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第2話 従姉妹と緊急ミッション


 ーーカチッ


 アーカムは外套をめくりふところから懐中時計を取り出して時間を確認した。

 彼が4年前に購入して以来、毎朝欠かさずにゼンマイを巻き続けいるアーカムの愛着の時計である。

 時刻は8時10分。

 早朝特有の湿った空気が残る朝の芝居を踏みしめて、シュゲンドウ家の庭には複数の人影が集まっていた。


 何故か友人の代わりに友人の従姉妹と決闘する事になった狩人アーカム・アルドレア。

 何故か立会人としてノリで付いてきたポール・ダ・ロブノール。

 本来決闘するはずであった微妙な魔術師シュゲンドウ・オキツグ。

 そしてーー、


「兄さん、本当に私が勝ったら結婚を認めてくださいよ」


 白い息を吐きながら鋭い眼光でオキツグを見つめる可憐な美少女。

 オキツグと正面から向かい合うようにして、数メートル距離を開けて仁王立ちしている。

 一方でオキツグも形だけは負けていない見事な腕組みと仁王立ちで、刺々しい「剣気圧」ーー戦士たちの超人的な運動を可能とする力。長い修練で身につけ、磨き鍛える事ができるーーを放つ少女と向かい合っていた。

 アーカムは剣気圧すら纏っていない自身の友人の虚勢にジト目を向けながら、軽くストレッチを始める。

 手首足首をぶるぶると振ってちょっとだけ運動する準備体操だ。


 少女の剣気圧は世間一般の戦士から客観的に見た場合は「なかなか強い」というレベルである。

 だが、人類最高峰の実力を兼ね備えた狩人であるアーカムの瞳には「うん、良いんじゃない」とそれなりに良く映っていても、彼自身は万に一つ、億に一つも負ける要素はないと思っていた。

 アーカムは昔、本気の闘争の中で油断して死にかけた事があるので、戦いにおいては出来るだけ油断せずにやる様には心掛けている。

 だが、正直なところこの少女なら別にちょっとくらい遊んでも平気だよな、と彼は思っていた。


「あぁ。もしレイカが勝てたなら、あのブサイクでなんの取り柄もない面食いの雑草男と結構して一生不幸になっていい」

「ッ! そんな風に言わないでよ! 兄さんとはソリが合わなかっただけよ。本当はすごく優しくて良い人なんだから」

「はぁ……。わかっとらんなぁ。いいか? 男なんて可愛い子の前じゃ良い顔しかーー」


 アーカムが呑気に準備体操している間にも、オキツグと少女ーーレイカとの最後の言葉でのやり取りは続いていた。

 アーカムは自分がどう言った経緯で決闘しているのかはイマイチわかっていないが、オキツグが従姉妹の結婚を止めたいから自分を頼ってきたとう所は理解している。


 つまるところ、悪い男に引っかかった可愛い可愛い妹分を引き止めたいってことか。

 うーん、ちょっと引っかかるけど、まぁ俺は友人としてただオキツグの味方してやるだけで良いか。


 アーカムは内心ではオキツグの従姉妹の結婚相手を見て、自分の目でアリかナシか判断してみたいと思っていた。

 が、結局部外者のアーカムがそれをしたところで何にもならないので、ここは考えることをやめて友人の剣になってやろう、と方向性を定める事にした。


「わかった。やっぱり決闘で決めるしかないようね! 兄さん!」

「そのようだな、我が妹、レイカよ!」


 やけに演技くさいセリフを最後に、話がまとまったらしくオキツグは芝生に突き刺してあった木剣を手に取った。

 そしてオキツグは木剣を正眼に構えようとしてーー、


「よし、というわけで頼んだアーカム」


 流れるような動作で木剣を傍らの狩人へパスした。


「このタイミングで渡す……?」


 アーカムは木剣をキャッチしながら信じられないものを見るような目で友人を見た。


「ぇ、ちょ、どういうこと⁉︎ 兄さん!」


 いきなり奇行に走った兄の事を心配ーーというよりかはシンプルに困惑するレイカ。


「レイカ。まずは俺の弟子を倒してお前が俺と戦う器にあるかを確かめる。アーカムを倒せないようじゃ、勝負どころか話にならないからな」

「な……ッ⁉︎」


 アーカムは調子の良い友人に先に木剣で1発入れたい気持ちを抑えつつ、首をぶるぶると振っ一歩前へと進み出た。

 太陽がまだ登っていない青白んだ空の下、相対するはシュゲンドウ・レイカとアーカム・アルドレア。


「まぁ、そういう事だ。ちゃっちゃと始めようか」


 アーカムは肩をすくめて、片手で木剣をぶんぶんと素振りする。

 やる気満々なアーカムを前に困惑していたレイカも、事態を飲み込めたらしく気を取り直して木剣を構え直した。


「わかった。すぐに終わらせる!」


 邪悪な兄の思惑を疑いもしないピュアなレイカにアーカムは好感を持ちながらも、凄く騙されそうだな、と噂の結婚相手を凶弾する。

 そうしてアーカムはレイカの真っ直ぐな性格の発言に安心しながら、体に染み付いている複数ある剣術の型のうち、剣1本の場合の構えをいくつかピックアップ。

 結果、一番よく使うスタンダードな構えを選択した。


 腰を据えゆっくりと剣先を相手に向けて正眼に剣を構えるアーカム。

 冷たい空気を肺いっぱいに吸い込み細く長く息を吐いていく。


 そんなアーカムの所作を見て、目を見開いたレイカ。

 彼が超一流の剣士だと気づけたのならば、それだけで賞賛されて然るべき闘争者だ。

 レイカはアーカムが只者ではないと悟ったのか、若干怖気付きながらも「剣圧けんあつ」ーー「剣気圧」のうち主に攻撃力、肉体の運動能力を高める機能ーーを脚部に集中させたようだ。

