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Alive Applicants  作者: 澱味 佑尭
ここから1章でええんか?
20/28

やりなおし

「さぁ、砂を飲むんだ。ススピロ。」


「待て!?待て、待てぇ!どこに誕生日のおめでたい日にだ、砂を飲み込めなんて罰ゲームやらされる奴がいる!?」


何度でも言おう。サンドゴーレムは砂から経験値を得る。砂粒一つ一つに僅かな意思が宿っていると言ってもいい。


その、かすかな記憶を、1週間以上置いた取れにくい汚れのようにこびりつかせて、人に与えるとどうなるのだろうか?


これは、未だかつてない実験的なものである。


「名誉ある被験者1号君、これからの体調不良についてはさておき、僕は結果だけ知りたいのさ。変わるためには、何でもするんだろう?」


エフェメラルには悪いが、はいそうですねと認める訳にはいかない。砂掻き掃除で身近な砂だったが、食べるほど好き好む訳では無い。掃除中に口の中に入ってしまったときは、嫌な思いもした。誰が食べようとするか、こんなもの。


「……ァ゛ァ゛、最悪な気分だ……」


そのとき、ふっ、と何かが頭をよぎった気がした。なんとなく花を愛でたい、とにかく花を愛でたい。そんな気分だ。


「花を鑑賞したくならないかい?」


その声にのどをひくつかせる。へばりついた砂に違和感を残したまま。


「君に飲ませた記憶はねぇ、食人植物デザート・サキュバスに誘い込まれてしまった哀れな人間たちの記憶だよ?どうだった?花が見たくて見たくて仕方がなくなってるのはねぇ、花の香りに頭がやられている証拠なのさ。もう人間によって絶滅されてしまったけどね。」


「なんちゅうもん飲ませてんだ!?うげっどうにかしてでも吐き出してぇ!?」


「排泄物として出てくるから大丈夫さ。」


「腹下すってことだよな!?」


なんてクソガキだ。子供はやることが残酷だと言うが、ここまで好奇心で冷酷になれる生き物だとは思わなかった。クソっ。俺は悪魔と契約しちまったのか。


「次、いってみよー!」


「うげぇぇぇえええ。」


「数秒で老け込んでしまったような顔をしているよ。明日には骸骨になってるかもね。」


「嫌なもんは、嫌なん……一応聞くが、ブラックジョークだよな?」


「それで?今度はどうだった?」


「突っ込みたいところはあるが、どういうことだ?」


「……こののどかな空間をぶっ壊したくなる破壊衝動とかは?手当り次第目に入った生き物の命を仕留めようとかは?殺人衝動に突き動かされる殺戮マシーンになりたくなってこないかい?」


「なんつーモンよこしやがるっ!?」


ススピロの顔を見る。苦虫を噛み潰したような顔をしている。健康だ。おもしろくない。


先程の記憶は、一般に通じる記憶。そして今回は砂漠の賊として名を馳せた人物の記憶。


個人性が強すぎると、記憶が定着しないのか、自分の記憶とは別物だと拒否するのか、まるで病原菌に反応する抗体みたいな働きだ。


これ以上の記憶摂取にあまり期待できない。


ススピロの人となりを知り、しかる後に定着が望めそうな記憶を選出しなければならないだろう。


「なぁ、ひとつ聞きてぇんだがよ。」


「記憶を自分のモノにしてよぅ、強者、達人、そういったヤツらの思考回路、体の動かし方を自分のモノにするってのはわかる。だが、身体の使い勝手が異なれば、そもそも定着しても無駄じゃねぇのか?」


「……それは人体の不思議ってやつさ。」


「詳しくねぇんだな。」


年不相応の風格を出す気味の悪いガキだったが、子供らしい無知さが出て安心する。まぁ、知ってたら砂なんぞ食わせることもないだろう。


そして勝手に背ぇ向けてどこに行こうってんだ?


