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貴族令嬢なんて、辞めてやりましたわ!  作者: 綾野 れん
序章
6/155

第5話 見過ごすわけにはいかないの


 ――片膝を突き、地に触れて、直に感じる。

 身体の奥から溢れ、この右の手から拡がっていく魔素マナを。


 そしてこの広がりに接する、存在の息吹がここに返ってくる。

 その中に、私と同じ波動を伝えるものがあるとすれば、それは――


「……見つけた。まだ、そう遠くはないわ」

「本当ですか! それで、鞄はどちらの方向に?」

「ここから出て、南……国境のある方に動いている」

「なら、すぐに後を追いましょう!」

「ええ!」


 ――速歩術(スフィフト)

 私とリゼとが、学院の戦闘教練で学んだ技能の一つが、早速役に立つ。


 体内の魔素マナを活性化させ、身体能力が飛躍的に向上した状態では、尋常ではない速力を得られるものの、急な姿勢変更を行いつつ最大限の速度を維持するのは極めて困難。そこでその有り余る走力を制御するための走法が重要となる。そしてこの術を駆使すれば、いかなる目標でも必ず追い付ける。

 相手がただの、人間であるなら。


 ――それに人気がまばらなこの環境は、極めて好都合だわ。

 この常人にあらざる動きの目撃者数を、最小限に留められる。

 加えて、伸びた視程で捉える対象を特定することも、容易になるのだから。


「……いたわリゼ、あそこよ」

「相手は二人……? しかし、あれは――」


 この視線の先に捉えているものは、人の形をなした二つのシルエット。

 そしてその内の片方が、明らかに私のものと思われる鞄を抱えて走っている。

 ただ一つ首を傾げたくなるのは、相手がまだ、年端もいかない子供であること。


「待ちなさい、そこの二人」

「――ひっ!」

「ふぅ……何とか追いつきましたね、メル」


 ――ん、同じ紫の髪をした少女が二人、同じみどりの瞳を、して……?

 

 あぁ……そうか、この二人は双子の姉妹、だったのね。

 しかし、こんな小さな子たちが本当に、私の鞄を盗んだというの?

 あるいは、妖魔がその姿を偽っている恐れも……けど、妖気はまるで感じない。


「もう……あなたたち、人のものを盗っちゃだめでしょう! とにかく、その手に持っている鞄を、こっちのお姉さんに返してあげて」

「ごめん、なさい……」


 聞き分けは良い様子。こんな子供相手に、手荒な真似なんてしたくないし、こちらの言葉に素直に応じてくれるなら、別にその責を負わせるまでもないでしょう。

 ただ、どうしてこんなことをしたのかだけは、二人に聞いておく必要がある。


「ねぇ、二人はどうして、こんな事をしたのかしら? もしよければ私たちに、理由を聞かせてもらえる?」

「あの……私たち、この先にある町に住んでるんだけど……」



 ***



 ――なるほど。


 彼女たちが住む町に降って湧いた流行り病に、二人の両親が共に臥せってしまって、もとより貧しかったこの子たちは、その薬代欲しさに、此度こたびの盗みを働いたということね。

 しかもその薬は、偶然町を通りかかった行商人が持っていた、と。


「へぇ。それじゃあたまたま町に来てた、その青いターバンを被った薬売りさんが持ってる特効薬を使えば、その病気もすぐに治っちゃうってこと? それってすごい偶然ですよね、メル」

「だけどね、街中の人たちが押しよせて……薬の値段もすごく高くなっちゃって、私たちの持ってるお金じゃ、買えなくなっちゃったの」

「このままじゃ、パパもママも、死んじゃう……」


 ――現状は、町で病が広まった頃に、それを治せる特効薬を持った薬売りが、たまたまその町を通りかかった折、我先にと殺到した客の足元を見て、薬の価格を吹っかけ始めたってところかしら。

 けど、どうにも話が出来過ぎているわね……これにはきっと、裏がある。


「リゼ、国境を越えてすぐっていう、この子たちの町に向かうわよ」

「……やはり、引っ掛かりますか、メル?」

「ええ。本当なら急がなければならないところだけれど、放ってはおけないわ」


 一応、私の旅券を使って、ベルリッヒの中央駅からノイレゾント方面へ移動したように経路を偽装してあるから、時間的にはまだ少しの余裕がある。


「しかしメル、流行り病のことはどうされます?」

「流行り病といえど、体内の魔素を活性化させていれば、そう簡単には罹らないはずよ。それに、この子たちだけが元気なのも、きっと何か理由があるはずだわ」

「分かりました。それではとりあえず、二人の町に行ってみましょうか」

「……えっ? お姉ちゃんたち……来て、くれるの?」

「うん。こっちのお姉さんはね、一度こうって決めたら、岩みたいに頑として譲らない人なの。あ、ちなみに私はリゼ……で、こっちのお姉さんが、メルね」


 ――リゼ、あなた……もう少しまともな紹介の仕方は無いのかしら?

 言っていることは確かに、的を射ているように感じられるけれど。


「あっ! 私としたことが、うっかり名前を……!」

「別に構わないわ、この子たちの前ぐらいならね。次からは気を付けましょう」

「ありがとう、お姉ちゃんたち。私はエマ。それから、こっちがレナだよ」

「あの、よろしくお願い……します」


 ――長い紫の髪を左側に結んでいるのがエマで、その反対がレナ。

 何にしても、今この二人が直面している問題の根源を確かめないとね。

 こんな瞳で見つめられたら、見過ごすことなんて出来やしないでしょう。


「ええ、よろしくね、二人とも。じゃあ早速だけれど、二人が住んでいる町まで、私たちを案内してもらえるかしら?」

「もちろん! それじゃ、私たちについてきて!」


 ――ひとまず今は二人の住む町まで行って、今日の宿も取らなければ。

 この鞘から中身を引き抜くようなことが起きなければ、良いのだけれど。

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