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第10話 古都とボウガンマスター

 

 アーケストレス魔術王国王都アーケストレスより南へ千キローー。

 そこにそびえるは山海の間で要塞のように建設された古の都トールサック。

 意図せず辿り着いた者は追い返され、意図して来た者も決して良い顔をして迎えられる事はないと噂される、排他的な慣習を持つ暗い街だ。

 そんな来るものを拒むトールサックはまた古代の錬金術が脈々と受け継がれ続けている土地でもある。

 数多の錬金術師は果てなき深淵への探求のため、この実態の知れない怪しげな錬金技術を求めてこの古都を訪れるのだと言うーー。


 山越え谷越え、道中で協会の「道」を使ったとはいえ長く険しい道のりを乗り越えて来たアーカムとエレナはついにトールサックへと辿り着いていた。


 王都ローレシアから出発後、関所を抜けてお隣のアーケストレスへと入国し、またまた関所をいくつか通りつつ首都アーケストレスを経由。

 そこで休憩と情報収集がてらに観光を楽しみ、噴水にコインを投げ入れたり路上の絵師に魔術を用いた似顔絵を描いてもらったり、アイスを食べてーーと、なかなかどうしてアーカムにとって楽しい道のりであったわけだが、それを差し引いても道中の山岳地帯は苦しいものがあった。

 山岳地帯は足場が悪く、グランドウーマといえど渓谷のそばで爆走するわけにもいかないので、大して長い距離ではなかったはずなのに通過するまで時間がかかってしまったのだ。

 それに加え、道中遊び疲れたのかエレナは寝てしまったり、魔物が襲って来たりと心休まる時間がなかったのだ。

 いかにアーカムが凄腕の狩人と言えど時間と緊張による精神的な疲労は避けられなかった。

 さらにそこに来てすぐ横に美女の顔があり、背中に心の強靭を削る超兵器が押し当てられ、良い匂いが充満するものだから、それはそれはアーカムの精神は疲れに疲れきってしまったのだ。


「エレナ、帰りは俺が後ろに乗るよ」

「なんだぁ。そんなに私のことを抱きしめたい?」

「いや、そういうわけじゃ……」


 アーカムはニヤニヤと笑みを浮かべるエレナを困った顔で見つめる。

 彼は帰りは馬ではなく走って帰ろうと決意した。


 出店で勝った牛乳を飲みつつミルクちゃんの手綱を手で引いて歩く。


 ーーカチッ


 アーカムが胸元から懐中時計を取り出してみれば時刻は14時を回ったところ。

 長針の指す時間から逆算し計算を始めた。


 まだ日も昇らない早朝に出発したとはいえ、道中はなかなか手こずったのが響いてるのか。

 思ったより時間が掛かったな。


 時計を懐にしまいながら嘆息して後ろを振り返る。

 空に高く昇る日の光を浴びて艶めく梅色の髪、きめ細かい白い肌、端正や顔立ちにスラッと伸びた肢体。

 初めて会った昔よりもずいぶんと美人になってしまったエレナの姿を視界に収め、疲労回復効果を期待する。

 美少女は見ているだけで英気を取り戻せる、生きた魔道具みたいな存在なのだ。

 が、しばらく眺めているうちにそもそも精神疲労と遅延を引き起こした事を恨めしく思い、彼はいつしかエレナを睨みつけていた。


「ロマン溢れる街」

「……? あぁなるほど」


 エレナは向けられる視線など気にせずに唐突につぶやいた。

 アーカムは少しばかり呆れながらも同感とばかりに周りの景色を視界に見渡すため首を回した。


 山の麓から中腹あたりにかけて、山肌にそって築き上げられたトールサックは、どこから見ても海が見渡せる景色を持っており、なんともロマンチックなのだ。

 古くから人が住み、長い時間をかけて形成されて来た都のあちこちには、増築と改修の繰り返しによっておよそ計画的ではないと思われる地形が多数存在している。

 意味のないトンネルの先にはただの行き止まりしかなかったり、明らかに細すぎる道へと住民たちが消えて行ったり。

 また高低差も酷く、街は上層部と下層部という2層構造で形成されており、一番高いところと低いところでは実に1000メートルもの差がある。

 山に造られた都市なので仕方がないのだろうが、やけに多い階段と坂道で一般人をクタクタにする天然のギミックが出来上がっているのを見ると、ここの住民には憐れみすら感じれるようになって来るというものだ。