「本当は君に少しでも危険回避能力を身につけてもらおうと思ったけど、それはいつまでかかるか分からない。」


おうとも。


「さて、昨日の騒動は知ってるかい?あれは聖地に住まう龍がなんかやらかしたみたいだから、今動揺している最中を狙って、この世界の秘密に迫る砂を取りに行く!……まぁぶっつけ本番だし、生き延びるのは難しいかも。」


まるで自分は余裕です、みたいなその態度、どこまで保っていられるか見ものだな!せいぜい俺がくたばるまでは頑張れよ!


「君も努力するんだよ!」


ジト目で見られても困るってもんだ。


「……そういえば誕生日と言っていたけど、どうして今日が誕生日なんだい?まぁ嫌ならいいんだよ、別に、それほど重要なことでもなさそうだし、暇つぶしぐらいになればそれで。」


「前置きはさておき、勝手に自語りさせてもらう。……そうだな、まだこの世界に来たばっかの頃によぅ、はじめは異世界だ!俺が主人公だ!なんて思ったりしてなぁ。」


「なるほど、首だけ上に伸ばして空想を垂れ、やってやるぞっていう気持ちが先行しても能力は精神に追いつかず、生涯砂を掻くことに時間を費やす哀れな人間。ヨヨヨ。」


「おう。喧嘩売ってるよな。記憶を持ってるなら少しでも期待しちまうバカヤロウなんだよ!?」


「可哀想な悲劇のヒロイン。あぁ、私を助けて!?助けて!?ふぅん……僕がいなかったら、君はどうやって過去の君を乗り越えるのかな?」


何を言って……


「いや、そもそも気持ちに変化が起きているのかな?ただ流れに身を任せ、その場しのぎに自らを鼓舞して心を削ぎ落とし、より一際大きく叫ぼうとする。……元気です、ってね?」


止めろ。


「僕は選んだのはそういう人達さ。現地の人?もちろん。異なる者?もちろん。世界が違っても、価値観が異なることになっても、人が人であることは変わらない。そして僕は、彼ら領域を踏み越えて話しかけるのさ。」


それ以上はダメだ。


「ねぇ、どうして自分を偽るんだい?見ていて吐き気が催すよ。言いたいことがあるならさぁ、声に出してよ。」


誰が、


「見ず知らずの赤の他人に言葉は不要?親しき仲にも礼儀あり?どんな言葉を並べたって別に構いやしない。君の気持ちを理解しても、理解なんてしてやらない。えぇ?できるのかだって?」


何を知ってるっていうんだ。


「僕が、サンドゴーレムだからさ。」


魔物だった。


言葉を交わしていた相手は、自分と同じように語らっていたはずであったのに、途端に理解し難いバケモノに成り果ててしまった。


本当にそう思うのは正しいのだろうか。自分が度し難いバカだっただけじゃないのか?目の前の本質に気づけなかったのがいけなかったんじゃないか?子供の外見だからと少しでも安心していた自分がバカだったんじゃないか?


理解して、学べよ、俺。


この異質な世界に来て決めたじゃないか。この街で静かに砂を払い、その僅かな稼ぎで毎日の食事で小さな幸せを続ける。


自分に誰にも寄せないことで、誰にも気づかれないことで、誰かと繋がりを無くすことが、誰かにとって最善の選択肢になると。


そうして人との関わりを避け続け、ついには自分から人に関わった時に受ける相手の言葉、心の領域が嫌になった筈だというのに。


自分の言葉が、誰かの重みに、心を傷つける刃になるから、砂を掻きの道具だけを持つと、決めたはずなのに。


誰かの心を荒らすことも、誰かに心を荒らされることも、何もかも放棄して、捨てて、失ってしまうことを望んでいたのに。


羨望してしまった。


笑顔に歩く人からその幸福を分けて欲しいと願ってしまった。頬いっぱいに勿体なく口に入れる食の楽しみ方を思い出してしまった。誰かと話して笑い合う喜びの空間を、妬ましいと思ってしまった。


それは、「優しさ」だけでは存在しないことを、覚えておこうと、その、「優しさ」意外の「感情」が嫌になってしまったから、遠くに置こうとしたのに。


気になって、気がついて、もう遅い。


「この世界で、やり直そう。そう、決めたんだろう。」


!?


って君は思うのだろう?


