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第19話 フラットと作戦開始

 

 暗闇の中僅かな光を反射してきらめく水滴。


 ーーピチャリ、ピチャリ


 深く続く人工の空洞。よく削り出されているが露出する岩肌はどこはかとなく無骨で、繊細さに欠ける。

 まるで元からそこにあった天然洞窟に手を加えたかのような仕上がりである。


 エレナと合流したアーカムたち一行はテールの案内で「智慧の棺」のアジトへすんなり入る事が出来ていた。

 さらにテールが長い時間をかけて用意していたという隠し通路を使う事によって、一同は構成員たちの目を欺いて深部まで侵入する事にも成功していた。

 なかなか優秀なハゲである。


「俺たちの目的はとりあえず悪魔の召喚儀式を妨害すること。あわよくばそのまま組織の解体までいきたい」

「そこまでいけたら万々歳」

「いけるさ......俺たちなら」


 暗く狭い通路の中でアーカムはささやいた。

 天然の岩壁の一枚向こう側はもう「智慧の棺」に所属する者たちしか居ない場所だ。

 ここが最後に意見の擦り合わせのできるポイントとなるであろう。

 アーカムもエレナも、存分に意見のすり合わせをしようと思っていることだろう。


「シバケン、シータの方は?」

「んぅー……シータはぁ、まぁ多分ここにいる、かな……」


 自信なさげに相棒から顔を背け、もごもご喋るアーカム。

 アーカムは何の根拠もなく喋ってる訳ではないので、あながち適当言っているわけではない。 

 それでもラオ・ファンデルことシータの情報を何も掴めていないという事はエレナには知られたくないのだろう。

 どうせまた馬鹿にされるに決まっている、と悟っているのもあるが、美少女には格好悪いところ見せないで良いように見られたいというのが本心だ。


「だからぁ……、そうだなぁ、まぁシータは見つけたラッキーっていうかーーん、うん、その、まぁ悪魔が優先だろッ‼︎」


 黙って見つめてくるエレナを声を荒げ強引に振り切る。


「情緒不安定……?」


 エレナは突如声の高くなったアーカムに本気で心配する目を向ける。

 相棒が突然イカれたとなれば心配するのは当然だろうが。


 アーカムはそんな視線に手で目元を覆い隠し、居心地悪さから逃げるよう立ち上がった。


「あんたたち、もしかして仲間を探しているのか?」

「ん、言ってなかったか? 俺たちは元々消息不明の仲間を探しに来たんだよ」


 今更ながらに聞いてくるテールにアーカムが出撃準備をしながら答えた。

 アーカムとエレナはテールにはアジト最深部への道案内だけ教えてもらうつもりだったので、自分たちの任務内容など話してはいなかった。

 秘密結社の構成員としておいそれと、部外者に不必要な情報を漏らさない癖のせいかだろう。


「その、だな。少し前に上層部の奴らが『最高の素体が手に入った』って言ってたのを思い出してな……」

「素体、か。なるほど、グッド。これは確定かなぁ」

「かな」

「うぇ? どういうことですか‼︎ シバケンさん‼︎」


 狩人たちはテールの自信なさげな発言に深い関心を寄せて確信めいた表情になる。

 テルマンティは2人だけが納得しているのが面白くないのか、立ち上りアーカムのコートを引っ張って頬を膨らませている。可愛い。


「教えてよッ、シバケンさん。ずるいよ、シバケンさん‼︎」

「しーしー‼︎ 教えてやるから、ほら、鎮まれ〜」

「教えて教えて、シバケンさん‼︎」


 テルマンティの頭を優しく撫でながら興奮した少女をとりあえず座らせる事にした。

 不満げながらも少年の手のひらに頭をぐりぐりと擦り付けて気持ち良さそうにするテルマンティ。


 アーカムは落ち着いたテルマンティの頭を撫でながら、とりあえずは壁の向こう側にいる存在たちに気づかれていない事を確認してホッと胸を撫で下ろした。


「いいか、悪魔ってのは人の世界で悪さするにあたって、この世界で『宿』を見つけないといけないんだ」

「そう。だから悪魔は相性の良い生物として人間の体を乗っ取るの」


 アーカムに続いてエレナが補足説明を付け加えていく。

 テールは流石はわ悪魔崇拝の組織にいるだけあって、狩人たちの説明にも訳知り顔で頷いている。


