第1話:最初は忙しい
『なあなあ、もうすぐで始まるな!』
『インストールはしたか?』
『俺の背中を見続けるがいい』
『勇人おまいはいいヤツだぅた』
「旅先でまた会おう」
『『『『「幸運を祈る」』』』』
キャラの濃い男だけのむさ苦しい友人4人と別れ家に戻るだけだが、いつもより足に力を入れてペダルをこぐ。曲がり角を抜け、真っ直ぐ直進、また曲がる。
事前インストールも済ませていることで、あとは正式開始時刻を待つのみ。少しお尻がワクワクする。
あ、ソワソワしてるってことっす。
もうすぐ近くの曲がり角を勢いよく曲がる。
甲高い電子音が鳴り響く。
朝の目覚ましのように一定のリズムが響く。
上下左右に重い体を動かすが手が届く場所にない。
いつもと違い、心臓が早鐘を打ち、頭の中で何かを急かしている気がし、いつもは動かない脳細胞をフルスロットルし、地の底から呻くように声を出して気付く。
今日は待望のゲームリリース日だと。
そして寝過ごしたことに慌てる。
すまない、こんなところで自己紹介、俺の名前は五十嵐勇人。そう、嵐を駆ける男だ。うそだ。高校1年帰宅部。友人は恵まれ変態な毎日を過ごしている。
こんなところで起動の準備はあらかた終了。時計の針はまだギリギリ大丈夫。スタートダッシュをキレるだろう。
おっと、始めるゲームの名前を忘れていた。
その名前は「Trans Migrate」
その世界に下り立つ場所は人それぞれだが、敵対者が近くには寄れない所で開始する。そのため初心者狩りを行うようなPK行為も行われない。
至ってGoodで良心的なゲームだ。これまでのゲームとは違い、剣を振ったり矢を放ったりするアシスト機能がないところで、他のゲームと差別化を測っている。まぁ設定でアシスト有りにはできるそうだが。
これは事前のゲーム紹介でされ、近くには友好的なプレイヤーが存在し、必要なことはその人に教えてもらい、安心して冒険に取り組むことが約束されている。
それこそ自分の考えた最強の流派!を世界の中で広めたり教わったりなどができるっていうのが楽しみである。
意気揚々として、腕時計の画面にVR起動準備を開始させ、事前にダウンロードしていたアプリと同期、ベッドに再度横たわり、腕時計を額に当て、起動させる。
『おやすみなさい』
このゲームでは最初に様々な質問をされる。だからといって、俺こと○○○○男性16歳高校生帰宅部に何も特徴はなく、特筆すべき所は幼少期からアニメやゲームに浸っていたお陰で少し古い世代の精神に近い。
だからだろうか、現実にはない便利できらびやかな魔法や異能より、無骨でがっしりとした、それでいて滑らかな剣激、互いに全力を出し切り認め合う潔さ、人によっては受け入れられないかもしれないソレは俺にとって憧れだ。
きび団子をわたせば仲間って感じではなくて、感情や情緒に溢れた出会いと別れ、そのドラマチックな揺れ動きが少年心を動かして止まらない。
おっと、そんな自己逃避も許さずloadingの文字が消え、静かに暗闇の視界の端から薄い靄が霞み始める。次第に周囲を薄暗い白い靄が包み、誰かが語りかけてくる。
─ アナタハ ドウイウモノカ ─
……物語の登場人物に夢見る空想家だろうか
─ ナニヲ モトメル ─
いや、待てってもう遅いか。……俺も、漫画やゲームの登場人物のように物語を紡ぎたい、な〜んて……
─ ナニヲ モッテ タチムカウ ─
相手と対立してばっかしってわけでもなくて、この先どんな将来になるのか不安で、って違うか。ただこのちっぽけな手で何かできるのか知りたい。強いて言えば、心。誰かを助けたい心。
─ ココロ、心だけでは救えないことは多いよ? ─
それはわかってる。わかってるけど、どうすればいいかわからないんだ。なりたい職業だって高校生にもなってまだ決まらないし、夢をもってるヤツは……ってゲームで何言ってんだ。
─ 君はたぶんまだ見ぬ世界が多くある ─
─ この冒険が 貴方に価値あるものになれば ─
─ 迷い 疲れ 倒れそうでも ─
─ 孤独でも 理解されなくても ─
─ 貴方の行動が世界を紡ぐ ─
─ 貴方の選択が風を興す ─
─ 貴方の信条を見い出せ ─
─ いってらっしゃい ─
その言葉が何をこの先で意味するか分からず、意識がまどろみに沈んでいく。そして俺は1人、世界に下り立つ。
チチチチとさえずりが聞こえ、左手は湿り気のある土を押す。木に預けていた背中をはなし、いつの間にか握っていた剣の柄を持ち立ち上がる。
