ボーイミーツボーイ前編
何年前かと聞かれれば回答するには憚られるが、彼が少年だった頃の話になる。
「リュート、お母さん買い物に行ってくるから、ソレイユのこと頼むわね」
「うん」
《リュート》には双子の弟がいた。ファンタジーではありがちな忌み子と言うようなものはこの世界ではすでに迷信であるが、親も人間であれば当然贔屓目は存在する。
病弱で誰かの手を借りなければろくに外に出れない幼い《ソレイユ》を村人たちは王子だと揶揄したが、《リュート》が働ける歳になってからは、家族で交代しながら弟の面倒を見るようになったが、仕事で泥まみれの兄より小綺麗な弟をひかくして王子と呼ぶようになった。
病弱といっても普段は健康だがいつ発作が起こるかわからない。突然咳き込んだかと思えば喉をヒューヒューならしながら痙攣する弟を背負い中央の診療所まで連れていく、平和ボケした村人たちは鍵をかける習慣がないどころか。鍵というものが存在しない。
ノックもせずに診療所の病室に入り弟をおろすと診療医を呼びにいく。
「みゃくはく」「にょーさんち」
弟の診察に出てくる言葉を復唱しながら。いつもと同じように。
「かるいほっさですね、いつものおくすりだしておきますね」
と。そこまで真似しなくてもいいのだが。
「《リュート》は勉強熱心だね。そうだ、医者になるつもりがあるならうちの子にならないか?」
「えっ、いいの?」
と、目を輝かせて答えた。先生の言葉が冗談だったのか、本気だったのか確かめるすべはもうない。
その夜、炭鉱から帰ってきた父親が、深刻そうな顔をしていった。
「実は、家に風呂を造ろうと思ってるんだ」
「何いってるのよ、大衆浴場があるでしょ?水道代もバカにならないし、スタンプ10個で無料で入れるのよ?スタンプカード10枚でアヒルちゃんがもらえるのに。ソレイユの病気の事もあるし……」
当然家計簿の鬼が反論する
「わかってる。俺だってアヒルちゃんは欲しい。でもな大衆浴場はダメだ」
「……だからなんで?」
父親は顔を青くする。
「出るんだ…ハードゲイが」
「ハードゲイが何よ金になるならネコでもタチでもやってこいよ、《ソレイユ》がかわいそうだと思わねぇのか?殺すぞ」
「……」
ちなみに母親の仕事は賞金稼ぎである。隠し持ってたナイフを父親の喉元に突きつけいつも通り喧嘩は終わった。
殺伐とした平和な日常だった。
《リュート》まさか自分が売り飛ばされるとは想像していなかったのだから。彼の目には両親は子供を大事にする素敵な父親と母親に見えていたからだ。
変態じゃない人間っているのかな?