第5話 美少女と身長差
ある日の午後。
狩人アーカムは対怪物用の大型武器「人狼の大剣」を庭で振り回して爽やかな汗を掻いていた。
これは日課として行なっている鍛錬の一種であり、この後にはもっと常識的なサイズの刀剣を用いた一刀流、二刀流での剣術、拳術、柔術、魔術の修行を行う予定だ。
ひとしきり汗をかいたアーカムはいかめしい狼の彫刻が厨二心をくすぐる黒い大剣を庭石の立てかけた。
代わりにソリのある黒銀の刀身が見るものの心を虜にする美しい刀、「狼姫刀」を手に取る。
次のトレーニングメニューに移行するのだろう。
この厨二心をくすぐるといつ部分では大剣と変わらない、刃渡り80センチの刀は、世界最強の生物として名高い人狼の名匠の手によるものだ。
「人狼の大剣」と同じくオロチ鉱と呼ばれる鉱石ーー異世界において現人類が加工出来る中で最高硬度の金属ーーを鍛えて作られている。
このオロチ鉱はとても硬いと同時に、また非常に高い密度を誇り超重量の物質としても知られる。
狩人たちの武器にはもっぱらこの金属が多用されるわけだが、それ故に彼らの武器は他の人間では持ち上げることすら叶わないほどに重たい。
当然、アーカムのこの刀、「狼姫刀」も通常の人間が持とうとすれば手首脱臼ルートの代物だ。
「ふっ‼︎ ふっ‼︎」
ーーシュッシュッ
そんな、超重量の刀を苦もなく手足のように操って振るアーカム。
重さを知る者が見れば驚愕に寿命が縮む光景だろう。
「アーカム」
彼の名を呼ぶのは静かな声。
気配もなく掛けられたその声に一瞬ビクッとした少年は、チラッと声の方向を確認した。
そして声の主人がよく見知った人物だとわかると安心して、庭石の上に置いてあったタオルを手に取り顔の汗を豪快に拭い始めた。
「なんだ任務サボったのかよ、エレナ」
大雑把に汗を拭き終わり、タオルの隙間から顔を出してアーカムは振り返った。
「違う。私が優秀すぎて早く終わっちゃった」
「……ぁ、そう」
淡白な声調とは裏腹に自画自賛の止まらないティーンエイジャー。
端正な顔立ちのその美少女はお得意の感情を映さない無表情で佇んでいた。
お風呂上がりなのか、しっとりと濡れた色気の漂う梅色の髪の毛は後ろで無造作に束ねられている。
彼女はアーカムが修行を行なっている庭のある邸宅の持ち主、いや、その娘ーー孫だっただか。
スラっとしなやかな肢体を持つその女性は、アーカムが年の割に170センチと背が高いのに比べ、女性の割に174センチと高い身長を誇っていた。
彼女の名前はエレナ・エースカロリ。
アーカムと同じ狩人である。
眠たい顔で今にもあくびをしそうな目の開き方のまま近づいてくるエレナ。
いくらか年齢差があるとは言えアーカムはエレナに身長で劣る事をコンプレックス気味に感じている。
そのためアーカムは彼女にあんまり隣に並ばないで欲しい気持ちがあったのだが、エレナはそのことを知ってか知らずか普通に隣に立った。
「ふむ」
「なんだよ」
ちょっと自分より高い目線からまじまじと見下ろされアーカムは半眼になって白い眼差しをエレナに向けた。
「ふふ、別になんでも」
エレナはそう言ってその綺麗な形の良い小さな鼻で少年を笑い、目つき悪い同少年の頭をポンポンと撫でた。
ため息を吐くアーカムを見てニヤつくエレナは、大剣の横たえられている庭石に腰かける。
「というわけで、呼び出しだって」
「お前もかい。どこらへんが『というわけで』なのかな……?」
庭石に可愛らしく膝を抱えて座るエレナは、座るやいなや唐突に一言そう告げた。
脈絡のないエレナの会話には慣れっこなのでいつもどおり切り返して、内容だけ受け取るアーカム。
「今回はアーカムだけ」
「へぇ、珍しい。アビゲイルのところで良いのか?」
黒銀の刀を鞘に収めながらさも当たり前のように問い返すアーカム。
彼としては「呼び出し」と言ったら、まず間違いなく王都ローレシアの冒険者ギルドへ向かえば良いものだと認識している。
そのためこの聞き返しは彼にとってはいつも通りの返事が返ってくるであろう、と予測した上での問答なのだ。
だが、エレナはよく晴れた空を流れ行く薄い雲を目で追いながら遠い目をして呟いた。
「違う。本部」
「本部?」
黒色の大剣を磨いていたアーカムは思わず聞き返した。
「そう。狩人協会本部」
「……」
エレナの抑揚の少ない静かな声音はしんとアーカムの耳の奥へと染み渡っていく。
アーカムは考えすぎて熱っぽくなった頭を抑えてふらふらと立ち上がった。
「……俺なんかしたかな」
わなわなと震える手で目元を覆い隠し、くたびれた様子で首を振るアーカム。彼は自分がどうして協会に呼び出されたのかよりも、何か失敗をしてしまったのか、という事の方を心配しているのだ。
何故なら今まで一度しか協会本部に出頭した事のないアーカムは、本部への呼び出しというものに過剰なまでに恐怖心を抱いているのである。それはかつて彼の先生に言われた言葉を信じているからだった。
「協会が名指しで本部への出頭命令を出した場合はほぼクビだ。呼ばれたらもう諦めろ」とーー。
在りし日の先生の言葉を回想しながらアーカムはゴクリと喉越し良く生唾を飲み込んだ。
「今までありがと、アーカム」
「いや、諦めるんじゃない‼︎」
腕組みをし豊満な双丘をどっこいしょさせながらエレナはクスクスと愛らしい微笑みを向けた。
アーカムはそんなエレナを見て、ドキドキが湧き上がる予兆に敏感に反応し視線を空へと外す。
「とりあえず行くしかない、かなぁ〜。はぁ……」
「ふふ、待ってるね」
「あぁ。首だけ送りつけられてこないことを祈って待っててくれ」
アーカムは協会の暗殺部隊がお得意の隠蔽の為に動き出さない事を必死に祈りながら、大剣を背負い修練場ことエースカロリ邸の庭を後にした。
何やら訳知り顔なエレナはニコニコしてそんなアーカムの背中を見送っていた。