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第14話 スキンヘッダーと桃髪少女

 


「あっ、はい、もう怒ったッ‼︎」


 フードから現れた桃髪少女は長めのローブを翻し、流れるようなステップでモヒカン男に向き直った。

 そして同時、素早く懐から杖を取り出す。

 少女はよく馴染んだ、その使い古された杖を手首のスナップを効かせて軽く振る。


「<<風打ふうだ>>」

「ぅ、早ぇ‼︎」


 少女の静かな呟き。

 それは掠れたようなほんのわずかな空気の振動であったが、この宇宙に存在する特有の法則を確かに正しく満たしていく。


 ーーブゥゥウンッ


 突如として路地裏の入り口付近で発生した意思を持った大気の圧縮。

 通常の自然現象としては決して発生しない不自然な、されど魔術師なら誰でも聞いた事があるであろう、空気の中を風の玉が高速移動する音が辺りに響く。


「ぶるへぇッ‼︎」

「兄貴ぃーッ‼︎」


 飛来する風魔力に気づいた様子のリーダー男であったが、出来たのは反応することだけ。

 モヒカンをピタンと硬直させ、男は諦めた様子の顔で甘んじて魔法の衝撃を受け入れたのだ。

 わかってはいても避けられない。

 そうとでも言いたげに、男は吹き飛んだ後に壁に叩きつけられた。

 そして路地裏の入り口付近の地面に崩れ落ちるとぐったりとして動かなくなってしまった。


「おぉ。なかなか良い早撃ち」

『そう? 私たちの方がずっと早いでしょ?』


 首をぐわっと右肩後ろまで傾けて、変な姿勢で少女と男たちの一部始終のやりとり眺めていたアーカム。

 そしてそんなアーカムの首に背後から手を回し同じように傍観していた銀髪アーカム。

 2人は呑気に会話しながら、桃色の髪の少女が残りの男たちへと杖を向けているところを劇場感覚で眺めていた。


「はっ‼︎ せいっ‼︎」

「ぐはぁッ‼︎」


 続けざまに魔法を放つ桃色ローブの少女。

 一般人と思われる男はなす術なく不可視の風に溝打ちされ悶絶しながら倒れふす。

 が、そんな男たちの中にひとりだけ食い下がる者がいた。


「おら、<<風爆ふうばく>>‼︎」


 ーぼんっ


 威勢のいいスキンヘッド男の声とは裏腹に可愛らしい重低音を響かせた風の魔力。

 しかし、男の杖先に発生した風の衝撃波による盾ーー桃色少女の放った風の玉に対して、教科書通りの正しい「レジスト魔法」であるそれは、スキンヘッドの眼前に迫っていた風の玉を男の杖先で粉砕した。


「はは、悪いなお嬢さん、魔法を使えるのはひとりだけじゃなかったみたいだぜ」

「くっ‼︎ お綺麗なレジストしたくらいで調子乗らないでくれる‼︎」


 スキンヘッドの男はタンクトップのその服装からは想像できない程、存外になかなか達者な魔術師だったらしい。

 その証拠か、ローブから覗かせた魔術師然とした少女は顔を曇らせていた。


「くっ‼︎」

「おらっ、<<風打ふうだ>>」


 桃色ローブ少女とスキンヘッドタンクトッパーの激しい魔法戦が始まった。

 攻撃魔法に<<風打ふうだ>>、それを打ち消す防御魔法としてのレジスト手段で<<風爆ふうばく>>を使う決闘式魔法戦ーー。

 魔術師の決闘としては程度こそ低く、よく見られるタイプの戦いだ。

 が、それでいて使用する魔法が単純であるが故に、魔術師本人の魔法詠唱速度、精度、連射能力など諸々の基礎的な能力での地力比べとなりやすい戦いでもある。


 わずか数秒の間に数多の攻防を繰り広げる桃色の少女と肌色坊主。

 これだけで2人が魔法決闘者としての実力がなかなか高い事が証明された。

 しかしながら、どうやら桃色ローブの少女よりもスキンヘッドタンクトッパーの方が一枚上手だったらしい。


「ぁ、ちょ、きゃっ‼︎」

「もらったぁーッ‼︎」


 次第に劣勢になってきていた少女のレジストが間に合わなくなり、ついにはそれが大きな隙を作るキッカケとなってしまった。

 桃色の少女は杖を弾かれて体勢を崩されてしまったのだ。

 可愛らしい声を上げてしまったのには理由がある。


 流れが変わったからか……。


 アーカムは決着がついたワケを瞬時に理解し、顎をポリポリと掻きながら興味深い視線を2人の魔術師へと注いでいた。


 それまでのスキンヘッドと桃色少女の攻防はいわば球種の全く同じモノを使ったキャッチボールだったのだ。

 柔らかい、そう、例えるならソフトボールをお互いに投げ合っていたのである。

 きっと「こうくるのであろう」というある種、予定調和的な魔法の撃ち合い。

 それは単純にお互いの連射力を競う戦いと言える。

 だが、スキンヘッドはそれに付き合わなかった。

 そのせいでそれまではソフトボールの投げ合いであったと思っていた少女は急にサイズも重さも変わったメディシンボールの投擲に対応出来なかったのだ。

 連射力でも遅れを取っていたが故に、桃色少女はスキンヘッドの男にそれだけ重たい風の衝撃波を作る余地を与えてしまっていたのだ。

 これは必然、起こるべくして起こった戦いの結末。

 両者の実力差がハッキリと表れた、とても綺麗な魔法決闘。

 そこには戦いの最中で生まれる逆転や、不測の事態は無くパプニングも起こらなかった。

 本当に最初から最後まで教科書に載っていそうな、とても路地裏付近で突然始まったやりとりとは思えないような決闘であった。


「へにゃ‼︎」


 使い古された杖を遠くに弾かれて、地面に尻餅をつく桃髪の少女。

 少女は慌てて杖を取りに四つん這いになったが、スキンヘッド男が黙って見ているわけもない。

 男は少女の行く手に仁王立ちで立ち塞がってしまった。

 そして鼻を鳴らして勝ち誇った顔をする。


「なかなか良い決闘だった。学生時代を思い出したぜ」

「ぅ、うぅ、ぐすん」


 スキンヘッドの男は額に滲んだ汗をかるく手の甲で拭いさわやかな笑顔を見せる。

 一方で杖を取り上げられて、しまいには追い詰められてしまった桃髪の少女はへたり込んで、これから訪れる我が身の不幸に絶望したのか涙目になっていた。


「お嬢ちゃんには悪いが、その魔導書は『智慧の棺』の禁忌にあたるモノだ。外に持ち出されるわけにはいかねぇ。ほら、取ったもん出しな」

「な、なにも持ってないもん、うぅ」


 スキンヘッドの男は手を出して少女から何かを要求しているようだ。

 少女は首を振ってお腹を庇うように縮こまっていく。


 そんな2人をぽけーと眺めていたアーカムは、ふと耳元でうごめく僅かな振動を感じ取った。

 その振動の意味がわかるアーカムは自然とぐにゃっと傾けていた姿勢を正して、スキンヘッドと桃色少女を視界の端に置きながら手のひらで耳を押さえた。


「※アーカム、『智慧の棺』って何かわかる?」

「……あぁ、わからなくはないかも」


 アーカムの耳元の魔導具から聞こえてきた淡泊な声調。

 その聞き慣れた声の第一声がそれだった。



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