体には見慣れない旅装束のような衣服で固められ、右手に1つ指輪がついている。指輪のささる人差し指を曲げると、透明の板が表れ、装備品が見える。
【名前:ハヤト】
【見習い剣士の両手剣:初心者がもつ剣であり、以外と壊れにくいように頑丈に作られている。初心者はよく剣に振り回されがちである。時が来れば壊れる。】
【旅装:束渡り人の初期装備。不思議な力で壊れない。その分衝撃は伝わりやすい。習うより馴れろ。】
【草?:ただの雑草。されど雑草。食べてみると何かイイコトガ起こることもあったりなかったり。草。規定レベルが足りません。】
【大木?:大地恵みを吸収し、空気に活力を巡らす。何の変哲もない木。湿っている。規定レベルが足りません。】
手で触れればその詳細がはっきりと分かるようだ。規定レベルとはなんだろう。多分自分のレベルか、それともスキルのレベルか。
手にもつ剣は慣れず、振れば剣に引っ張られる。あぶねっ。
そんなことより、あまり踏まれていない土なのか、ふんわりとした感触が足裏から伝わる。なんだか本当にこれから冒険するみたいだ。
期待を胸に周りを探索してみるが、誰もいない。妙に盛り上がった土や枝からぶら下がった物もない。突然空から落ちてくることもなければ、突然平穏を破る生物が現れることもない。
穏やかに風に揺れる枝葉しか聞こえない。
……そして迷った。
少し高めの木を目印にしていたのだ。
そうだ。
目を離せばどこもかしこも木だというのに。
その場で海老反りし、仁王立ちしても意味はないが、
遠くから息を吐くような音が聞こえ始める。
心なしステップを刻み近づき、
ワサワサ生える茂みからこんにち……
フォルムは大きな腕を持ち、二足歩行の霊長類で、運営が配置した友好的な初心者用キャラに見える。
だがゴリラだ。
日輪に反射する鱗は、鏡のように煌めき鋼鉄のようにがっしりしている。その鱗は体毛のように身体中に生え、頭は見るからにドラゴンである。
だがゴリラだ。
鱗が体毛のようではない。体毛が鱗だ。口から漏れる息はフスーと威嚇するように聞こえ、頭から尻尾に至るまで生え揃う鱗は正に爬虫類のよう。
ゴリラだ
拳は鍛えられた籠手のようにずんぐりとし、豪腕な剛腕は正に轟音を響かせるだろう。
ゴリだ。
……勝てない。撤退だ。逃げろ。もうダメだ。おしまいだ。離れるんだ。急げ。プラシーボなら行ける。踏み出した足を戻すだけだ。俺ならできる。
ふかふかの土には豊かな小枝がありました。
足裏に力を入れた途端に地面が返事をする。ヤツはこちらを覗き、ドラミングと共に盛大に相手を歓迎する叫びを上げる。
【永らく鍛えた肉体美は敵対する者を写し続ける】
【在りしモノは己の力のみ】
【黒銀筋のゴリゴン】
【闘士に在らずは果て叶わず】
豪腕が振り下ろされ、大地が揺れる。
腰が抜けた。動けない。
太陽を背にする剛腕が、視界を塗り潰す。
『リスポーンしました』
Q,あれは何?
A,GORIRA
ぬっ、発音よく外人が話すのが思い浮かびやがるっどうすればいいっ。モンスターへの心得なんてあるはずない現代っ子に何を求めてやがるっ。
──URUFOOOOUF──
背後から地面が揺れる。
……【敵対する者を写し続ける】ってうせやろ?
揺れは近づき、背中を預けていた大木が折れる。
ゴロゴロと愚鈍に転がり、体制を整え、へっぴり腰で剣を構える。ドタドタと不恰好に走りながらおもっきり振り上げてっ
っふぐをっ……手が痺れる
あ、待って下さい、余韻に浸らせて下さい、無駄にイケボで一矢報いてやったぜってやらせて下さい、
だからそのまま握って頭から刺さないでっ!
『リスポーンしました』
……っ。目の前で地面から体が生えた不思議な光が見えっあ、この拳は避けさせてもらいま二段階!?ですよねっウグイスっ!5円玉!
『リスポーンしました』
運営ぃぃぃ、コレが貴様らのやりかっくせぇあぉふじぉこっふぇ
『リスポーンしました』
……遠藤猛いつも俺たちのムードメーカーだったな
……一宮西舞忘れっぽい俺にいつも確認ありがとな
……天屯天道いつになったら中二病を卒業するんだ
……芝田健人、……この変態めっ……
あいつらは今、どこで何をしてるだろうか。もうそれぞれでロールを楽しんでいるのだろうか。俺は、元気にやってんよ。もうすぐお前らのとこに行く。
だから「そこをどけぇぇええ!!」
『リスポーンしました』