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貴族令嬢なんて、辞めてやりましたわ!  作者: 綾野 れん
夢幻の随に漂えば
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第51話 二つ目の太陽


 閉じていく光と音の後に訪れたものは、駱駝が砂を蹴る小気味の良い音と、過ぎる風に寄せては返す髪がこの肌に触れる感覚。其処にはつい先ほどまで私たちを喰らわんとしていた巨大ミミズの影は無く、ただ凪いだ湖面を往く子船のように砂の海を進む二艘の船があるだけだった。


「やりました……やりましたよ、メル! あいつの姿は完全に見えなくなって、こちらを追って来ているような様子はどこにも見当たりません!」

「それは何よりだわ! 本当に良く、やってくれたわね。ありがとう、レイラ」


 それから安全を図るためにしばらく走り続けた後、ずっと距離を空けて並走していたリゼの駱駝と合流し、揃って砂上に立ち留まった。


「レイラ、本当に見事でした。さしもの巨大ミミズも、あの強烈な光と音響を一度受けては堪らず自ら退いたようです。これでひとまずは命の危機から脱しましたね」

「私自身はそんな大したことは……メルが、的確な指示を私にくれたからこそ、出来たことだと思います」

「ふふ……あなたはまたそんな謙遜をして。しかし問題はまだあるわよ。ここからどのようにして、次の目的地であるフランベネルに向かえばいいものかっていう、ね。一難去ってまた一難、といったところかしら」


 フランベネルへの道筋は、其処に確かに至るための目印も含め、あの巨大ミミズに喰われたであろう御者がその全てを知っていた。しかしその道しるべを失った以上、私たちは唯一残されたこの駱駝を駆って、このアシュ砂漠から抜け出すための活路を己自身で見い出さなくてはならない。


 でもきっと、三人が持ちうる知恵を振り絞れば、何か妙案が――

 

「ん? この感じは、私の魔素……? 一体どうして……。 ――っ、まさか!」

「あれ、そんな顔をしてどうしたのですか、メル?」

「リゼ! 今すぐ、ここから離れるわよ!」

「えっ⁉ わ、分かりま――」


 次の瞬間、私たちの身体と駱駝が、蹴鞠のように大きく宙空へと弾き飛ばされ、乗っていた駱駝はそのまま近くの砂丘へと落下し、地面に強く叩きつけられた。

 ただ、そんな中にあっても、かつて私の師匠がこの心体に叩き込んでくれたもののおかげか、この四肢は反射的に生き抜くための動きを見せ、両腕にレイラの身体を抱えながら、落ちた駱駝からは少し離れた地点に着地した。


「くっ、リゼは……! ……リゼも、無事のようね。しかし、これは……」


 この眼前に相対するは、大地を呑み込むほどまでに大きく開かれた口から涎沫を噴き上げ、立錐の余地もなく密生した異形の歯牙を覗かせながら激しく猛り狂う、底無しに絶望的な暴力の塊。無論それは、とても通常の剣技が通じる相手では無い。

 どうやらこれこそが、私たちの前にその姿を現した、本当の現実。


「そ、そんな……! あいつ、音も無く、どうやってここまで!」

「レイラ、私の後ろへ……」

「は……はい……!」


 持ちうる全ての魔素を結集して、このリベラディウスに注げば、万に一つながら、この化け物が持つ恨めしい巨躯に風穴を開けることが出来るかも知れない。

 魔紋ロガエスを配置して魔導陣を形成すれば、それを利用して安全かつより強力な技が放てるものの、もはやそんな猶予は何処にも残されていないようだった。


「これから私は、あいつに向けて今出来る限りの最大攻撃を放つ。このあと私の身体から光が現れたら、全力でリゼが居る方に走って頂戴。いいわね?」

「えっ、わ、分かりました……!」

「では、行くわよ……!」


 開門の令リベルタ・エディクトゥム


 この技を使えば、一気に莫大な力を得ることと引き換えに、身体にある全ての魔導経路と神経とが、過負荷により不可逆的な損害を受けて、再び剣を握ることはおろか、二度と立つことすら出来なくなるかもしれない。

 しかし今ここでやらねば、あの二人に訪れる明日は、決してやっては来ない。


 ――ならばもはや、是非を問うには及ばず。


「……我が手に集いしは、よこしまなるものをほふらんと欲す、光の使者なり」

「メル……? あれは一体、何をしようとして……?」


 この身体――五体に存在し、魔素の入出をつかさどる、操気門(ストラータ)

 これまでは感情の高まりによって自身の魔素が暴走し、過負荷が掛かるのを防ぐべく、自ら其処に封印を施しておくことで、瞬間的に放出可能な魔素の最大量を制限してきた。それはいわば、自分に施した安全装置のようなもの。


「この躯命くめいが燃え尽き、全てが灰に散り果てようとも、死有の内より出でし意志の翼は、幽世かくりよに降るくらき途を照らす、極光とならん」

「あれはまさか、開門の令リベルタ・エディクトゥム……? いけない!」


 この解号によって操気門に施していた全ての戒めは解かれ、己の生命力までをも残らず魔素の糧として燃焼させることが出来る。一点に集約したその力が描き出す破壊の力は、恐らく想像を絶するほどのもの。今、この大口を開きながら迫り来る死から、二人の命を救う手立てがあるとすれば、唯一これ以外には考えられない。

 

 ――そして私はもう、選んだ。


「出でよ、終の光(ルクス・テルミヌス)……!」

「メル! あ、あぁ、そんな……やめて……やめてぇ!!」


 全身に莫大な魔素が流れ始め、次第に五感が薄れていく。

 そしてその全てがこの輝きに変わる瞬間、私は、光の使者となる。

 

「リゼ……ありがとう」

「メ、メルゥゥウウウ!!」

アペ――」


 その時。私の眼前に二つ目の太陽が突如として姿を現し、指呼の間にまで迫っていたはずの巨躯が、緩やかに流れ始めた時の中で、空を覆うかのように拡がった光耀の中に悉く包み込まれた。


「なっ――」

「そっちの人! それとあなたたちも! 早くこの魔導陣の中に入って!」

「あ、あなたは……?」

「詳しいことはあとで! ほら、すぐに飛ぶよ!」


 強い閃光に阻まれてその姿を窺い知ることは出来ないものの、少女のものと思しきその声にただひたすらに導かれるまま、近くに広がっていた魔導陣の内側に皆が一斉に入るや否や、急に全身がふわりと浮いたような感覚に囚われ、その視界は白の一色に塗り替えられた。


 そして時を移さずして変転した視界の先に私が捉えたものは、半球状に拡がる光炎と苛烈な爆轟とが、少し遠くに見える砂海を音も無く蹂躙している、極めて異様な光景だった。

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