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第16話 シバケンさんと高学歴

 


「ぁ、ぁ、ちょ、ぐぶ、ぅう……」

「よし、もう大丈夫だよ」

「わぁ‼︎ ありがとうございます‼︎ もうなんか色々凄かったー‼︎」


 腰に手を当て自慢げに振り返ったアーカムの下へ飛び込んできた桃髪の少女。

 足下で下敷きとなっているスキンヘッドにはお構いなしに、無邪気に興奮している。


「いいっていいって、たまたま通りかかっただけだから。それでお嬢さん、少しだけ話を聞きたいんだけど良いかな?」

「もちろん‼︎ 私のことなら何でも教えて差し上げます‼︎」

「あ、そう? ありがとう」


 桃髪の少女は快諾しながらもちょっとばかし危ない調子でアーカムに詰め寄る。

 つま先を立ちをして身長をアーカムに近づけて、頬をほんのり赤らめているのが何とも愛らしい。


「えぇと、そうだな。まずは君の名前を聞かせてもらおうかな?」


 アーカムは会話の基本を思い出しつつ、柔らかい雰囲気で会話を切り出した。


「私の名前はテルマンティって言います‼︎ シバケンさん‼︎」

「そうか、テルマンティか。良い名前だね」

「ありがとうございますっ‼︎」


 アーカムは常套句を述べてニコッと笑い桃髪少女ーーテルマンティの頭を撫でた。

 彼の中では子供の相手をするときは、とりあえず頭を撫でておけば良いという不思議な固定観念が染み付いているのだ。

 それは彼の弟や妹だったり、友人、そして同居人などの様々な人物から得たデータから割り出された持論なのである。

 もはや狩人アーカムにとって撫で撫では呼吸と同じなのだと言えるだろう、


 あれ、この子結構大きいけど、子供の分類なのかな?


 アーカムは身長のそれなりに高いテルマンティを撫でつつそんな事を思っていた。


 けど、まぁ、普通に撫でさせてくれているな。

 てことはテルマンティはまだ子供判定で良いのかな?


 アーカムは少し迷いながらも結論を出し、自身の行動の正当性を確保する事にした。


「それじゃあ、テルマンティ。聞かせてもらうけど『智慧の棺』って何かわかるかい?」

「はい‼︎ もちろんですよ、シバケンさん‼︎」


 元気よく返事をして敬礼をする少女。

 アーカムはニコニコする少女を愛らしく思いながら穏やかな気持ちになっていった。

 トールサックで疲弊した心に癒しの泉が突如として湧き出たかのような幸運感。

 アーカムは気づいたらテルマンティの髪の毛をもしゃもしゃになるまで掻き回していた。


「ま、待ってくれ、あんたぁ、智慧の棺の事を聞くってこたぁーー」

「えいッ‼︎ 今は私がシバケンさんとお話ししてるんだから邪魔しないでくれる⁉︎」


 足下で蠢き出したスキンヘッドを踏みつけて黙らせるテルマンティ。

 スキンヘッドの死にかけの虫みたいな動きと、それを躊躇なく踏みつけたテルマンティの行動に、心に湧き出た泉が幻影の類いであったと気づくアーカム。

 ちょっと現実に戻ってきたアーカムは緩みきった頬をマッサージして、ついでにテルマンティの髪の毛を撫で付けて整えておく事にした。


「し、シバケンとか言ったな。はぁ、はぁ、その強さ、それに尋常じゃない覇気。さらには智慧の棺。はぁ、あんたぁ、もしかして噂に聞く狩人なのかい?」


 苦しそうな声で紡がれた興味深い質問。

 テルマンティの猛攻を受けながらも何とか膝立ち出来るくらいまでには回復したスキンヘッドは、息荒く汗を全身に滲ませてアーカムを見つめる。


 はて、何で狩人って気づかれたのかイマイチわからないな。

 うーん、でもまぁ、ここは狩人を名乗った方がいい話がスムーズに進む、か?