「言っただろう?僕はサンドゴーレムだと。」


なるほど、今日は君の誕生日だ。


君の記憶を観た。君が人の心を土足で踏み込むような人間だと、そう評価され、その言葉に囚われて、何にも行動できなくなってしまった君を。


踏み込んだっていい。


行動を起こすこともやめることも、どっちだって行動することになるんだ。


でも、自分でそう思っても納得できないんだろう?言葉の綾なだけだって。


肯定しよう。

ならば人ではない魔物が肯定しよう。


君の行動には意味があり、その行動の理解者となる道標となろう。


僕にもね。目的がある。

僕が人を選び続ける理由だよ。


『溶暗スル光芒』


その封印が解けようとしている。


封印が解ければこの街は再び水の底に眠るだろう。僕はそれを食い止めたい。


今から見せるのは、封印が解かれて、再封印に失敗してしまった荒波の記憶。


選択するといい。


進むか、進まないかを。


【心華想填】


エフェメラルの胸中から咲く砂の花。

桜色の光が眩しく、俺は目を閉じる。


指先に水の感触。


驚き、目を開けようとすれば、口に水が入る。


ゆっくりと、沈んでいく。


もがき、酸素を求めて浮上しようとしても、体は浮かびともしない。


いや、水面が登っているんだ。

これはただの記憶で、誰かにとっての記憶だ。

自分の踏む砂地を確かめ、映像なだけであることを確信する。


そうしてしばらく、無音の時間が流れる。

耳をすませばゴォゥ、と水が流れる音がする。


光。


一筋の光が流れる。

その後ろから激流が押し寄せる。

思わず、尻もちをついてしまった。


あれが『溶暗スル光芒』だってのか?


西洋の槍に複数の水道管のようなパイプが複数飛び出しているような形状。


「あれらの複数の管から高圧の水流を流しているのさ。無尽蔵にね。」


「……どうして封印の道を選んだんだ?倒して終わりって訳にはいかないのか?」


映像が切り替わる。


どうしてそうなったのか理由は定かではないが、『溶暗スル光芒』が、がんじがらめに鎖を取り付けられ、湖の底に沈められた。


再び封印が解かれ、湖から水が溢れてくる。

草蔓に繋ぎ止められ封印され、水位が止まる。


解かれ、溢れる。

氷牢に閉ざされ封印され、止まる。


繰り返し、繰り返して、湖の周りに街が拡大していく。まるで湖が枯れない井戸のように、無限の資源を与えているかのよう。


そして、回るように同じことを繰り返してできたのがこの街、ソルベーレイ。


「嘶く荒雷を沈めつなぎ止めし者、恵をもたらさんってね。……再び問うことになるよ、君は、」


「やるぜ?」


「やる気だね?どんな心境の変化だい?一瞬でも目の前の魔物に恐怖したんじゃないかい?」


「どうせ記憶を読み取ってんなら言わなくてもわかんだろ?遅かれ早かれ巻き込まれるなら、当事者として関わりたいというか、今の仕事も意味が無くなるんだろうし、お前とならそれなりに戦うことはできるんだろ?」


「お褒めに預かり光栄だよ。僕達、いいパートナーになれるよ。」


「別に俺だけってわけじゃなかったんだろ?次に繋げるってんだから、まぁそうだな……これがなかなかどうして面白く感じるんだろうな?」


「上向き思考は非常に嬉しいところ残念だけど、今日はもうおしまい。」


「なんでだよ!?」


「寝ることも、君にとって大事なことなんだ。睡眠は義務だよ。頭に負荷がかかっているんだ。大事な局面で倒れられても僕が困るよ。君が同族だったらとても楽ができるんだけどねぇ。」


理解が追いついてないが、別に構わない。生命の防衛反応と言ってもいいぐらいだ。みんな、この作業の後ばったり寝に入る。


「それと、これからもいいけれど、今日のご飯のこと、君は考えないといけないからね?じゃあまた明日!」


僕の声に固まるススピロ。


協力に意欲的になったことは助かるけど、けどでもないや。ただ……同族だったらなんて、嫌でも思いたくないね。


「あっ!?お前!?さっきのアレってよぅ!?つまりはわざわざ砂、飲み込まなくても再現できるってことだろ!!」


やだね。

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