 ほら、ちょうどあそこのおばあちゃんも辛そうに階段をーー、


「ッ、何見てるんだい? よそ者が汚らわしい視線を向けるんじゃないよ‼︎ このゴミがッ‼︎」

「ぁ、あれ……?」


 ちょうど階段を登ってきた老婆はアーカムの視線に気づいた途端に凄い形相で剣幕をまくし立てた。

 予想外の怒声にポカンとして目を見開くアーカム。

 老婆はそんなアーカムと涼しい顔をするエレナを置いて、さっさと階段を登り切り歩き去って行ってしまった。


「怖っ……。俺なんかしたの?」

「さぁ?」


 アーカムは自身を指差してエレナに問いかけた。

 が、当のエレナも何が何だかわかっていないらしく、ただ肩をすくめるだけの返答が返ってくる。

 なんとなくミルクちゃんの顔も見るが、当然馬から答えが返ってくるわけもなく軽くいなななかれるだけだった。


「よそ者、ね」

「噂通りってことかな」

「ヒヒィンッ‼︎」 


 少し考えて本部で得た情報を思い出したアーカム。

 少年は顎に手を当て合点のいった様子で、エレナは腕を組んでため息をついて、ミルクちゃんはひづめで石畳みを打ち鳴らしながらいなないて。

 それぞれこの街でこれからどのような「おもてなし」が待っているのかを容易に想像出来たようだ。


「まぁいい。行くか」

「うん」


 遠ざかる老婆の姿が小さくなった頃、アーカムたちは再び歩き始めた。


 アーカムたち一行はまず宿を取ることにした。

 捜索がどれほど長引くかはわからないので、一応の拠点となる場所を確保するのは大切な事だった。

 アーカムの愛馬のミルクちゃんは宿屋に併設された施設である裏の馬小屋でしばらくは過ごしてもらう事になるだろう。

 少し窮屈な思いをするかもしれないが、これも仕方のない事なのである。


「それじゃとりあえず2部屋3泊」


 指を3本立てて宿屋の主人の前に輝く銀貨を1枚差し出すアーカム。


「あ? 馬鹿か、よそ者。お前らは1泊につき金貨1枚だ」


 唾を飛ばされながら怒鳴られる。

 アーカムは怒鳴られたことよりも、唾を掛けられたことに不快感をマックスで感じながら袖で顔を拭った。


「ふーん、なるほど。舐めてんな」


 しかめっ面で眉間にしわ寄せた店主の言動に、つい素が出てしまうアーカム。

 アーカムはこの暴力が平気で横行する世界で誠意の無い態度や、実力のとも会わない生意気な態度が大嫌いなのである。

 そしてなんか掛けられる系は、彼にとって無条件でブチギレる要因となり得る。


「抑えて」


 すかさずアーカムの一歩前に出て静止するエレナ。

 エレナはアーカムに普段の大人びた雰囲気とは裏腹の幼稚で短気な性格がある事を知っているのだ。 


「はは、女に手綱を引いてもらってるのか? 調子に乗るなよ、よそ者。この街じゃ俺たちが法だ」

「はぁ……クッソ」


 店主はエレナの消極的な態度に勢いづいたのか、ニヤリと悪い笑みをこぼしてアーカムの神経を逆なでする。

 もしアーカムにわざわざ喧嘩を売られて、それを御する力があるのに振るわない程の、おおらかな性格あったなら、店主はきっと無傷で助かったのだろう。

 だが前途の通り、アーカムはそこまで気が長くは無い。


「おら、殺るのか? かかってこいよ?」


 カウンターの下から埃かぶったボウガンを取り出してチラつかせて見せる店主。


「め。所詮ただの人間。ムキにならないで」

「わかってる。大丈夫だよ」


 エレナの静止にアーカムは頭を冷やして懐の革袋から金貨を取り出した。


「へッ、最初から黙って言うことを聞きゃあいいんだよ」


 店主はボウガンを片手に、空いている方の手を出して手のひらに金貨を落とすように目で指示を送る。

 その態度にみるみるアーカムの瞳の温度は下がっていき、コインをつまむ指に力が入っていった。

 少年の手の高密度の筋繊維たちがみるみると力んで行く。

 そしてーー、


「あぁそうだな。最初からこうするんだった」


 ーーバギィンッ‼︎


「ぁ、ッ……⁉︎」


 金属の爆ぜるような音と共に強烈な衝撃波が宿屋のカウンターを襲った。

 アーカムの指と言う名の加速装置によって、目も眩むような初速で弾かれた輝く金貨。

 それはランプひとつしか灯りのない薄暗い宿屋を黄金の軌跡を残しながら駆け抜けた。

 そして弾かれた金属の塊は豪速を持ってボウガンを矢先から打ち砕き、完全に粉砕しながら店主の左親指と左耳をえぐり飛ばしたのだ。

 同時に店主の背後の壁に穴が穿たれ、放射状のヒビがカウンター内に広がっていく。


「ぁ、がぁぁあーッ‼︎」

「ふざけた奴だ」

「あー、もう」


 店主は壊れたボウガンを投げ捨てた。

 そして皮一枚で繋がる親指を必死に押さえながらカウンター内でのたうち回る。


「ちゃんと<<トリカボス>>掛けて置いて」

「わかってるよ。先に行ってて」


 エレナはちゃんと厄介ごとを起こした後の事後処理をアーカムに念押しして、さっさと部屋の鍵をカウンターから取って階段を上っていってしまった。


「さてと、それじゃお前はもう少し俺と遊ぼうな?」

「ふしゅるッ⁉︎ あが、やめてぇッ‼︎」


 口の端から泡を吐き出し、泣いて懇願する店主。

 先ほどとはえらくちがう態度にアーカムに満足げに頷きながら、腰から杖を抜いた。


 狩人協会がその秘匿性を維持できている大きな理由のひとつに、ある忘却魔法の独占というものがある。

 この世界において記憶を操作する魔法はとても高度であり、それ故に狩人以外の魔術師で記憶を操作する魔法を使う者はとても珍しい。

 狩人協会がかつて捕獲した悪魔、その研究によって見出した神秘属性式魔術ーー<<トリカボス>>は、魔術に適性のない者でも扱える上、術者次第で数分から数ヶ月の記憶の改ざんが可能な非常に使い勝手のよい魔法である。

 だが、その便利すぎる性質と用途の広さ故に世の中には出回っていないのであるがーー。


 アーカムは超一流とは言わずとも、神秘属性の分野においてはとても優秀な魔術師だ。

 彼が<<トリカボス>>を使ったならばきっと店主の記憶を綺麗さっぱり書き換えることが出来るであろう。



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