「そしてその悪魔が宿主として選ぶ素体は第一に内包される悪魔の力に耐えうる肉体でないといけない」

「さらに元の人間に大きな力が備わっていたなら、奴らはプラスアルファでもっと強大になってしまうんだよ」

「そういうわけだ、お嬢ちゃん。例えば狩人だったりしたら、悪魔からすればそれは最高の素体というわけさ」


 エレナの説明を引き継いだアーカムの説明を、さらに引き継いだスキンヘッドによって緊急悪魔講義は閉講された。

 テルマンティは何が起こっているのか分かると、その事実の恐ろしさを理解したらしく急に青ざめた顔になってしまった。


「じゃ、じゃあ、もしかして、シバケンさんたちの仲間の方っていうのは……」

「そうだな。もしかしたら生贄にされちゃうかもしれないな」


 軽い調子で言い放ったアーカム。


 テルマンティはそれを見て信じられないとばかりに目を見開いている。

 なぜこの男は仲間が体を乗っ取られる危機にあると言うのにこうも呑気なのだろうかと。

 もしかして人間のクズなのかと。


「そんな顔しないでくれよ。素体にされるってことはつまりまだ生きているはずって事だ」

「消息不明の捜索だったから、ここにいる事と生きている可能性が大きくなった事は良い事」

「な、なるほどです。まだ生きていらっしゃるのでしたらそれは喜ばれますよね、えへへ」


 テルマンティは狩人たちの説明にようやく理解の追いついたようだ。

 少女は一瞬でも命の恩人をサイコパス野郎を見る目で見てしまった事を誤魔化すように、乾いた笑みを浮かべた。


「よし、それじゃシータがマジでいるっぽいらしいから、そっちの捜索もして早く助けてやらないとな」

「マジでいるっぽい......?」

「え、俺そんなこと言った? いるのはわかっていた確定事項だよね、うんうん」

「......まぁいい、ねぇハゲ。私たちの仲間の場所はわかる?」

「あの姉さん、一応ハゲはやめてくれませんかね?」


 テールはエレナの容赦ない毒に傷つく。

 しょんぼり困り眉を作りながらも、ちゃんとスキンヘッドの中身を働かせ記憶を辿っているらしい。


「多分、わかります。見当は一応つくんで」

「そう。それじゃ、あんたは私と一緒にシータを助けいく係ね。シバケンはそこな幼女のお守りと悪魔の召喚儀式を潰す係」

「ぉ、おう」

「ねぇちょっと‼︎ 私だって働けるんだから‼︎」


 サクッと役割分担したエレナに抗議の声を上げるテルマンティ。

 外見的にフラット部分はあるものの身長だけは、中高生くらいのテルマンティを幼女呼ばわりするとはいただけない。

 エレナは彼女のことを気に入っていないようだ。

 アーカムは「やれやれ」と肩をすくめながら、そもそもの原因を作った自覚なしに桃髪の少女をお腹に手を回して小脇に抱えた。


「にゃッ⁉︎ し、シバケンさん何を⁉︎」


 桃髪少女は軽く抱え上げられてしまい手足をばたつかせる。可愛い。


「それじゃ、また後でな」

「うん」


 アーカムは最後にエレナにそう言い、人差し指と中指を揃えて額でチョキチョキ動かした。

 岩壁に向き直って杖の抜く。


「<<岩操がんそう>>」


 するとどうだろうか。

 アーカムがただ一言そう呟くと、岩壁は生物のように蠢きみるみるうちに脇へとはけるように動き出すではないか。

 波打って意思を持っているかのようなその光景はある種トラウマ的であり、また魔法というは神秘の技なのであると見る者に教えてくれる。

 そうして岩たちが脇の方に移動していってしまえば、そこに現れたのは不自然なほど綺麗な半円の穴だった。


「お、おぉッ‼︎」

「お見事」

「ぅ、上手い……」

「はは、どうもどうも〜」


 その場にいたアーカムを除く3人の魔法使いは口々に、見事な魔力操作で岩壁に綺麗な穴を開通させたアーカムを賞賛した。


 魔術の心得がある者たちが見れば、このアーカムの魔力操作の技術が卓越したモノであるとすぐにわかったのだろう。


 アーカムは皆に褒められて気分良くなり帽子を取ってヒラヒラさせる。


 そして垂れ耳の狩人帽子を被り直すと、未だ驚愕し続けている小脇のテルマンティを抱え直して小走りで「智慧の棺」のアジトへと入って行った。



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