第9話 極楽浄土とバインバイン
翌日ーー。
黒髪薄紅瞳の少年は王都貴族街にあるとある邸宅へやってきていた。
「へぇ結局クビじゃなかったんだー」
「そういう事。心配してくれたのか?」
「んーん、全然心配してなかった」
「ぁ、はは、だよね、は、だよね……」
引きつった笑みでショックを受ける某少年アーカム。
梅色の髪の毛を振り乱し血脈模様の走る黒い刃の大鎌をぶんぶんとふる少女が、心無い言葉をアーカムへとぶん投げたせいだ。
アーカムはそんな言葉に真っ向から感情の抜けた表情をして落ち込む。
が、もし彼がもっと良く少女の顔を見ていたならば、そこにあったのは無関心の情ではなく、厚き信頼の念だと気づく事ができたであろう。
「それで結局なんだったの?」
「任務の依頼、かな」
「へぇ〜わざわざアーカムにかー」
梅色の髪の少女ーーエレナは大鎌の柄尻を庭に突き立てて甘えるような前傾姿勢で関心を示した。
アーカムは愛らしい仕草で首を傾げてくるエレナに気恥ずかしさを感じながらも真っ直ぐに瞳を見つめ返す。
「なんだか捜索任務らしくてな。見つかるまで探すとなると本部からは裂ける人員は限られてくる、って事で俺に白羽の矢が立ったのだと」
本部でのお偉いさんとの会話を思い出しながらアーカムは自分が抜擢されたわけを話す。
そしてついでにエースカロリ邸にやってきた目的も明かした。
「エレナ、良かったらさ今回の任務付き合ってくれないか?」
デートの誘いをするわけではないが、それと同じくらいに緊張しながらアーカムはエレナへと任務の同行を願い出た。
先日、エールデンフォートにてアーカムが依頼された任務は、アーケストレス魔術王国の古い都で消息を絶った狩人の捜索というものだ。
大陸の中でも比較的珍しい冒険者ギルドの設置されていない街で、国家レベルの政府機関でも街の行政に介入していない特殊な場所らしい。
噂によるとよそ者には厳しい風当たりが待っているらしいので、アーカムは担当者から「寂しかったら別に1人で行く必要はない」と一言添えられているのだ。
結果、アーカムは狩人として唯一友達みたいな関係であるエレナを今回の任務のオトモに選んだ。
どうせ修行しかしてなくて暇なんだろ。
という打算的な部分ももちろんアーカムにはあったが、それは言わない方が吉と言うものである。
「ふふん、私と一緒に行きたい?」
「あぁ是非とも来て欲しい」
「そ、ならば仕方ない。アーカムがそこまで言うのなら行ってあげましょう」
エレナは長い髪の毛をバサッとはためかしてニコニコと楽しげに笑った。
そしてアーカムの側に来てまた身長差に物を言わせ、嫌がる黒髪をナデナデするのであった。
ー
エレナへの任務同行を依頼してから早いもので3日が経過した。
ちょうどアーカムの学校である、レトレシアが今年の授業を全て終えて冬休みに入るタイミングだったため、どうせならという事でしっかりと学期末試験を受けて学業を締めてきたのだ。
そんなこんなで少しだけ時間が経過した本日、エレナとアーカムのふたりはお隣の同盟国、アーケストレス魔術王国が遥か辺境の古都トールサックへと発つ。
ヨルプウィスト人間国よりもずっと近いはずなので、出国に慣れていないアーカムでも十分な安心感を持って挑める距離である。
彼はこの異世界に転生する前でも日本はおろか、自身の住んでいる県ですら出た試しがなかった故に、こちらの世界でも遠出というものをあまり好まない性格に育った経緯がある。
特別地元愛が強いわけではない。
ただ不安なのだ。臆病なのだ。
彼が今回の旅で気心の知れた仲であるエレナを誘ったのはそんな理由もあるのかも知れない。
「それじゃ、始めるぞ」
「いつでも」
早朝のエースカロリ邸にて羊皮紙を片手に待つ。
そして黒のロングコートにツギハギだらけのペストマスクを装着しているのは、怪しさの限界突破したアーカムだ。
「ねぇアーカム。そのマスク今付ける必要ある?」
「必要あるかと聞かれれば、まぁ無いけど……?」
「じゃあ外して。街中でも付けないで」
少しばかし普段よりも強い口調で忘却のペストマスクの解除を求めるエレナ。
アーカムはジト目気味の少女に怯え、すかさずマスクを取って懐へとしまった。
「んっん。気を取り直して」
「うん。やろ」
咳払いひとつ、アーカムは羊皮紙を2枚広げて両の手にひとつずつ持った。
くるくると革紐で巻かれていた羊皮紙は綺麗に開かれ、内側に描かれていた複雑な記号と円の合わさった「魔法陣」がしっかりと大気に触れる。
アーカムは自身と魔法陣の間に確かな繋がりを感じると、長距離を移動する前には必ずと言っていいほど頻繁に行う詠唱を唱えた。
正確には詠唱というよりかは魔法発動のトリガーたる魔法名だけだろうか。
「<<召喚>>ーー」
