疲労と不気味さと
「着いたわね!」
「うへぇ……」
「先に宿とってくるから、そこで座ってて、おつかれさん。」
めっさ疲れた。
推進力を失ったため、荷台を引っ張ることになってしまった。道具を放置することもできただろう。しかし、このNPCは飯を食うのだろう。なんでも物々交換のために必要な物資だそうで、砂上に放っておくことが出来なかった。
あの、あの小僧め、……名前聞いてねぇよ。
原因となったサンドゴーレムという魔物。ソルベーレイに向かうつもりだったようだが、どこまでも続いていそうな、まるでマップ生成の処理が遅く、いままで見えなかったものが近づいたことで急に出現した違和感の塊。一枚岩の門ような壁、これをどうやって通り抜けようとしていたのだろうか。
現在、トンネル街の真ん中にある噴水広場でだらけている。
感じる疲労は気分の問題であるのだが、変わらない景色を歩き続けた足にねぎらいを込め、癒しの時間を過ごすのは心地がいい。
噴水の水が冷たいのか、近くに座っているだけで涼しいように感じる。ゆったりとした気持ちで街を眺めるのだが、行き交う人は皆大人。異なる色模様の木札を、彼らは腕にジャラジャラと下げている。
『旅装束:ここは貿易の中継地点でな、生き物を入れ替えたり、休ませたりして、大事な荷物を運ぶための休暇を得る。では彼らの命とも言える荷物はどこへ行ったのか、わかるかの?』
わからん。来たばっかりだし、休みたいという言葉しかない。おじいの自慢だけは伝わってくる。
『旅装束:どうでも良さそうじゃの。では話し相手を変えて続けて貰うとするかの。』
そういえばチーフから預かっていた、街長宛の手紙があったか。通行手形とかなんとか、エイリスが来たのだろうか、気持ち体を伸ばしながら立ち上がり、人影に目を向ける。
結論から言うと、エイリスではなかった。
黒衣装に身を包み、目があると思われる場所は、深い影に覆われていて、不思議な威圧感がある。年若くも、老齢しているというようなちぐはぐ感に、サンドゴーレムに似た不気味さを感じる。
「若人よ、今の時間、儂はお主のいる場所で、この街を眺めるのが習慣での、待て待て、何も立ち退いてほしいわけではなく、この老いぼれの話し相手になって欲しい。なにしろ、皆せわしない。目の前のことで精一杯なんじゃよ。」
おじいは、チラリとよそを見て、視線を自分に戻したようだった。時間は……ある。正直に言えば、暇つぶしになるだろう。初めての場所は、ワクワクと同時に周りに気を使ってしまう。少し、楽になりたかった。話はエイリスが来た時に止めればいい。俺は首で肯定し、彼は話を始めたのだ。
「同じことを言うが、皆忙しく働いとる。誰も上等な服など着ておらん。もし切羽詰まる家計であれば、はたらき手は必要である。しかし、ここには子供の姿はない。実を言うと、ここには子供を預かる寺院も学び場もない。どこにいるかわかるかの?」
……「命ともいえる荷物」とは何を意味するのだろうか。嫌な想像が頭をよぎる。
「まぁ、分からんじゃろ。儂もわからん。お主には、あの壁が見えるかの。壁の向こう側には、違った景色が開いているという。こことは違う景色、それは、子供が駆け回る穏やかな世界なのかの。」
何かを失った顔、何かを失って、失ったものに焦がれるような……心の推測はやめよう。何も根拠がない。話を聞くことでしか、彼と向き合うことができない。
「穏やかな世界と言ったのは理由がある。この世界に浸透している昔話があるのだ。神は試練を与え、試練を乗り越えた者に、新境地を見せるという。その者に祝福を授けることで願いを叶えるともいう。あの壁は神が与えた試練であり、必ず乗り越えなければならない。」
貿易地点ということは、彼らは試練を乗り越えてこちら側にいるということなのだろうか。だとすれば、向こう側から来た人に子供の是非を尋ねればよいのではないだろうか。……その方法を試さなかったことはないだろう。
「……悪いの。聞いたとも。彼らは言う。『変なことを言う。ここにいるだろう。』当然の顔をして答えるのだ。年も取った。脳もやられる。自分がおかしくなったのだろうと。あきらめ半ば聞いてみた。『あの大きな壁の向こうには何があるのか』。しかし『何言ってんだ?』という返し。そもそも、彼らには壁が見えなかったのだ。最後には、商売の邪魔だと払いのけられた。当然じゃの。」
