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第13話 気恥ずかしさと犯罪現場

 

 アーカムとエレナの狩人捜索チームがトールサックに到着してから早くも数時間が経過しようとしていた。


 前髪をかすかに揺らして吹き抜けていく黒い風。

 海が近いせいなのか秋という季節の割に空気はしっとりとしていて、ほのかな生臭さがその中に感じられる。


 水平線の向こう側へ日が沈み始め、ほんのり暗くなってきた通り。

 少し肌寒く感じられてきた気温。

 海の向こう側を見つめるアーカムはまくしあげた袖を元に戻しそう思いながら黄昏ていた。


 この街に来て数時間。

 アーカムは消えた狩人ラオ・ファンデルの情報を全く掴めないでいた。

 狩人協会本部にて最初にこの任務を聞かされた時、アーカムはもっと楽に事が進むと考えていた。

 狩人みたいな怪しい風態の奴は案外目立つからだ。


 どういう訳か協会は狩人の服装という面で、市井に完全に溶け込めてると誤認しているようだが、実際は酷いものである。


 服装は様々で一概には「コレ」とは言えないのであるが、暗めの渋い色を基調としたロングコートを着ている者が大半で、皆が皆強大な怪物を相手とるための大型武器を装備している事が多い。


 さらには冒険者とは毛色の違う雰囲気を醸し出してしまっているため、なんとも違和感が拭えない。

 アーカムでさえ厚刃の大きめの刀ーー狼姫刀を常時装備しているためそれなりに目立つ。

 それがエレナのような大鎌になってしまえば、目立たないなんて言う方が無理なのだ。


 そういうわけで、これはアーカムの様々な経験からくる持論ではあるが、狩人にはとても目立つ輩が多い。

 故に今回のラオ・ファンデルの捜索についても、アーカムは手掛かりくらいならすぐに見つかるとたかをくくっていたのだ。


「はぁ……どうしよ」


 水平線を眺めながら途方にくれる黒髪の少年。

 彼がこうも捜索に苦労している原因は、何も本人が捜索の素人という理由だけではない。

 問題は少なからず街に住む人間ーー聞き込みの対象となった人間側にもある。

 彼らはアーカムを一目見て異邦人だと知ると、途端にまともな会話をしなくなるのだ。


「近寄るな、愚かな者」

「お前に教えることなど何もないわ」

「もう少し智慧を付けてから話かけろ、馬鹿者が」


 口を開けばおよそ侮辱と軽蔑と思われる言葉ばかり。

 アーカムが丁寧に話しかけてみても、皆口を揃えて「よそ者」と言われ続ければ、それなりに精神力のある彼でも気疲れするというものだ。


「やれやれ。アーカム」

『呼ばれてなんとかなんだねー?』


 アーカムの呼びかけに応じて肩のあたりから出現した銀髪の少女。


「もう俺疲れたよ」

『むむ、これはアーカムが私を必要としている⁉︎』


 膝を抱えてぼんやりと海の彼方を眺めるアーカムに対して、銀髪アーカムはやけに楽しそうだ。

 霊体と化しておりアーカム以外には知覚することのできない状態の銀髪アーカム。

 彼女はそれを良いことに完全に少年の体から抜け出すと、公衆の面前でアーカムの背後から首に抱きつくように手を回した。


「はぁ……」


 首前に来た華奢な半透明の白い手に、分厚い皮で覆われた歴戦の戦士の手を重ねるアーカム。

 銀髪アーカムは普段の黒髪アーカムのような、自身がロリコンになってしまうのを恐れてたじろぐ姿を見れなくて、逆に気恥ずかくなっていた。


 夕暮れ時、2人の男女が人通りの少ない寂しい通りで身を寄せ合う。

 正面には遥か水平線まで続く大海、そしてその向こう側へと沈みゆく夕陽ーー。

 普段ならそれだけで少年少女の距離が縮まるには十分なシチュエーションとムードとなり得るだろう。

 ただ、銀髪アーカムが思っている以上にアーカムが彼女の事を大切に思っているという事実と、陰気なトールサックの住人に消耗させられたアーカムの心が2人の距離を現状以上には縮めさせてくれなかった。


 最も、常に一緒にいて十分すぎるほどお互いを理解し、大切に思い合っている2人の距離に、これ以上縮まる余地があるのかは疑問ではあるがーー。


『そんなに落ち込まなくても、まだまだ時間はあるよ』

「はぁ。でもなぁ、ここの人たちまじで性格悪いからなぁ。いや、一括りにしちゃダメなんだろうけどさ……」

『うーん、でも話聞かないと狩人追えないしねぇ』

「だよなぁ……」


 銀髪アーカムも狩人ラオ・ファンデルを追うためには、聞き込みをするしかないをちゃんと理解している事を知り三度大きなため息を吐くアーカム少年。


『ラオ・ファンデルの剣気圧は追えないの?』

「無理だろ。狩人だぞ? 『剣気圧・無』くらいは習得してるに決まってるさ」

『だよねぇ。それに気配の色も知らないもんね』


 この異世界において超人的な身体能力を持つものは少なからず剣気圧を習得している。

 その中でも戦いに身を置く冒険者たちを遥かに凌ぐ剣気圧を使える者たちは、時に剣気圧の放つ生命のオーラの気配を完全に断つことが出来る者たちも存在する。

 もっぱら協会の狩人たちはこの剣気圧を断つ技ーー「剣気圧・無」を使えて当たり前とされているため、行方不明の狩人の捜索は一般人のそれとは違ってくるのだ。

 捜索者が気配を追える者であろうのなかろうとーー。


 結局、自分たちの足と口で探すしかない事がわかり本日何度目になるかわからないため息を吐くアーカム。

 銀髪アーカムも相棒が暗くなっている様にどことなく寂しそうな顔をしている。


 そんな困ったように眉根を寄せていた銀髪アーカムであったが、ふと視界の端に人影が映った事に気がつくと細く華奢な腕を動かしてある方向を指差した。

 アーカムたちが座るベンチの真横ーー暗く人の寄り付かなそうな路地裏から数人の男女が出てくるところであった。


「コラ‼︎ 逃げんなこの女‼︎」

「やめてッ、流石にぶっ殺すよ⁉︎」

「へへ、やれるもんならやってみろよ」


 路地裏からもつれるようにして出てきた人間の集団。

 どうやら逃げる女性と、それを追いかける男たちという、もはやなんの説明もいらない典型的な犯罪現場のようだ。

 ガタイの良い乱暴そうな男3人が女性の後を追う形。

 中でもモヒカンという特徴的な髪型をしたリーダー格の男は、分厚いローブを着込んだ女性のフードを掴んでいる。

 そして高い声のする紺色のフードを掴まれ剥がされると、中から明るい薄紅ーー桃色の髪の毛がバサッと溢れ出てきた。




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