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貴族令嬢なんて、辞めてやりましたわ!  作者: 綾野 れん
夢幻の随に漂えば
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第50話 驚震と閃光の果てに


「レイラ? あなた、あれが何だか分かるの……?」

「私も、話にしか聞いたことはありませんが……」


 レイラの話によれば、今から数年前、交易のためにアル・ラフィージャから出発した大規模な隊商キャラバンが消息を絶った怪事件が起きたという。当初は盗賊団による犯行だと思われたものの、後日町へ戻った唯一の生存者から得られた証言によれば、最初に隊商の前列から中列に居た人間が突如として駱駝から落下し、異変を感じた後列の人間もまたその多くが突然意識を失い、砂上に放り出されたのだという。


 それから、後列の最後尾に居たその生存者は、同様の距離にいた幾人かと共に、辛うじて難を逃れたものの、直後に周囲の地面から多量の砂塵が爆発的に巻き上がり、その中からこの世のものとは思えないほどに大きな蚯蚓ミミズのような生物が現れ、間もなく辺りに倒れていた人たちや彼らが乗って来た駱駝を辺りの砂ごと次々と吸い込んでいったため、命の危険を感じたその生存者は、無我夢中でその場から逃げ出し、一方で反応が少し遅れた仲間たちは次の瞬間、その全てが跡形もなく砂煙の中に呑み込まれてしまった、とのことだった。


 そしてその後、証言者の話はレイラたちの居た下層区にまで拡がりを見せ、事件の元凶となったその巨大な蚯蚓は、現地の旧い言葉で砂の地虫を表す、砂蠕蟲(ラムル・ドゥーダ)と呼ばれるようになったと、レイラは早口気味に締め括った。


「私たち三人も皆さっきまで意識を失っていた事実からして、レイラの知っている話とまるで同じ状況だわ……巨大なサソリの次は巨大ミミズだなんて本当、現実って一体どうなっているのかしら?」


 ――それに、あのきらきらしたものの正体は恐らく、お母様の手帳にも記されていた件の仙人掌サボテンをあの巨大ミミズが食べるなり何なりをして、そこから得た幻覚物質を何らかの方法で遠くから飛ばし、これまで隊商のような集団を余すところなく捕えていたのでしょうね。


「大変です、メル! あのきらきらしたものが、またこちらに!」

「落ち着いて、リゼ! お母様の手帳によれば、一度あの成分を吸収した後は、しばらく耐性を得られるとのことだったわ」

「な、なるほど……ともかく私たちが乗って来た車から駱駝を外して、早く逃げましょう! 今度こそまともに戦ってどうこうできる相手ではないですよ!」

「ええ! レイラ、あの駱駝の背に乗っていて! すぐに出発するわよ!」

「は、はい……!」


 それから間もなく駱駝と車とを繋ぐ革製の輓具ハーネスを剣で切断し、二頭の駱駝のうち片方に私とレイラ、そしてもう片方にリゼと彼女が車から取り出した手荷物を強引に載せ、すぐさま走り出した。車を牽いていない状態であれば、かなりの速度が出せる。


「レイラ、後ろの状況を教えて!」

「……こちらに向かって、ものすごい速度で迫って来ます!」


 ――レイラの言葉通り、背後から伝播してくる音と振動とが、次第に大きくなってくるのが私にも分かる。あの巨大ミミズ、あんな巨躯を引っ提げながらこちらを上回る速度で砂中を移動する能力があるとでもいうのかしら。全く、笑えない。


「これは、良い状況ではないわね……レイラ、あれとの距離はどれくらい?」

「このままなら、いずれは追いつかれるかと!」

「そう……レイラ、あなたさっきリゼから弓矢は受け取ったと思うけれど、私がさっきあなたに渡した法具は今どれぐらい身に付けている?」

「多くはリゼさんが持っている荷物の方ですが……手投げ弾が幾つかと、あとは強烈な光と音とを発するという球が一つだけ……」

「いいわ。一つずつで良いから、私の方にそれと矢を一緒に寄越して! そして私からそれを再び受け取ったら、とても難しいかもしれないけれど、それを弓につがえて、出来るだけ早く撃って頂戴!」

「……解りました! やってみます!」


 レイラから受け取った手投げ弾に私の魔素を込め、即座に物質変化(トランスミュート)を行うと共に、それをやじりとして矢の本体と融合させる。

 なお鏃となった手投げ弾の内容物も私の魔素によって変質しているために、その爆発効果はさらに大きくなるものの、同時に極めて不安定な物質となるため、可能な限り速やかに弓から射出する必要がある。


「いいわレイラ、これを使って!」

「はい! ん……んんっ」


 砂漠は平坦な道どころか寧ろ起伏に富んでいて、さらに駱駝が持つ特有の形状も手伝うため、それらによって生じる大きな揺れを御しながらあれに向けて精確な射撃を放つことは、狙うべき的が幾ら大きいと言えど、決して容易ではないはず。

 しかし先の巨大サソリの瞳をあの距離から見事に撃ち抜いて見せたレイラの腕を以てすれば、きっと不可能ではない。


「当たれぇ!」


 レイラが発した裂帛れっぱくのすぐ後に伝わってくる爆発音。しかしその度に振り返って見るわけにもいかないため、標的に命中したか否かはレイラからの返事を受けて確認するしかない。


「どう、レイラ?」

「駄目です! あいつ、砂の中をうねるように移動していて、顔を出してもすぐに隠れてしまって!」

「いいわ、弾が続く限り続けましょう! 状況も逐一知らせて頂戴!」

「はい!」


 耳に次々と入り込んで来る破裂音。その一方でレイラからは度々命中したとの報せが届くも、それが相手に明確な損害ダメージを与えられているかは極めて怪しいとのことで、レイラに渡せる弾もあとは閃光弾の一つを残すのみとなった。


「これで、最後よ!」

「分かりました……必ず、当てますから!」


 巨大ミミズの追跡は相当に執拗で、私たちとの距離がもはや目睫もくしょうの間にまで迫って来ているさまが、レイラからの報告を待たずして、この耳に届く種々の音から十二分に察することが出来る。あとはレイラが放つ最後の一撃に、賭ける。


「この一撃、どうか届いて……! 当たれえぇぇ!」


 それから間もなく訪れた、周囲の全てを劈くかの如く暴威を以て轟き渡る響音に鼓膜は麻痺し、世界の全てを白に塗り替えるにも等しい苛烈な閃光が、虹彩を貫いて眼裏まなうらの奥までをも焼き尽くしたかのような感覚を伝えた。


 そしてこの暈けた感覚の一切が元の状態に戻った瞬間から、その姿を現す現実が如何なる姿形をしていようと、私たちはそれをありのままに受け容れなくてはならない。たとえそれが、いかに残酷なものであったとしても。

 

 ――何かを考えるのは、この光が過ぎ去った、そのあとで。

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