第7話 秘密結社と任務依頼
校門でのひと騒動がゴルディモア全体へ広がる前に、アーカムには足早に目的の場所へと到達することが求められた。
彼が校内への進入を果たした頃はちょうど授業と授業の合間の時間らしく、廊下や広間、玄関ホールに外の庭など至る所にゴルディモアの学生たちがたむろしていた。
それを幸いにと、アーカムは人混みに紛れながら目立たないように玄関ホールへ生徒たちと共に流れ込み、廊下を人波に逆らわずに歩いてく。
当然流れに沿って動いているだけでは行きたい場所には着けないので、ちょくちょく人波を乗り継ぐ必要はあった。
そうして学校違いの登校から数分後、アーカムは生徒たちがまず来ない警備と外客対応を兼任する事務室へとやって来ていた。
軽く気配を探ってあたりに目がない事を確認したアーカムはスナップの効いたノックで事務室の小窓を叩く。
「お疲れ様です」
「ん、あぁ、この前の子か」
小窓を開けて事務室の中から顔を出した壮年の男は、アーカムの顔を見てさっそく何か察したらしくすぐさま手元をガチャガチャと弄り出した。
「これでいい。5秒後には向こう側だ」
「あれ、この前より短くなってません?」
「技術は日々進歩しているんだよ」
壮年の男の言葉にアーカムが驚くと、男は軽い調子で乾いた笑い声を出した。
驚く人を見るというのは、それが直接的に自分が関わっていなくとも楽しいものなのだろう。
アーカムは今回で2度目となる<<瞬間移動>>の魔法にわくわくして事務所の前で待機する。
事務所の男が予告した5秒があっという間に過ぎたその時、アーカムの体は青白いスパークに包まれていた。
音なき閃光はまるでカメラのフラッシュが如く、眩い輝きを発して一瞬でその光の勢いを鎮めていく。
そして刹那の後に事務所の前からアーカムの姿はなくなってしまった。
まるでそこには最初から誰もいなかったかのように。
「ふん。成功だな」
事務所の小窓から顔を出していた男はそう呟きニヤリと楽しげな笑みを浮かべる。
そうして壮年の男が満足げに小窓を閉めてしまえば、そこに残るのは平時と何も変わらない、人気の無い薄暗い廊下だけだった。
ー
瞬き1回ーーそれでさえ長いと感じられるほどのまさに刹那という時間。
アーカムは自身が魔力に包まれたという感覚を得た次の瞬間には、事務所前の人気の無い廊下から人気の無い個室へと移動していた。
刑事ドラマで尋問が行われそうな程の大きさの部屋。
木製の椅子が一脚置いてあるだけで他には何もない簡素な景観だ。
「ふん。成功だな」
自身の体をどこか忘れて置いてきているなんて事も無く、五体満足完全な姿を維持できている。
アーカムはそのことにホッとして胸をなでおろした。
別に狩人協会の先進的な神秘属性の魔術を疑っているわけではない。
少しだけ不安だっただけだ。
「さてと、では行きますかい」
そう言って黒のロングコートをバタつかせ味気ない部屋を出るアーカム。
木でできた古びた扉を押し開ければ、そこは昭和の小学校を思われる古びた木製の廊下だ。
天井には等間隔で照明としての役割を持つガラスーー魔導具「魔力灯」が設置されている。
そして右を見ても左を見ても奥行きがイマイチわからないくらいに長大な廊下。とりあえず以前来た時と同じく左へと進むアーカム。
ギシギシとうぐいすばりの廊下のごとく鳴り出しそうだった古い木の床は、意外にも音を立てずに特製の刀のせいで超重量なはずのアーカムの体重を楽々支えている。
歩きながら廊下の左右の壁を見れば、そこにはアーカムが出てきた扉と同じような木製の扉が果てしなくたくさん設置されていたり。
それはそれは沢山設置してある。
初見の者は皆が皆「あれこの廊下ループしてね?」と疑ってしまいかねないレベルでたくさんだ。
が、一応アーカムは今回で2回目なのでそんな事にはならない。
それによく見れば扉には番号の振られたプレートが付いているためループしているわけではないことが視覚でもわかる。
