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貴族令嬢なんて、辞めてやりましたわ!  作者: 綾野 れん
ドルンセンの町で
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第13話 彼は誰時の空を背にして


「ん……んん」


 仄かに白みの差した外光が、両瞼の上をなぞっていくのを確かに感じる。

 やがて暁闇は空の彼方へと払われて、小鳥たちが朝の訪れを告げるはず。

 けれど私たちは、その知らせよりも前に、次の目的地へと進まなくては。


「ふぁ……あ」


 ――ただ一つ欲を言うなら、もう少し経てばこの眼前に浮かび上がってくるであろう、あなたの安らかな寝顔をずっと見ていたいものね。でも、それはいつか私の心にゆとりが出来た時の楽しみとして、今はとっておきましょうか。


「リゼ……ほら、起きて。もうすぐ朝がやって来るわ」

「……あ、れ? メル? あっと……おはよう、ございます」

「おはよう、リゼ。まだ少し早いけれど、いつ迎えがきてもいいように、先に支度を済ませておきましょう」

「……はい、分かりました」



 ***



「う……思ったよりも、外は寒いですね」


 故国ロイゲンベルクに比べれば、この辺りの気候はまだ秋の中頃といったところ。とはいえ、やはりこの時間帯の空気となると、あまり優しくはない。


「やはりこの外套ケープは、あなたが羽織っていなさい」

「いえ、どうか私のことはお気になさら――」

「いいから。はい」


 ――このまま南下していけば、気候はどんどん暖かくなってくるはず。

 リゼが人一倍寒がりなのは昔からだけれど、どうかそれまで我慢してね。

 それにしても、あの馬車の前で待っているのは――


「お二方とも、おはようございます。この度は、私共の町を救っていただき、本当に感謝の言葉もありません」

「おはようございます、町長さん。わざわざこんなに早くから、私共わたくしどものためにご足労いただくことなど、ありませんでしたのに」

「何を仰いますやら。本当なら町人総出で、お二方には最大限のおもてなしをさせていただきたいところなのですが、お話によればのっぴきならない事情がおありとのことで……大変、残念です」

「いえ、とんでもありませんわ。私たちはこちらの馬車を用意して下さっただけでも、身に余るほどですから」


 ――町長さんの気持ちはとても有難いものだけれど、状況が状況なだけに、私たちにはここでゆっくりとしている時間の余裕はない。しかしそれでも、次の目的地への移動手段を融通してもらえたのは、本当に願ってもないことだった。


「それではどうか、お気をつけて。またいつか必ず、こちらにおいでくださいね。何もないところですが、その時には町をあげて、お二方を歓迎いたしますよ!」

「ええ。私たちも、次にまたお会い出来る日を楽しみにしておりますわ」

「さようなら……町長さんも町の人たちも、どうか……お元気で」


 ――やはり、辛いわよね、リゼ。

 いつかまた必ず、あの二人の顔を見に、この町に戻ってきましょうね。



 ***



「次に向かうザールシュテットという所は、このラスズール地方でも一際大きな町で、前にも話したと思うけれど、グラウ運河を管理している貴族が居るらしいわ」

「えっと……その運河の閘門こうもんを開く許可をそこでもらえれば、現段階での最終目的地であるフィルモワール王国への最短ルートが開ける、という話でしたよね」


 ――しかし国は違えど、貴族というものが一筋縄でいくような相手ではない点だけは、ロイゲンベルクとも何ら変わりはないはず。何とか、こちらの身分を明かすことなく、交渉の糸口を見出すことが出来ればよいのだけれど。


「しかしよりによって、相手が貴族だとは……何とも皮肉ですよね、メル」

「ええ。けど現実ってそういうものよ、リゼ。本当……最も関わりたくないものに対して、こちら側から接触しなければならないだなんて、笑えないわよね」

「時に私たちの国だと、民間人の方から貴族側に声を伝える機会自体、ほとんど無いように思えましたが、こちらだとその辺の事情はどうなっているのでしょう?」


 ――確かに、懸念すべき点はそこにもあるのよね。

 それは、町に住む貴族と民間人との距離が不明瞭な点。

 少なくともロイゲンベルクでは、その接点が希薄だった。


「運河自体は、ザールシュテットの町人自体も利用しているだろうから、私たちのところとは、また事情が違うとは思うけれど……確かなことは判らないわね」

「そうですよね……上手い具合に事が運べばいいのですが」


 とりあえずは町に到着次第、宿の確保を行って、情報収集をするほかない。

 そうしていればおのずと、今は掴めない両者の距離感も見えてくるはず。

 相手側との接点を見いだせれば、その入口を拡げる余地はきっとある。


 加えて、交渉の機会が仮に得られたとしても、相手側が閘門を開いて、グラウ運河の利用を許可することと引き換えに、私たち二人に一体何を要求してくるのかは、まるで想像がつかないけれど、そんなことは今ここで考えていても仕方がない。


「まぁ、出たとこ勝負ってものよ……きっと、なるようになるわ」


 ――ここから目的地へと続く道筋は、一つだとは限らない。

 例え向こう岸が遠くても、この目に見えているのなら、必ず辿り着いてみせる。

 

 私たち、二人で。

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