅装束:そして気づいた。今、自分がどれほど水中を潜るのか、水面から顔を出し影の伸びる方向が潜る前から変化していること、そのことに気づいた。少年は息継ぎを克服したのだ。……人間はやめていない、流石に少年は思わずにいられなかった。』
『 旅装束:考えてみれば挑戦した人らは同じような心持ちだったのかもしれない。同じように練習し、同じように能力が高まり、同じように挑戦した。その全てが同じ試みだったのかもしれん。』
『 旅装束:決行の日。それはいつでも良かった。おなかいっぱいに飯を食い、少年にとっての準備を済ませた。少年は禁足地、とされる龍の住まう場所、その伝承の地に泳ぎに行く。』
『 旅装束:しばらくは問題なかった。随分と進んだ気がした。だがある程度進めば湖の流れが強くなる。そこで意図しない問題が起きた。少年の脚力を超える流れの速さに、少年は流されてしまうのだ。』
『 旅装束:流された勢いのまま、少年は岩から伸びる突起物に頭をぶつけてしまう。だがその突起物はぶつかると同時にくだけた。少年は運が良かったのだ。』
『 旅装束:それでもやはり流れが早かったのだ、意識が低迷し、朦朧とする視界、その全てを引き裂くように、人肌の体温が少年を引っ張りあげた。』
『 旅装束:ぼんやりと髪の長い少女が映り込む。ゆらゆらと波になびく後ろ髪を視界に映して、少年は意識を落とすか落とさないか、その境。』
『旅装束:少年とってその事実だけで良かった。禁足地に人がいた。それだけで。……踏み入れはならない場所に人がいたのであれば、それは一般人が謁見できない場だろうに。』
『 旅装束:顔で水面を破ると、少女は、気を失いかける少年に、はにかんだ笑顔を送った。それだけで少年は目を覚ました。単純だの。心底惚れてしまったのだろう。』
『 旅装束:開口1番、どこからきたの?少年は向こうから!少しでも大げさに反応して気を引こうとしたんだの、水の中で背伸びをするように指さした。その勢いで顔まで水に浸かってな。』
『 旅装束:少女はこらえるように笑って、それが少年は嬉しかった。入りましょ、と誘うように砂浜を指さして、少年はその後ろをついて行った。』
『 旅装束:家があった。石造りで、苔がびっしり生えている。入り口から?違う、窓から入った。なんでっていう前に、抜け出してた!ってイタズラっ子みたいな顔で笑う。』
『 旅装束:ちょっとまってて、と少女が言い、先に上がる。すると、みこ様っ!また出ていかれたのですか!と他の声が聞こえてくる。そのまま叱るのかと思えば、行先きの書置きだけはしてください、としか言わない。』
『 旅装束:扉が閉まる音がしてしばらく、少女の来てという言葉に従い入って行けば、してやったりという自慢げな顔、それすら可愛らしいのだから、少年はタジタジだの。』
『 旅装束:そんな2人は再び入ってきた神官に見られてしまった。だがしかしなぜだっただろう、温情だろうか追い出すことはなかった。少女と視線で会話していたように思う。そんなこと、少年はまったく気づかないのだがな。』
__これで知識は以上ですので〜これから実践しに行きま〜す。外に出て、番号順にお並びくださ〜い。
『 旅装束:トカゲ乗りに移動し、落ち着いたら続きと行こう。』




