第17話 確信と腰砕け兄貴
スキンヘッド予備軍こと危ない魔術師テール・マッツの案内によって道を行く。
時間的にも人々が出歩かない頃合い。
さらには元から活気付いていない街なのだ。
そんなところをただひたすらに人気の無い暗い方へ歩いていけば、必然的に人には会わなくなる。
「それでどうしてお前は智慧の棺をぶっ潰したいんだ? お前の実家が代々従事してきたところなんだろ?」
アーカムは率直な疑問をテールにぶつける。
何故かついて来たテルマンティを背後につけ、アーカムとテールが横並びになる布陣で、薄暗い建物の間を進みながら事情を聞き出す。
「だからこそさ。うちの家族を呪縛から解放したいんだよ、俺は」
「その割にはテルマンティから魔導書を奪い返すのに必死だったな」
「まぁな。潰したいって言ったって俺1人じゃ何もできない。時が来るまでは従順な下っ端でなけりゃいけないのさ」
テールは首を振って疲れたようにため息を吐いた。
アーカムはこれまで道中の会話でテールが羨望した学業を諦め、家族をそばで守る道を選んだ、大切な者のために犠牲の払う事の出来る優しい男だと知っていた。
そのため彼としては狩人の役目を全うする事も大事だが、出来るだけこのテールという男の役に立ってやりたいと思うようになっていた。
「今、智慧の棺の上の奴らは何やら慌ただしく動いてやがるんだ。きっと奴らの悲願とかいう『智慧の悪魔』の召喚儀式が整ったに違いねぇ‼︎」
テールは悲痛そうな顔で歯噛みした。
その顔はとても悔しそうで、自身の無力さを呪っているかのような、あるいはここまで来てしまったことを後悔しているかのような、酷い自責の念を抱いている事を感じさせるものだった。
「ふむ、ちょくちょく出てくるなその『智慧』ってワード。昼間にカフェで出会った陰気なじいさんもそんな事言ってたっけ」
アーカムは寂れたカフェでの不毛な邂逅を思い出してげんなりする。
それを見てピンと来たのかテールは咳払いをひとつしてアーカムより一歩前を歩くように調整しながら話し出した。
「実はなその智慧って言うのは、このトールサックで古くから言い伝えられてる自分たち自身の事なんだ」
「ほう、というと?」
アーカムはテールの言葉を1発で理解することができず、さらなる説明を促す。
「ここトールサックは歴史ある古い街でな、起源は旧暦時代まで遡るとさえ言われているんだ」
「それは、なかなか」
「シバケンさん、そう言う一説だよ。多分普通に盛ってると思う」
背後から不満げな声が聞こえてきて振り返る。
すると桃髪の毛先をくるくると指で巻いて暇そうにしていたテルマンティが唇を尖らせていた。
どうやら自分を置いて会話を進めていた事を快く思っていなかったようだ。
「いや、まぁ盛ってるかどうかはこの際どっちでもいいさ」
アーカムはニコリと笑いながらテルマンティの頭を撫でる。
「んっん、話を戻そう。それでこの土地は太古の昔、とある強大な存在ーー人智を越えた力を持った人ならざる者に支配されていたという伝承があってだな」
「ふむ、それが先の悪魔、『智慧の悪魔』ってことか」
「そういうことだ」
テールはよく剃られた頭を撫でニヤッと笑った。
「遥かなる昔、この地にてトールサックの民の遠い先祖はその『智慧の悪魔』と契約した。そして人を越えた特別な啓示を授かったらしい」
「悪魔との契約、か……」
「そうだ。トールサックの民が外の人間をどこか見下してるのは、悪魔から授かったその人を越えた叡智のせいだ。彼らはその起源こそとっくに忘れてしまっているが、自分たちが特別な人種だと信じて疑ってないんだ」
「形だけ残ったわけか。なるほど厄介極まりない」
機嫌悪くそう言い放ったアーカムは口に手を当て、口汚く罵倒しそうになるのを抑え込んだ。
彼はまたしても自分も歩む道の上に姿を現した悪魔の存在に、烈火ごとき腹立たしさを感じていたのだ。
人の想像など容易く越えて、決して届かない頂きに混沌より産まれたその瞬間から君臨する悪意の塊。
世界の垣根を越えて人の世界へやって来てわ、ただ自分たちの愉悦の為に人の心を、愛を、人生を、命を、家族を、友人を非道な手段で奪いおもちゃのように扱う。
まさに絶対悪の体現者。
そんな言葉が彼ら悪魔にはふさわしいであろう。
悪魔を憎むアーカムにとって古代トールサック人が行なったという悪魔との契約が、碌でもないものであることは火を見るより明らかな事実であった。
彼は自分がここトールサックに来る運命にあったのだと、今この時確信していた。
悪魔をぶっ殺すためだな……?
そうだろ、神さま。
そうなんだろ、マリ……。
心の中で自分がやるべき事が何なのかを気づいたアーカムは一歩前を歩くテールに追いつき、肩で風を切りながら追い越した。
「テール、全て俺たちに任せておけ。悪魔は殺す」
「ぇ、俺たちって私も含まれてるのかな……?」
「悪魔は召喚させない事が大事なんじゃ……」
決め台詞めいたアーカムの発言に困惑した一同は足を止めて顔を見合わせた。
数秒、時が死んだような微妙な空気と気まづい緊張感が暗い通路に広がる。
天を仰げば秋の乾燥した夜空に粒のような光がびっしりと散りばめられているのがわかる。
暗い路地裏だからこそ、より良く一層見える物もあると言う事を教えてくれているかのようである。
「まぁ、いろいろあるんだよ。俺たちは狩人様なんだぞ? いいからまるっと全部任せておけって」
「な、なんて頼りになる男なんだ……ッ‼︎」
「はぁ〜こんなの腰砕けだよぉ〜‼︎」
建物に挟まれた窮屈な星界からの明かりを頼りに、騒がしい後続を連れた狩人一行は歩みを再開した。
『ふふ、ありがとねアーカム』
ちゃっかり少年の肩に乗っかり、和かに微笑む美少女の幽霊が出現していたことは本人以外誰も知らないーー。




