出会い
月夜に照らされる小柄な体躯。
朱色のバンダナをなびかせ、深夜の闇に染まる
十代半ばのまだ幼さを残したその少年は
屋根伝いに軽快な身のこなしで城下町を
駆け抜ける。
「だいぶ距離は離したし、ここが頃合いか」
フゥと一息つき、少年はそのまま屋根の出っ張りに
腰を落ち着かせた。
そしてここまで後生大事に右わきに抱えていた
巾着袋の紐を緩める。
月明かりに反射し、目眩と錯覚しかねない程の
まばゆい光沢が中を覗かせていた。
「さすがに今回はやりすぎたな」
金塊だ。奥の方にもネックレスやら宝石やら
金目のものがぎっしり詰まっている。
金の延べ棒を一本手に取り、まじまじと見つめた後に
彼は大きなため息をついた。
「あるだけ持ってきたのがまずかった。
頭のとこに持っていきゃあ間違いなく
没収だな、一本残らず、」
いつも顔を合わせる小汚い
人相を想像し、少年は少し恨めしそうな
表情で思案する。
「・・・まあいいや、ノルマの分はキープで
残りはいつもの・・・」
刹那、
背後から現れる人の気配。
間髪入れず少年は振り返った。
「こんにちわ!・・じゃなかった
こんばんわだね」
それはまだ年端もいかない少女のものだった。
明るく陽気なその声色はこの深淵の夜には
あまりふさわしくない。
「お、おま・・どっから
きたんだ!?」
「どこからって、
そこの裏路地から壁伝いに
ヒョイヒョイッとね」
そう言って、少女は二軒ほど先の
家と家の隙間を指さした。
それら一軒一軒が10メートル以上の高さを
有しているのみならず、大の人間三人分ほどの
幅に加えて足の掛場すら存在しない。
目の前の少女から異様な何かを
感じ取り、少年は必要以上に間合いを取った。
やけに煌びやかな服を着ている。明らかに
町人のそれではない。
「おまえは、貴族に雇われた
魔導士ってやつか?」
「いや違う違う、
全く関係ないよ」
ニコニコと屈託のない笑みを浮かべ
少女はかぶりを振る。
・・・ウソを吐いているような
感じはしない。
現にそこにあるのは悪意というより
むしろ自分に対する興味のような視線だ。
「あたしはマイムっていうの
旅芸人やっててね、最近は
この町で公演してるんだ
君の名前は?」
「・・・・・・」
「言いたくないなら別にいいよ、
強制じゃないし、」
沈黙を通したまま、
少年はマイムと名乗る少女を
じっと見つめる。
旅芸人、ということは
聞く限りでは余所者だ。自分の名を
知らないとこもみて、雇われである
確率は低い。
「君さあ、結構いい身体
もってるよねえ」
「なんだよ・・」
「ウチのオーディション、受けてみない?」
オーディション・・・?
「ウチの一座もそれなりに
有名になってきちゃったからさ、
これを期にもっと規模を
大きくするんだよ!」
何を言っているんだ、この女は・・・
「ちょうど明日のチケットもってるから
君にあげるよ。あんまり手に入らないん
だぞお、これ」
「ちょ、ちょっと待てっ!
俺は・・・」
制止も聞かず、マイムは
懐から取り出した紙切れを強引に
少年の右手に握らせる。
「一度みにきて
それから決めなよ。
君の気持ち次第だけど
さ」
去り際に、待ってるね、とささやき
マイムと名乗る少女は華麗なステップで
羽ばたくように眼下の街道へ跳躍した。
フワッと、
円を描くような軌跡をつくり
地面へ降り立つその姿に、さっきの話も
あながちはったりじゃないな、と
内心で少年は思う。
そして同時に、美しい、と
僅かに思った。
「・・・・・・なんなんだよ、あいつ・・・」
彼女の消えたあとに残るのは静寂の闇のみ。
まるで嵐にでも遭遇したかのような
面食らった表情ながらも、少年は
少しずつ自分のペースを取り戻して
いく。
一座のオーディション、すなわちギルドの招集に
似た何かだろうか。
個人的においしい話ではある。
だが自分には盗賊として帰る場所があるのだ。
今の生活に特に不満はない、といえば嘘に
なるが・・・
そう心の内に言い聞かせ、少年は落ち着いた足取りで
軒下へ静かに降りていく。
追っ手の気配がないか確認した後に
彼は何事もなかったかのように帰路についた。