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第6話 生徒会長と人間のコイン

 

 世界の裏側で暗躍する秘密結社「狩人協会」。

 表の一大組織「冒険者ギルド」を隠れみのに、結構好き勝手やっているこの謎の組織の存在を知る者は、一部の都市伝説を追い求める探求者、社会と組織をつなぐ市井しせいに紛れた仲介人、はたまた偶然に偶然が重なってその存在にたどり着いてしまった異分子など、特殊なケースを除けばごく僅かだ。

 ましてやそんな秘密主義、隠蔽大好きな組織の総本山の場所を知る者はさらに限られてくる。


「はぁ……来ちゃったよ」

「ヒヒィンッ」


 ため息をつき疲れた顔をする黒髪薄紅瞳の少年。

 現在、この実際には見た目以上に歳を食っている少年がいるのは大陸で最大の国土を誇るヨルプウィスト人間国が誇る首都エールデンフォートだ。

 かつて存在したという偉人の名を冠するこの首都に秘密結社の本部は密かに設置されている。


 アーカムは肝を冷やす恐怖の出頭命令を受けてからわずか数時間の後には、狩人協会があるこのエールデンフォートに到着していた。

 当然のごとくアーカムは狩人なので一応場所くらいは知っていたのだ。

 少年の傍らにはローレシアで召喚してここまで彼を乗っけてきてくれた愛馬、魔獣グランドウーマのミルクちゃんがいる、

 とても馬とは思えない綺麗なお座りをして鎮座していらっしゃる様子。

 堅実な主従関係が2人の間にあることは、どんな素人が見てもすぐにわかることだろう。


 通常の経路、一般的移動手段ではローレシアからここエールデンフォートまで移動するには、まず1ヶ月は絶対に掛かる距離だ。

 しかし、それは広く世に知れ渡った手段を用いての場合。

 協会が誇る先端魔法技術の研究過程で見出した、副産物ーー通称「道」を使った場合はその限りではない。


「いやぁ、流石だぜミルクちゃん。空飛ぶドラゴンにも負けないねぇ」

「ヒィンッ‼︎」


 アーカムは頬を擦り付けて「うりゅうりゅ」とグランドウーマのミルクちゃんと戯れる。

 そんな風にしてひとしきりたてがみを弄んだ後、アーカムはミルクちゃんの背中に触れながらとある魔法を「暗唱」ーー詠唱を声に出さないで行う事ーーした。

 するとミルクちゃんの体は青白いスパークを発しながら光っていく。

 そして、しばらく輝いて光りが消え薄くなると同時にミルクちゃんはその姿を消してしまった。


「転送完了っと。よしっ行くか‼︎ ふっふぅー‼︎ やっほぉイェスッ‼︎」


 エールデンフォートの大通りに隣接する、入り組んだ路地裏でひとり騒ぎ立てるアーカム。

 きっとそうでもしてテンションを上げていかないと爆笑する膝を御することが出来ないのだろう。

 憐れな男である。


 路地裏でグランドウーマを本部の牧場内へ送り返した後、アーカムは身なりを整えてとある大きな建物の門の前へやってきた。

 本日は正装という事で一応帽子を被らずに、レザー流派の狩人の装束であるやたらベルトの多いインナーに分厚い黒のレザーコートだけを着てきている。

 もたろん下もちゃんと履いている。が、普段狩りの時に履いている厚手の黒いズボンとブーツは着用していない。

 白いズボンに茶色いブーツを履いて身元が完全にそれっぽくなりすぎないように調整しているのだ。

 ただ、はたから見れば上半身の装備だけが妙にいかめしい事と帯剣ベルトにしっかりと大振りな刀が差してあるため、客観的に十分怪しい風態ではあったーー。


 ひと月ぶりにやってきた狩人協会本部。

 その表の顔は国内最大規模の大学という二面性を持つ巨大な建築物だ。

 アーカムはそんなゴルディモア国立魔法大学の有名な紅門べにもんを見上げながら、学問の牙城へと足を踏み入れた。


「おい、止まれ‼︎」

「ん、なんだよ」


 震える足との葛藤を制して進み出した歩みは、最初一歩目から挫かれてしまう。

 アーカムはチラッと後ろを振り返り、声の主人を見つけた。


「貴様、ゴルディモアの学生ではないな?」


 金髪碧眼の正義感の強そうな青年は威嚇するような低い声でそう言った。

 それに対してアーカムは実に面倒そうな顔ーーをせず努めて冷静沈着な雰囲気を保った。


 はてさて困ったな。

 まさか学生に呼び止められるとは。

 一応別の学校の学生だし、嘘をつかない範囲で適当に巻くか。


 このような場合は逃げてしまっても良かったのだがーー普段は逃げているーーアーカムは今回に限って迂闊にも振り返って顔を見せてしまったため、強引な手段を使うと言う選択肢を失ってしまっていた。