 いや、逆に狩人には教えないとか言う流れだったら困るなぁ……。


 アーカムは腕を組んで瞬き10分の1回分の時間だけ嘘をつくか、それとも正直に話すか思案した。


 よし、賭けるか。

 最悪の場合あとで記憶は消しておこう。


 結論は出た。


「そうだ。俺は狩人だ」

「ッ、そうかい……強いわけだ、はは。はぁ、まさか本当にいたなんて、な、はぁ」

「うぇえー⁉︎ シバケンさん狩人ーー」

「コラ、声がでかい」


 アーカムは驚愕の事実に叫び出したテルマンティの口を塞ぎ辺りを見渡す。

 テルマンティはハッとした顔で自分の口をアーカムの手の上から抑えてプルプルと震え出した。


「それで、智慧の棺とは何か俺に教えてくれないか? 知り合いが知りたがっててね」

「あぁ、いいとも。もうあんたしか頼れねぇからな」


 意外にも快諾してくれたスキンヘッド。

 何やら覚悟を決めたような瞳をしており、先ほどよりもずいぶんと男らしくなっている。

 彼の中で何か大きな決断でもあったのだろうか。


「やけに簡単に教えてくれるんだな。お前らはよそ者が嫌いなんだろう?」


 これまで受けた罵倒の意趣返しとしてスキンヘッドに問いかけるアーカム。

 彼はテルマンティから手を離し、ポケットに手を突っ込んで威圧的な態度をとった。


「なんだ、恨んでるのか。だがそれも仕方ない事だな。俺はな別に他のみんなみたいに、よそ者が嫌いなわけじゃねぇんだ」

「ふむ。でもさっきよそ者って」

「周りに合わせてんだよ。ここじゃ外から来たモンと仲良くしてたとわかりゃ、そいつがトールサックを故郷に待つ奴でも目をつけられちまうからな」


 スキンヘッドの男は立ちあがり薄汚い壁を背にもたれかかって続けた。

 テルマンティは先ほどから自分の口を抑え続けており、とても静かである。


「生きにくい街なんだよ、ここは。こんな所に居たら息が詰まっちまう」

「なら出ていけばいいだろう」


 アーカムはさも当たり前のことのように提案した。

 本人とてそうそう簡単に故郷を捨てられる訳ではないはずなのだが、人に言う分にはそれほど抵抗のない言葉なのだろう。


「一度は考えたさ。王都のドラゴンクランの大魔術学院に入学した時には魔術師になって世界を旅しようとか思ったりもした」

「名門だな。卒業したのか? なんで戻ってきたんだ?」


 アーカムは思ったよりもスキンヘッドが高学歴であった事に驚いていた。

 滑るように口を動かして、本題から少しずつそれていく質問を重ねていく。


「いや、1年で辞めちまった。家の都合でな」

「そうか……もったいない」


 しょんぼりして悲しそうな顔をするスキンヘッド。

 その姿は誰が見てもわかるくらい、かつての生活に未練がある者特有の哀愁を纏っている。


「まぁいいさ。もう過ぎた事は仕方ない……。んでだ、あんたが聞きたいのは智慧の棺の話だろう? 悲劇の坊主の話じゃあねぇはずだ」

「そうだな。実際坊主の話はどうでもいい」

「ぇ、ぁ、だよな、知ってる。わかってたぜ、んなこたぁ、はは」


 余裕の笑みを作りながらもどこかたどたどしいスキンヘッド。

 アーカムは首を傾げてクスリでもやってるのかというほどの、懐疑の視線でスキンヘッドの体に注射痕を探し始めた。


「実はな今の俺の話は智慧の棺に全く無関係ってわけじゃない」

「ほう、それはどういう?」


 アーカムは視線をスキンヘッドの瞳に合わせて真っ直ぐに問いかけて先を促した。


「智慧の棺、それは別に物の名称じゃねぇ。組織、いや、派党というべきだな」

「派党? どこの、てか何の中での派党だ」


 その名称から「智慧の棺」が物だと思っていたアーカムは方向違いの真実に思考が出遅れる。


「あぁそりゃ『暗黒の亡命者』の中だよ。狩人様なら聞いたことはあるだろ」

「……そうだな。よく迷惑掛けられてるよ」


 アーカムは散らかる思考を1つに整頓し、悪魔に魅入られた狂信者たちの起こした悲劇を思い出していた。


「おい、スキン・ヘッド。その話詳しく聞かせてくれ」

「……あぁ良いとも。俺もそのつもりだからな」


 少年の低く一切のラフさを切り捨てた声にスキンヘッドの男は生唾を飲み込みながらニヤリと微笑んだ。

 アーカムはこの時、眼前の男がラン・ファンデル、ひいては現在エレナの捜索している「暗黒の亡命者」たちの所在を突き止める鍵になると確信していた。


「あと俺の名前はテール・マッツだ。狩人」


 疲れた声音が路地裏に響いた。



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