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第4話 大根役者とファイの達人

 

「おぉ‼︎ な、なんという気迫だ!」

「恥ずかしげもなく完全に名乗りやがった」

「絶対頭おかしいぜ、アイツ」


 飛んでくる野次に全身をズタボロにされながらもアーカムは堂々とトリスタキングの前に立つ。

 それはやるからには最後までやり通さなくてはいけないという彼の覚悟だろうか。

 はたまた思ったよりちょっとカッコいいかもと内心思っているが故だろうか。


 身長170センチの逞しい肉体を誇るアーカムだが、それが小さく見えるほどにトリスタキングの体躯もまた凄まじい。

 まさに大人と子供を見ている気分になるその光景に、路地裏の荒くれ者たちは皆ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ始めていた。


「はは、カオスアーサー、へへ」


 アーカムはそんな事は気にせず、先ほどの名乗りにニヤつくオキツグを1発叩く。


「ごめん、アー……サーさん」 

「ふむ、よろしい」 


 妙な態度で従順なオキツグに満足し、アーカムはリングへと足を踏み入れた。


「おい、カオスアーサーとやら。お前マスクは取らないのか?」

「あぁ、仕事の関係でな。素顔は見られたくない」


 アーカムと並んで同じくリングへと足を踏み入れたトリスタキングは訝しむ視線を向けて、よく剃られたハゲ頭を撫で付けた。


「まぁ、代わりと言っちゃなんだがお前は武器でもなんでも使ったっていいぞ。俺がマスクを付けるのが気にくわないならな」

「そんなもんいらねぇよ。圧も使えねぇ雑魚は拳で十分だ」


 トリスタキングは拳を打ち鳴らして、硬質な金属同士がぶつかる音を奏でてみせた。

 アーカムはそれを見て男にとって未だに剣気圧ーー具体的には鎧圧ーーが特別なものだと言う認識を持っている事を悟る。

 そしてアーカムはそんなトリスタキングにため息をついて、遊び倒す事を決意した。


「剣気圧が特別なモノになってるうちはその先には行けない」

「あ? 何を言って……」


 静かなつぶやきにトリスタキングは不機嫌になりながらも初期位置につく。

 アーカムも数歩離れて、喧嘩王を正眼に捉えて立った。


「『喧嘩王』ネールド・トリスタ、バァァァサスッ‼︎ 『深淵王』カオスアーサー‼︎」


「わぁー‼︎」

「トリスタぶっ殺せぇー‼︎」

「そこな厨二を晒してやれぇ‼︎」

「あのマスク怖くね?」


 進行役的な髭オヤジが司会を始めた途端に乱暴に揶揄し始める観客たち。

 この場は完全にトリスタのホームだ。

 突然乗り込んできた名も知れない「深淵王」とかいう、恥ずかしい奴の味方をするなんて余程の物好きしかしないだろうーー。


 肩身の狭い状況に圧倒的なアウェイ感を味わいながらアーカムは鈍重な動作で少し腰を落とした。

 対してトリスタも両拳を握りしめて簡易的な鈍器を作成しながら顔を隠すように構える。


「ファイッ‼︎」


 司会と思われた髭オヤジはどうやら審判も務めるらしく、かなり気合の入った良い「ファイッ‼︎」で戦いの幕を開けた。

 アーカムはそんな髭オヤジのことをかなりの「ファイッ‼︎」の達人だと、ただの一声で察してよくわからない尊敬の念を感じながら迎撃の姿勢を取った。

 ストリートファイトの経験があるとこのファイの練度というものが様々あると知る事になるのである。

 良い決闘は良いファイから始まる。


「おらラララァア‼︎」


 開始そうそう、迷わず「縮地」でアーカムとの距離を詰めるトリスタ。

 意外にも機敏な動きだと感じながらも、猛ラッシュを繰り出してくるトリスタの拳撃をアーカムはしっかりとガードしていく。

 格好つけるなら避けても良いのだが、殴られてもトリスタのパンチでダメージが入ることは無いので受けたとしてもアーカムには問題は無かった。


 どちらかというとトリスタを完封して倒す方がまずい。こんな荒くれ者たちの前で攻撃全部避けてワンパンなんて流石にスター性を見せつけすぎだ。

 ワンパンは仕方ないとしてもともかく、少しくらいは攻撃を受けておいた方がいい。

 アーカムはそう判断し、トリスタのラッシュを受け続ける。


「らららァァ‼︎」

「うぁぅあーあー」


 自称演技派狩人のアーカムは自慢の役者としての力を遺憾なく発揮し、あたかもラッシュを受けて反撃する事も出来ないでいるかのように振る舞った。


「うあー、ぐぅ、おぉー」

「おらァ、ァァ。あー……お前ふざけてるのか……?」


 信じられない事にーーいや、案の定というべきかトリスタ及び周りの観客たちはアーカムの不審な大根芝居を訝しみ始めた。 


「え、ぁ、すぅー……そうっすねぇ、あー」」


 想定外の出来事にキョどるアーカム。

 本人はまさか自分の演技がバレただなんて思ってはいないので、彼は別の場所に原因を見出した。


 そうか、こいつ思ったよりやるじゃねぇか‼︎


 自分の演技が達者だと信じて疑わないアーカムは、自分が真面目にやってない事がバレたのは単に男の勘が鋭いものだと思ったのだ。このトリスタという男にはそこに気が付けるくらいの高い実力があったのだと、見当違いな想像を膨らませていく狩人。