「学生ですが?」


 この状況をどう切り抜けるか、会話の着地点をどこに設けるかを思案しながらアーカムは首を傾げて、さも当たり前の事のように告げてみせた。


「嘘を言え。学生証を見せろ」

「あなたにそんな権利が?」


 つかつかと近寄ってくる金髪の青年はキリッと視線を鋭くアーカムを睨みつける。


「あるとも。私はこの大学の生徒会長だからな。……まさか知らないわけじゃないだろう?」

「ぉっふ、そう来たかぁ……」


 目頭を押さえて天を仰ぐアーカム。

 彼よりもいくらか身長の高い、生徒会長を名乗る青年は見下ろすようにしてアーカムの目の前に立つ。

 そして薄紅色の瞳を真っ直ぐに覗き込んで何かを確信した様子で口を開いた。

 周りに人が集まってきたこともあり、墓穴を掘ってしまったアーカムは僅かに心の中に焦燥感を感じ始めていた。


 うむ、ここは素直に白状した方が良さそうだ。


「どうぞ」

「なんだ持っているのか」


 アーカムはそう思い大人しく学生証を提示した。


「いや、どこだよ‼︎ 全然違うじゃないか‼︎」


 予想通りのツッコミをしてズッコける生徒会長。

 アーカムは予定調和すぎるテンポの良さに緊張がほぐれていくのを感じながら、にこやかにヘラヘラして乗り切ることを決意。


「へへ、あはは」

「本当にどこの学生だ。まったく。ん、なんだレトレシアって。はんっ、どこの田舎学っこ……あれ、ぇ、レトレシアじゃないか⁉︎」


 ヘラヘラするアーカムを置いてひとり青い瞳を見開き、学生証を凝視して騒がしく興奮する金髪生徒会長。

 アーカムは生徒会長のその反応に自分の通う魔法学校の持つ「レトレシアブランド」なる物の存在を思い出した。


 大陸に住む全ての魔法学校に通う者にとって、いくつか憧れとなっている有名魔法学校が存在する。

 そんな有名魔法学校の中でもローレシア魔法王国の「レトレシア魔術大学」、そしてアーケストレス魔術王国の「ドラゴンクラン大魔術学院」などは偉大すぎる校長たちがいる事で一際名声が高いらしいのだ。


 それもそのはず。


 レトレシアのサラモンド・ゴルゴンドーラ校長とアーケストレスのレティス・パールトン校長は長いこと現代魔術の最高峰とうたわれており数々の伝説、逸話によって崇高な存在へと昇華されているのだ。

