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第12話 智慧じいさんと熱い珈琲


異世界において行方不明者捜索の基本となるのは根気強い聞き込み調査だ。

 戸籍や住所などがしっかりと規定されておらず、情報伝達技術が現世界ほど発達していないこの世界においては、「捜索」という行為は字面以上の労働力を必要とする作業となる。

 

 レザーコートのポケットに手を突っ込み足早に通りを進む。

 黒の袖口を肘前までまくしあげ、側から見たら少し肌寒そうな前腕見せスタイルで堂々とする黒髪の男。


 革靴の底と歩道の石畳みで音を立てながら歩いていたその黒髪の逞しい男は、なんの前触れもなくスッと進行方向を変えて街角の寂れたカフェへ入った。

 錆びた鉄製の椅子に、端のかけた丸い木机。

 なんとも味のありすぎる老舗感満載のカフェである。

 

「ご老人、少しお話を伺ってもよろしいですかな?」

 

 黒髪の男ーー狩人アーカムは垂れ耳のついた可愛い帽子のツバを人差し指で押し上げてそう言った。

 カフェでお茶をしていた老年の男は片眉あげて、手元の書籍からアーカムへと向き直る。

 

「む、お前さん、ここいらのもんじゃないなぁ?」

「……えぇ、まぁそうなりますね。ローレシアから来ました」

 

 アーカムは老人の言葉に嫌な予感を抱きつつも、とりあえず正直に外から来た人間である事を告げた。

 

「はは、そうか。その顔、どうやら自分の立場をよく分かってるらしいな」

 

 彼の暗い表情に、アーカムがこの街において外の人間がどういう扱いを受けるのか理解している事を、老年の男は悟ったようだ。

 男はへらへらとシワの深い薄気味悪い笑みを浮かべて紅茶を一口あおった。

 老年の男は手元の本をパタンと閉じて、本の端で傍らに佇むアーカムの胸を「トントン」という風に軽く叩く。

 

「何が知りたいんだ? ローレシアの若い男よ」

 

 アーカムは突かれる本を軽く受け止めて、意外にも会話が成立しそうな予感を得て少し喜色ばんだ浅い微笑みを浮かべた。

 

「ここ最近、僕と同じような帽子を被った異邦人を見かけませんでしたか?」

 

 アーカムは垂れ耳帽子を指差しながら言った。


 彼の被っているこの帽子は、細かい装飾は流派ごとに違えど基本的な形は同じの、正式な狩人装束として認められている帽子である。

 ラオ・ファンデルは狩人の全体3割が所属するツール流の狩人なので、問題なくこの帽子を支給されているはずだ。

 故に彼も狩人として活動をする時には、この垂れ耳帽子を被っていた可能性が高いとアーカムは読んでいた。

 

「ひひ、そうか、ひひ。うーむ、多分見てはいない、と思うがねぇ」

「そうですか。ではラオ・ファンデルという名、あるいはシータという名に聞き覚えは?」

 

 アーカムは目撃情報ではなく名前を使っての捜索に切り替えた。


 彼の尋ねたのは狩人ラオ・ファンデルの本名と、彼が狩人として任務をこなす際に使用すると思われる「狩人名」というものの2つだ。

 狩人はその仕事の性質上、本名を明かさない方が良い場面が度々出てくる。

 狩人名はそう言った際に使用されるスパイ映画で言うところのコードネームにあたるものだ。

 ただいま捜索中の狩人ラオ・ファンデルの場合、この狩人名はシータというものを使っていたらしい。

 

「ラオ、シータねぇ。いや、やはり聞いた事が無い」

「そうですか……。では、この街で何か聞き込みを行なっていたなんて人物に心当たりは?」

 

 アーカムは諦めずラオ・ファンデルの情報を引き出すべく老年の男に重ねて問いかける。

 

「うひ、ひひひ……」

「? ご老人?」

 

 突如薄気味悪く笑い出した老年の男。

 アーカムは訝しみながらもそっと老年の男に手を差し伸べる。


「いいや、平気だ。平気、だとも、ひひはは」

「……」


 差し出されたアーカムの手を遠ざけて、平然とした顔をする老年の男。

 未だに引きつったような掠れた声が喉の奥から出てきており、とても大丈夫そうには見えない。


「なぁ若いの。お前さん、わしが嘘を言っていたらどうするのかね?」


 ヒクヒクとした顔の痙攣を残しながら老年の男は愉快に笑ってアーカムにそう告げた。

 それはまるで自分がまさしく今、嘘をついているということを宣言しているかのような、嘘を見破れなかった者を馬鹿にしているかのような表情だ。


「嘘、は困りますかね」


 アーカムはまともに話せていた男に対して落胆を隠せずに重いため息を吐いた。

 

 結局、このじいさんもよそ者大嫌いってか。


「そうだろうとも。だがね、お前さんが貧者であるうちは、だーれも本当に知りたい事なんて教えてはくれないよぉ?」

「貧者……? それはどういう意味ですか?」

「うひひ、はは、自分で考えることだ。智慧は求めるだけでは得られない」


 薄ら笑いしながらそう述べた老年の男。

 アーカムは眼前の年老いた男の言葉に訳もわからず困惑した表情をした。


「ひひ、さぁ、話はおしまいだ。わしにはまだ役割が残されているからの。あひひ、ひひ」


 そう言って老年の男は楽しそうに笑いながら席を立ち、最後に冷めた紅茶をぐいっと飲み干した。

 そして杖をつきながらよたよたとカフェを出て歩き去って行ってしまった。

 

『何あのじいさん、キモ』

 

 アーカムのメロンのような肩からひょこっと顔を出して、コメントを述べる幽霊少女。


「よいしょ」

『むぎゃッ⁉︎』


 アーカムは銀髪の同居人の頭を抑えて内側に押し戻すと寂れたカフェにもう他のお客がいない事を確認した。

 そしてゆっくりとカウンターに近づいて熱いコーヒーを注文するのであった。



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