ーーバジンッ‼︎
アーカムが魔法を唱えた瞬間、羊皮紙は端から燃え上がり凄まじい輝きを放って光り出す。
同時に魔法名の発音と共にアーカムは適当な所作で羊皮紙をその場に取り落とし、ステップ1つで十分な距離を空けた。
羊皮紙から出現した球状の光の玉はスパークを起こしながら徐々に大きくなっていく。
そしてある一点を迎え最大の光量を放った瞬間、光の塊は周囲に立ち込めていた魔力と共に霧散して消えていってしまった。
そうして幻想的な魔法現象の後にエースカロリ邸の庭には2頭の大きな馬が現れていた。
「それではお待たせ致しました、お嬢様」
アーカムは冗談めかしてそう言うと、胸に手を当てて気品溢れる立ち振る舞いでエレナへと綺麗なお辞儀をしてみせる。
「はは、全くよ。いつまで待たせるつもりなの」
アーカムのすかした微笑みがおかしいのか堪らず吹き出したエレナ。少女は機嫌悪く振舞いながらもニコニコと楽しそうに大きな馬へと近づいていく。
召喚された馬は先日アーカムがローレシアとエールデンフォート間の行き来でお世話になった品種グランドウーマだ。
彼らグランドウーマは狩人協会が独自に改良を重ねた品種の魔獣であり、あらゆる地形を走破する事ができ、とても速く走る事もできてスタミナも抜群に兼ね備えている、というスーパー馬なのだ。
彼らは個人で管理するには少々大変な馬なので、普段の必要ないときは狩人協会の本部にある牧場にて、のんびり過ごして飼われている。
必要な時は随時、支給される<<召喚>>の魔法陣の描かれた羊皮紙「スクロール」を使って現地に呼び出すのだ。
ちょうど今しがたアーカムが行なってみせたものがその<<召喚>>にあたる。
「よーしよし、ミルクちゃん寂しかったかぁ〜」
「ヒィン、ヒィインッ‼︎」
アーカムは普段からお世話になっている愛馬ミルクちゃんと濃密なスキンシップをしだした。
それをどことなく冷めたような視線で見つめるのは梅色の髪を持つ長身の少女エレナ。
「うーん、私思うんだ。別に2頭も要らなくないって」
「ミルクちゃ、舐めッ、ぇ? どう言うこと?」
突然のエレナの発言に、馬の唾液で汚れた顔を拭いながらアーカムは目を白黒させる。
エレナはそんなアーカムの事を尻目に、自分用に召喚されたグランドウーマへと手を添えた。
「スクロールだってタダじゃ無い。ひとり1頭なんて贅沢だと思う」
「ぁぁ、そう言う事か」
アーカムはエレナの言葉に理解を示しながらも、もう既に召喚してしまったのだから、今更言っても仕方ないと言う気持ちを抱いていた、
「エレナ、それを言うならもうちょっと早くーー」
アーカムがもっともな意見を述べようとしたその時、
ーーバジンッ‼︎
「ふぇ⁉︎」
「転送完了」
エレナが優しく手を添えていたグランドウーマの体がひかり、一瞬の後に閃光と共に消えてしまったのだ。
普段からやる事なので、アーカムにはすぐわかった。
エレナがグランドウーマを本部に送り返したのだと。
「え、ぇ、いや、そこまでする⁉︎」
「する」
「だって、だってもう召喚しちゃったし」
「いいの。これからは私たちの間では1頭で相乗りする法を作るから、それに慣れるためにも今日から始める」
エレナは困った顔をするアーカムを置いてさっとミルクちゃんに近づいた。
「ほら早く乗って。私が後ろでアーカムに手綱を引いて貰うんだから」
「はぁやっぱそういう感じなのね」
不遜な態度で微笑み、豊かな双丘を押し出すように腕を組むエレナ。
アーカムは嘆息しながらも渋々ミルクちゃんに跨る。
「よっと」
エレナはいまいち納得していないアーカムには構わず、そのアーカムの後ろに付くようにして軽く飛び上がった。
「ッ」
ミルクちゃんに跨ったエレナはアーカムの背中に何やら柔らかいものを押し当てながら腰に手を回した。
アーカムは背中で極柔のメロンが卑猥な形になっているのを幸せに感じながらも、恥ずかしがっていることをエレナには悟られまいと気張る姿勢を作り気丈な振る舞いを作ってみせる。
なんかすごく良い匂いするし、背中が極楽浄土になっちゃってるし、俺は一体どうなってしまうんだ……?
内心で高まるボルテージを抑えつつ、卑劣な手段を用いて楽しむ悪い少女に対し、必死の抵抗で理性を保つ。
が、それでも嬉しい事は嬉しいのでなかなか注意出来ないのが男子のさがか。
情けなくもしっかりと思春期なアーカムであった。
「それじゃ〜行こ?」
「そ、そうだな……」
後ろを振り返れないアーカムは今エレナがどんな顔してるのか気になりつつも、とりあえず手綱を引いてミルクちゃんを発進させることにした。
その後エレナは白く華奢な顎をアーカムの肩に乗せて寝たふりしたりと、トールサックまでの道中で酷くアーカムを困らせるのであった。