 そんな大魔術師たちが校長を務める学校が有名じゃないはずがない。


 そしてアーカムはまさにこのゴルゴンドーラブーストによって強化された「レトレシアブランド」の力を入学4年目にして初めて実感しているのだ。

 これまで外国へとあまり足を伸ばさなかった故にアーカムは、母校の誇る威光の凄まじさに気づかなかったため、のほほんと学んで来てしまっていた。


 だが、それも今日この時まで。

 アーカムは自信満々に胸を張ると、靴底を鳴らして足を揃えた。


「いかにも、我アーカム・アルドレアはローレシアが誇る名門レトレシア魔術大学にて勉学に励む者なり」


 アーカムはニヤリと笑い芝居掛かった仕草でレザーコートを翻した。

 この初めて実感したネームバリューの凄みに存分にあやかることにしたのだ。


「むむ、これは失礼した。まさかレトレシアの学生だとは思わなかったな」

「ふふん、そうだろう? 自分ってレトレシア学生なんでやんす」


 鼻高々にうなじをかきながら図に乗るアーカム。

 生徒会長は薄く微笑んでそう言うと学生証をアーカムへ返還した。


「ねぇねぇ、見てよ。会長がまた誰か捕まえてるよ」

「レトレシア学生だってさ」

「ふぇ〜、こんな遠いところまで何しに来たんだ?」

「あの男の子ちょっとカッコいいかも‼︎」

「そう? レトレシアの割に普通の顔してるけど……」


 黒髪と金髪の青年2人が向かい合う校門前は、野次馬たちの到来によって一際騒がしくなって来ている。

 アーカムとしてはこの状況、騒がれてるようで悪い気はしていない。

 が、狩人としての自分がこの人集りを避けたがっている事はなかなか無視できないらしい。

 そのためそわそわと落ち着きのない体の動きが僅かではあるが、外から見てもわかる程度には現れ始めていた。


「だが、レトレシア学生とて自由に、それも杖ではなく剣を持って校門をくぐろうなど許される事ではない。ここは学び舎なんだ」 

「ぅぅ、まぁそうっすね……」


 頭を抱えて腰に差した刀の柄を指で弄るアーカム。 


「君、どうして剣を持って平気で学校に入ろうとしたのか教えてくれないか?」

「むぅ……」


 言葉に詰まるアーカム。

 彼としては帯剣に特に理由など見出していない。

 師匠に「狩人たるもの、いかなる時も油断してはいけない」という事を耳にタコが出来るくらい言われ続けて来たので、ただいつも通り一本武器を携帯していただけなのである。

 服装には気を使っておきながら剣ーーそれも珍しい刀ーーを平気で帯剣してきてしまうあたり、彼はやはりアーカム・アルドレアなのだ。

 どこか抜けている。


「ん、どうした唸ってるだけではわからないぞ」

「いや、ちょっと、そのですね……うーんと」


 今更自分のおかした間抜けすぎるミスに気がついたアーカム。

 彼は内心で徐々に蓄積していた焦燥感を爆発させて軽いパニックに陥っていた。


 荒れ狂う暴風のような心境によって、本人ですら気がつかない貧乏ゆすりが、アーカムの不審者としてのプレイングを上達させる。

 そしてアーカム自身、レトレシアのネームバリューの使い方がいまいちわかっていなかったので、自分がレトレシア学生である事をアピールすれば万事解決するくらいに考えて、調子に乗っていたという事も、現在アーカムが勝手にひとりで追い詰められている状況に拍車をかけていた。


 一方でそんなアーカムを見て困った顔をするのは金髪の聡明そうな青年だ。


 天下のレトレシア学生という信頼を持っていながら、なぜこの目の前の男はこんなにそわそわとしているのだろうか?

 青年はそんな風に思ったのか、首を傾げて眉根を寄せた。


「これこれ、何事かねこんなに集まって」


 騒がしい野次馬たちをいさめるような老人の声。

 唸り困った顔をするアーカムと、それに対峙するこれまた困り眉の会長の両者は差し込まれたその穏やかな声の方へ同時に顔を向けた。


「学長」

「ぁ、あんたは……」


 突如現れた老年の白ひげを生やした男に異なる反応を示す2人の青年。

 1人は信頼する人物との邂逅に微笑みながら、1人はちょっと見覚えのある顔に光明を見出しながら、それぞれ言葉を紡いだ。


「おや、君は……」

「んっん‼︎ これこれはゴルディモアが学長さん、ちょうど良かったです」


 金髪の会長に対し手をあげて制した、学長と呼ばれた男はアーカムの顔を見るや否や細い糸目を薄く開けた。

 アーカムはその様子を見てチャンスと悟ったらしく、すぐさま懐から銀色のペンダントを皆に見えないようにこっそりと取り出した。陽の光を受けて輝くチェーンが繫ぎ止めるのは、同じく銀色の陽光を跳ね返す1枚のコインだ。


「実はですね、おたくの学生さんに捕まってしまって困っていたんですよ」


 アーカムは先ほどまでとは打って変わって調子よくはきはきと喋り出す。そして銀色のペンダントをチラッと一瞬でだけ学長へと見せた。


「なるほど、了解したよ」

「ね? それでは後はお願いしますね」


 アーカムは銀のコインのペンダントを素早く懐へ隠すように入れて、矢継ぎ早に学長にそう告げた。


 いきなり学長と流暢に喋り出した他校の学生に驚き、ぽかんとしている会長を一瞥するとアーカムはポケットに手を突っ込んで優雅に歩き出す。


「ぁ、あ、コラコラ‼︎ 何ノリと勢いで勝手に入ろうとしているんだ‼︎」


 場の空気に飲まれていた会長は歩き去るアーカムに追いつくべく小走りに駆け出した。

 しかし、会長の肩はニコリと笑う学長の手によって掴まれてしまい、結局会長がアーカムに追い縋る事はなかった。



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