彼は、伝えたいことを、伝えた顔になっていた。自分の声を誰かに聞いてもらいたかった。ただそれだけで、よかったのだろうか。
「……ありがとう。おいぼれの独白、煩わしかったであろう。償いになるだろうか、この街に関して多くを知っている。何か知りたいことはないだろうか。」
俺には壁が見える。このトンネル街に連れてきたのだ。エイリスは、何か、を知っている。しかし、伝えることができないのだろう。この人から聞くのがよいのかもしれない。
「試練とは、どういうものでしたか。」
「答えがない。答えようがないとも。それは、乗り越えることが目的ではない。答えを出す手段である。射通す曇りなき眼で、地平線の彼方から開かれる光に歩みだす、一歩を見つけ出すこと。迷いがある。引き返したくなる。それでも果たしたい願い。試練はナニカを見つける方法である。」
雰囲気が変わってしまった。周りの景色が動かず、この老人と自分だけが取り残されてしまったような感覚。噴水から感じる冷気がいやに冷たい。
「……彼らが預ける荷物は、どこで管理をしていますか。」
「ふむ、この街長が懇意にしているキャラバン隊。彼らに預けることで、街から木札が発行される。木札は通貨。街のはたらき手は、街から物々交換で得た食料が与えられる。これが不思議と成り立っておる。まぁ、見えないナニカがあるかもしれんがの。」
乾いたつばを飲み込む。音がもとに戻る。張り詰めた糸が戻ったように感じた。それで少し油断してしまったのかもしれない。
「……願いは、叶いましたか。」
彼は、頷き、囁いた。
「あぁ、役割は果たされたとも。」
ピロン
【『ソレと色のはなし』が進行しました】
【試練の変更】
【対象の審査結果、分岐推奨】
【変更の許諾】
突然の脳内音声に固まる。隣にいた老人はいない。先ほどまでいたはず。街は変わらずせわしない。異変に感じているのは自分だけ。まるで自分だけが取り残されているようで、
「この肉食ってみやがれぇ!」
砂ァァァ!?
「あんなに声かけたのに、無視し続けた罰ね。これが砂遊魚の串肉。ったく、このおいしさがわからないのは、まだ坊やってところね。」
このザリッていう歯ごたえはどうにかならないんですかね。
「命の躍動ってもんよ。意外とファンは多いんだから。」
「……さっきまで話していた老人は見たか?」
「はぁ?何言ってんの。ほら、今日は休む!宿行く!……めんどくさいこと背負い込みやがって。」
強制的に背中を押される。抵抗する理由もない。何か言った気がするけど、今日はもう疲れた。
お腹に食べ物を入れると、安心するのだろうか。食欲はないにも関わらず、満腹感に満足している。今日は、やることが多かったかもしれない。
それからどの経路で宿に泊まったのか覚えてない。
まどろむ。
微睡む。
▽▲▽▲▽▲▽
ピピ……
ピピピピ……
ピピピピピピピピピピピピピピ!
カチッ!
……やはりというか、パソコンが点滅してる。
『ファイル__05』
『ファイル__06』
『SalvagePicture:2枚』
どこから添付されているのだろう。いつも通り開いてみる。
『ファイル__05』
……この写真は、部分的にモザイクがある。ピントがあっていないようだった。どうやら砂浜のようだ。そして数人でビーチバレーをしている。知り合いと、知らないやつと。
『ファイル__06』
この手紙は誰宛のものなのだろう。子どもの字である。まるでラクガキのようで、まったくわからない。まるで書いた人から見た視界のようだ。
『SalvagePicture:2枚』
2枚の写真は、同じ場所を写したように思う。しかし、経過した年月を感じさせる、2枚だった。
1枚は緑の豊潤な大地で、石造りの建築や農場、様々に溢れている。
もう1枚は、廃墟のように時間が進んでしまったような、人の居ない土地になっている。
同じ場所であると思ったのは構図が似ているためである。石碑だ。何かが刻まれた石碑が中心に座している。
石碑の文字はまだ読めない。
……夢の中に出てきた試練の壁、どこかに通り道があって、通る時には門番と押し問答するのだろうか。試練を与える理由はなんなのだろうか。
ここで言うことではないけれど、最近、感覚が戻っている気がする。戻るというより近づいているような。
また、眠くなっていた。