 彼は自分の相手を見る目が甘かったと反省し、演技力はまったく問題なかったものとして一連の流れを整頓した。


「いやぁ、悪かったよ。次は本気でやらせてもらう」

「最初からやれよッ‼︎」


 トリスタは首を傾げながら眼前のアーカムことカオスアーサーを睨みつける。


「どうも調子を狂わされる」とでも言いたげに肩をくるくる回す喧嘩王。

 だが、どうやら舐めた態度を取られて自身のプライドを傷つけられた事を思い出したらしく、トリスタは急に鬼の形相となって怒り始めた。


「この野郎ォォ‼︎ 舐めた事してくれやがってェェェッ‼︎ ぶち殺してやるぜェェエ‼︎」

「おいおい、なんだよコイツ。やべぇ奴だよ。情緒不安定か」


 突然の奇声にアーカムはたじろぎながら、あまり関わりたくない人を見る目でトリスタを控えめに見つめる。

 アーカムのそんな視線にさらに激昂したトリスタは、目で自身の子分に合図をし剣を持って来させた。


「なァァア、使って良いんだったよなァァァア⁉︎」

「うん、まぁいいよ……?」


 アーカムは恐る恐る頷き、刃渡り100センチある凶器の使用を快諾した。

 トリスタは剣をしっかりと握りしめて、ほくそ笑み今度は予備動作を抑えた直立姿勢からの「縮地」で一気にアーカムに迫った。


「死ねぇや‼︎」 

「死ななーい」


 余裕の表情で殺気迫るトリスタに返答する狩人。

 横薙ぎに振り抜かれようとした、確かな剣術の研鑽を感じさせる斬撃。

 アーカムは感心して軽く腕を掲げ、逞しい右前腕で受ける事にした。


 ーーガギンッ‼︎


「はぐぅ⁉︎」


 路地裏の陰湿な空気を斬り裂いた美しい銀閃は、急遽その軌道を不規則で乱れたものへと変化させた。

 空中を舞う鍛え上げられた輝く鋼の刃。

 頭上をゆっくりと移動する太陽の光を受けてやけに煌めく金属の破片は、とても綺麗に路地裏の荒くれ者たちの目に映ったようだ。

 踏みならされて平らになった石畳みにその煌めく刃が落ちてからも、喧嘩のギャラリーたちは声ひとつあげる事は出来なかった。


 誰が信じられようものか。

 自分よりも体躯の勝る巨漢の洗練された剣撃を生身で受けて平然と立っていられると。


 誰が信じられようものか。

 ローレシア王国が騎士団の誇る名剣の刃を、正面から腕一本で折ってしまう人間がいるなどと。


「ぁ、ぁ……」

「あれ、ぇ?」

「ど、どういう……?」


 現場の静寂が過ぎ去り、騒々しい空気が戻りかけて来た頃。

 アーカムは剣を振り抜いて固まっているトリスタへ「縮差」ーーつま先だけの力で行う「縮地」であり、主に至近距離での間合い調整に用いるーーで近づいた。

 そして路地裏の誰もーーギャラリーもましてや決闘しているトリスタ本人でさえまったく反応出来ない人間の知覚を越えた拳撃が狩人の手によって放たれた。


 レザー流拳術、「心的掌底」ーー。