証拠という訳ではないが、先ほどアーカムが出てきた扉には「235」と書かれたプレートが貼ってあったが、ただ今通り過ぎた扉には「43」書かれている。
しばらく歩いていると、いよいよ廊下の端っこが見えてきた。
長い廊下を抜けてアーカムは廊下よりも微妙に明るくなっている広い空間へと出た。
その空間は講堂のような広さとなっており、たくさんの丸い机が置かれてまくっている。
ある意味ではここは酒場的、というか実際にお酒を出すのだから酒場で間違いのだろう。
まだ夜まではしばらくあるというのに、ちらほらと人影のあるその酒場を通り過ぎていく。
同じ組織とは言えここにはアーカムの知り合いはいないので、特に誰かに声を掛けられる事もなく実にスムーズに基地内を進んでいった。
そして入り組んだ廊下を抜けてアーカムはついに目的の場所へと到着した。
「すぅー……よし」
他と変わりばえしない、けれどちょっぴり金属の金具で装飾された両開き扉の前で深呼吸をするアーカム。
彼としてはこれから一世一代の大事なお話があるのだから、廊下で1人深呼吸くらいしたって許されて然るべきだ。
ーーコンコンッ
スナップの効いたノックが装飾された扉を叩く。
「入りたまえ」
扉の奥から聞こえてきた厳かな声音に鼓膜を震わせて、アーカムはキリッとした最大のキメ顔で部屋へ入室した。
「失礼します」
いつか見た正しい面接試験のやり方を思い出して入室後の一礼を忘れない。
「おや、もう来たのか。呼び掛けに対する迅速な行動、ありがとうね、アルドレア君」
部屋の奥で書斎机に向かっていた年老いた人物はチラリと入室者を確認。
そのまま老年の男は高級そうな万年筆をゆっくり机の上に置き、いましがた書きつづっていた書類をまとめ始めた。
「いえいえ。協会に連なる者として、はたまた偉大なる使命を自覚する者として召集に応じるのは当然のことですよ」
自身が出来る男だと言うことを隙あらば差し込んでいくアーカムは胸に手を当てて自信満々に言い放った。
「はは、それは素晴らしい心構えだ」
愉快そうに笑い椅子に深く腰掛け直す老人。
「ほら、いつまでそこに立っているのだね? こちらへ来たまえ、若き狩人よ」
「は、はい‼︎ では失礼します」
老人の言葉に促されて歯切り悪く返答したアーカムは生唾を飲み込み、部屋の奥に鎮座する書斎机の前に、手を後ろで組んで立った。
「して、アルドレア君。先日『人間のコイン』を贈呈され正式に狩人になったばかりの君に、今回はお願いがあってはるばるローレシアから出向いてもらったわけだが……」
「はい、僕、出向きました」
受け答えとして少々おかしな発言を真顔でするアーカム。
彼の内心は現在のところ暴風注意報が発令されるほどに乱れているのでこれも致し方ない事だ。
「新人狩人である君には荷が重い内容かもしれない」
老人は厳格な雰囲気を作りながら深く思慮深い灰色の瞳を少年へ向ける。
そして当の少年アーカムはまるで魂の抜けてしまったような顔で小声で、「ぁ、終わった……」と自身の運命が袋故事に差し掛かっていることを察し絶望していた。
「だが、ジェイソンが推薦する君ならば、あるいはこの任務を託す事が出来るというものだ」
「任務……?」
落書きのような面構えで呆けていたアーカムは老人の言葉に我に返った。
解雇ルートだと思っていたら、何やら仕事が与えられそうな空気になって来ていたのだ。
一瞬思考停止していたアーカムは頭を切り替えて、話の趣旨を聞き逃さないように今度は真面目な方のキリッとした顔に変わった。
「はは、良い目をする。やはり君に託そうじゃないか。狩人アーカム・アルドレアこそ適任だろう」
アーカムの持つ若さの勢いと洗練された戦士の目つきに、実に満足そうに頷く老人。
「それでは今回君に来てもらった理由を説明しよう」
「はい‼︎」
老人はキレのある元気な返事に眩しいものを見る目をして微笑む。
そしめ彼はしばらく感慨深げに瞑目し、新人狩人へのミッションブリーフィングを開始した。