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第3話 ペストマスクと深淵王

 


 太陽が空高く登り街が活気付き始めた頃。

 ある路地裏では漢達の熱きたたかいが繰り広げられていた。 


「へいへいへい! 賭けた賭けた!」


 威勢の良い髭オヤジが番号の書かれた木板を振りまわして叫ぶ。

 その周囲には硬貨を指で弾いたり、何か書かれた紙を握りしめた男たちが思案顔で、リング内の人間を見つめていた。


「オキツグ、俺はお前ほど何も考えず行動するやつは後にも先にも会えないと今確信したよ。会えて光栄です」

「ははぁ〜、そうだろう? そうとわかったらもっと敬ってもらおうか!」

「調子乗んじゃあねぇ。ぶち転がすぞ」

「落ち着きたまえ、アーカム。君ならば悪くない条件だろう?」


 アーカムに胸ぐらを掴まれて、連れてきた猫の如く縮こまるオキツグに同情したのか、ポールは間にとって入った。


 ここは王都ローレシアの一角、トリスタ区と呼ばれる治安の悪いことで有名な区画にある闘技場だ。

 武器の持ち込みは禁止、素手で語り合う荒くれ者たちの遊戯。

 闘技場とはいっても別に観客席が用意されているわけでも整備されたリングが設営されているわけでもない。

 ただこの路地裏にあるのは、ちょっとした喧嘩しやすい広いスペースと人壁によって出来上がった円形リングだけである。


 そんな路地裏に日夜腕っ節に自信のある者たちがこぞって喧嘩に明け暮れるーーそう、この路地裏はストリートファイトが暗黙の了解の下に開催される場所の一つ、暴力を生業とする者たちの無法地帯なのだ。


「こんな場所に集まってる素人に負ける要素は一ミリもねぇけど、なんかオキツグの手の平で踊らされてるのが癪に触るんだ」

「なぁ相棒、いいだろい? お前ならこんな場所の雑魚ども平たく埋め立ててやれるだろうい?」

「危ない言い方するんじゃない」


 瞳をうるませて可愛い子ぶるオキツグ。

 アーカムは秒速で彼のスネを蹴り上げた。


「うがぁぁあッ!」


 アーカムにとって、漢気で戦う喧嘩師ごときに負けるのは、それこそ剣士レイカに負ける以上にずっと可能性が低い。

 かつて実戦経験を積むためにこんな路地裏に通った日々も彼にはあったが、アーカムは本物の闘争で役に立つのは根性と気合の喧嘩術ではなく、技と理屈の上に成り立つ戦闘術ーー狩人でいうならば狩猟術なのだと知っているのだ。


「はぁ、まぁいいか」


 アーカムはオキツグの胸ぐらを離して、代わりに外套を脱ぎ始めた。どうやらやる気になったらしい。


「お前これからはあんま無謀な約束取り付けてくるなよ? 自分で解決できるものだけにしとけ。いつでも助けてやれるわけじゃないんだからさ」

「親父みてぇなこと言いやがってい。結局優しいんだよなぁ〜」

「クッソまじコイツ」


 調子付く友人を睨みつけながら袖を折りたたんでいき、シャツをまくし上げるアーカム。そして脱いだ外套のポケットから魔道具「忘却のペストマスク」を取り出し、手慣れた動作で装着していく。

 この魔道具は名前通りマスクの装着者の声や身体的特徴などを、他者に記憶させない効果を持っている。

 かつてアーカムが街のマフィアといざこざがあった時に変わり者の錬金術師から購入した代物だ。

 身元を隠して厄介ごとに首を突っ込む際には持ってこいの品である。

 アーカムはその魔術の実力からそれなりに名前が知れていたり、黒髪という特徴を持っているため、じっとしててもなかなか目立つ存在なのだ。


 目元のパッチと顔の真ん中に走るツギハギが恐怖を演出する、恐ろしのペストマスクを装着し終え準備完了とばかりにサムズアップしたアーカム。

 それを見てフードを深くかぶったオキツグはニヤリと笑みを深めて、親指を立てて返した。


 今朝の従姉妹騒動から引き続き、その日のお昼時に彼らはこんな路地裏で何をしようとしているのか?

 聡明な皆様なら大方予想がつくのではないだろうか。


 そう、またしても身代わりである。


 シュゲンドウ・オキツグが取り付けてきた、トリスタ区ストリートファイト界隈の王との喧嘩ファイトを彼の代わりに、狩人アーカム・アルドレアが戦ってやろうと言うのだ。

 アーカムとしては「お前ってそんな自殺願望あったけ?」とリアルに殴ってやりたい気持ちになっていたが、ここはそれなりに付き合いの長い友人の頼みだったので仕方なく、それはもう本当に仕方なく彼は引き受けてやることにしたのだ。


 苦笑いするポールとオキツグを引き連れてアーカムは人混みの中へと入り込んでいく。

 すると一際逞しい体躯をしたいかつめのあんちゃんを発見した。


 あいつだな。


 アーカムはオキツグから聞いていた特徴が合致するその人物を静観しつつ、すいすいと歩み寄っていった。


 なるほど、剣気圧の練度は喧嘩屋にしてはなかなか高いな。どうだろう、兵士、いや一般的な騎士くらいには硬そうだ。


 アーカムはスキンヘッドのトリスタキングへ「うん」という評価を下して声をかけた。


「おい、来てやったぞ。俺様がオキツーー」


 ーーバゴンッ


「え?」


 喧嘩王に名乗りあげようとしたところで背後から1発殴られたアーカム。訳もわからず振り返るとそこには焦った表情をするオキツグ。

 そんなオキツグは急にアーカムの耳元に口を近づけた。何やら重要な事を伝えたようだ。


「勘弁しろよ。そんなクソださい名前ーー」


 アーカムはオキツグから伝えられた小っ恥ずかしい指示に眉根を寄せて反対する。

 が、すでにその時トリスタキングの肩をチョンチョンと叩いてしまっていたアーカムには引き返す事は出来なかった。


「黒髪……、はっ! そうか、お前が俺様に殺されたいって言う『深淵王』カオスアーサーだな⁉︎」


 まじかよ、勘弁しろよ〜もうー。

 俺今年で中身30だぞ?


 落胆しつつマスクの下で気まづい顔をするアーカムは羞恥を覚悟で名乗り出ることにした。

 ここまで来たらやるしかないのだ。


「……いかにもッ‼︎ この俺がローレシア全区統一覇者になる『深淵王』カオスアーサー様だ‼︎」


 意外にもノリノリな狩人である。



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