 アーカムは在りし日の修行の日々を思い出していた。

 もう何年も会っていない彼の師匠テニール・レザージャック から伝授されたレザー流狩猟術ーー。


 長い研鑽によって昇華されたアーカムの掌底は狙い違わず「喧嘩王」ネールド・トリスタの左胸部を打った。


 力任せにぶん殴っているわけではない。

 それは慈愛に満ちた優しさ。平らに構えられた掌底で撫でるように対象に触れ、爆発しそうな衝撃をただ心臓の鼓動を一時止める事だけに働かせる。


 それすなわち威力をねじ込む掌底だ。


「ぼぁ……ッ⁉︎」

「終わりだ」


 全人類上位コンマ1パーセントよりも遥かに少数の超人たちしか認識できない高速の掌底。

「喧嘩王」トリスタはえづきながら目を見開いて、どこか焦点の合っていない黒目で中空を見つめ膝から崩れ落ちていった。


「こいつ化け物か?」

「こんなことって……ッ‼︎」

「ありえねぇ……」


 倒れ伏すトリスタの姿を目に焼き付け、口々に現実離れしたアーカムの戦闘能力に驚愕にあらわにするギャラリー達。

 アーカムは何度も経験したこの「ありえない」というフレーズ言われるたびにとても心地よい気分になっていた。

 彼は秘密結社の工作員だが、彼個人としては別に目立つことは嫌いじゃないのだ。むしろ目立ったり有名になったりするのは好きな方なのだ。

 人に褒められる、人に驚かれると嬉しいーーそんな子供じみた、だけど人として多くの人間が共有する感情・感覚をアーカムはしっかりと持っている。


 アーカムは人間だ。

 完全に純粋な人間ではない。

 だが、その業は間違いなく人だけが辿り着けたひとつの境地ーー「積み上げる力」、長き研鑽の先に掴んだものだ。


「信じられねぇぜ」

「凄い奴が現れた……」

「ありえねぇ」

「ありえない……」


 未だに驚き続ける周囲のギャラリー達。

 アーカムは相変わらず聞き慣れたフレーズを連呼する連中へ首を傾げて視線を向けた。

 そして手を銃の形にして片目をつぶって、若いありえない兄ちゃんを撃ち抜いた。 


「アリエール……ッ‼︎」


「……は?」


 アーカムが普段から「ありえない」の返答として使っている鉄板の返し、「アリエール」は本日も見事に場を白けさせる。


「あれ、ダメ……?」


 やっちまった感満載で天を仰ぎ見たアーカム。

 涼しげな秋の空は澄み渡り、高く昇った太陽は憐れな狩人を嘲笑っているかのようだった。


 この物語は人間より遥かに強大な怪物たちが蔓延る異世界、その裏側で日々戦いを繰り広げる狩人の話ーー。

 世界の裏側で暗躍する秘密結社「狩人協会」が誇る、別世界の転生狩人アーカム・アルドレアの追ったとある事件の記録である。



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