 そして「鎧圧がいあつ」ーー「剣気圧」のうち主に防御力、戦士の超人的な耐久力を支えるもの、皮膚の上に薄くはった硬質の膜のような物体ーーを全身を覆うように展開してどこを打たれても防御できるようにした。

 決闘では有効打が入った時点で終了なので、この鎧圧は最低限怪我しないための基本的な処置だろう。


 アーカムはそんなレイカの剣気圧の流れを眺めて、次の動作をほぼほぼ絞り込んだ。


「よし、ポール少し離れるぞい」

「うむ、そうした方が良さそうだ」


 ポールを連れて離れたベンチへ向かうオキツグを尻目に、アーカムはわざと首を傾けて意味の無い隙を見せる。

 動いた友人を何気なく目で追うという、ごくごく自然な動作である。


 レイカは相手の技量を見破れるくらい優秀そうだ。

 こうなったらなかなか攻めてこない可能性が高い。


「ッ!」


 アーカムが作った隙を好機とばかりにレイカは攻勢に出た。

 足元の芝生を蹴って一足飛びーー間合いを一瞬で埋める技。基本移動術「縮地」と呼ばれるーーに隙を晒す黒髪の男の片口へ木剣を叩き込んだ。

 上段からの十分な勢いの乗った一撃だ。

 生身で食らえば普通に粉砕骨折モノの打撃は容赦なくアーカムの肩へ肉薄する。


 が、当然アーカムはしっかりと対処する。

 これが実践なら強大な「鎧圧」にガードは任せて、少女の首を剣で斬り飛ばしてしまえば、あるいは別の急所へ剣を走らせればそこで戦いは終わりだろう。

 現にレイカの木剣が肩口数センチまで迫ったこの状況から、正眼に構えた木剣を突かなくとも、振って先にレイカに当てることも彼には出来る。


 アーカムはコマ送りにゆっくりと進む時間の中で、早すぎる思考力を持ってあえて1手詰めでは無く2手詰めを選択した。


「はぁぁあ!」


 気合の入った少女の上段からの斬りおろしに対し、アーカムは素早く木剣の腹を肩に当て頭のてっぺんから右肩に橋をかけるようにして構えた。

 急激に、まるでアーカムだけ早送りで動いたかのような身のこなしを目で追いきれず、何が起こったかわかっていない様子のレイカ。

 少女の上段からのふり下された木剣は、アーカムの剣の誘導に従って滑っていき、狩人の狙い正しく右足から数センチのところにある芝生を叩いた。


「ッ⁉︎」


 驚愕しながらもレイカはすぐさま木剣を構え直そうとし、同時に距離を離すべく後ろへ飛んだ。

 いや、飛ぼうとしたーー。


 その瞬間、空気を掻き分けて進む神速の一太刀が振るわれた事をどれだけの人間が認識できたであろうことか。


「俺の勝ち」

「ぅ、ぇ?」


 アーカムは少女の木剣の剣先を指先でつまみ完全にその小柄な体の動きを制限してしまっていたのだ。

 そして空いた片手で目にも留まらぬ速さで振られた木剣は、大気を揺るがし狙い正しく少女首筋に触れている。

 音速の寸止め、これで詰みである。


「ぅ、嘘……」


 レイカは眼前で起きた暴風の意味も何故打たれたのかも理解できない、と言った顔でふらふらと尻餅ついて芝生に倒れこんだ。

 黒色の瞳を白黒させてぼぅと魂が抜け落ちてしまったような少女。


「君は良い剣士だよ。筋が良い。もっと練習すれば一流になれる」


 アーカムは静まりかえる庭でただひとり佇んで木剣を斬り払う動作をした。

 何もこの動作自体に意味があるわけではない。

 血糊を払う癖がついてしまっているだけだ。


「ひゅ〜。流石、俺の一番弟子アーカムだぜ。全く動きが見えなかった」

「オキツグ、君は一応師匠という設定なのだから、そういうことは心の内にしまっておいた方が賢明だと思うよ」


 アーカムがくるっと背後を見れば、冷や汗がダラダラのオキツグと呆れて肩をすくめるポールがベンチに腰掛けていた。


 この後、俺は一体どうすれば良いんだ? 

 このまま帰っちゃっていいのか?


 アーカムは困惑しながらも、とりあえずオキツグの下へ。


「ぁ、あのっ、お名前をお聞きしても、よろしいですか……?」


 背後から掛けられた声に、アーカムは踏み出そうとした足を止めて振り返る。

 内股でへたり込んだレイカがキラキラした瞳で見上げてきていた。

 その白く柔らかそうな頬はほんのりと染まっている。


「……アーカム・アルドレア」

「アーカム・アルドレア……様」


 2人の間に流れる気まずい空気。

 これを正しく認識できているのはおそらく一方、アーカムだけだろう。

 きっと恥ずかしげに髪の毛の先を指でいじる少女には桃色空間にしか見えていない。


 あぁ、こりゃ騙されてるわ……。


 アーカムは目元を手のひらで覆い隠し、今回レイカの結婚を止められてよかったと心底ホッとした。


「いやぁ、それじゃアーカムもう一件行ってみようかい!」


 威勢のよいオキツグの声にレイカから視線を外し顧みるアーカム。


「アーカム君〜、おめでとうございます‼︎ もう一件です‼︎」

「……お前さぁ」


 オキツグは軽い調子でアーカムの肩を叩き、追加の依頼を申し出た。

 秘密結社のエージェントをこき使うとは、誠に良いご身分である。


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