倶利伽羅姫 二
「うぬはここで終わりじゃ」
倶利伽羅姫はそう言って銃口を僕の背中に向けたまま構えている。
「待て。僕は味方だ。先程、鬼没の工作員と戦っていたではないか」
「国術院の学生なれば、二人一組のはず。うぬがいうことは信ずべからず。わが館へ連行せん」
「しかし……」
「これより問答は無用じゃ」
先ほどの倶利伽羅姫の長い髪は、伊達に長くはなかった。左の人差し指を僕の背中に触れさせ、渦を巻くような仕草をすると、そのとたんに彼女の黒髪が僕とふた振りの剣を縛りあげていた。
暗闇の中をどう歩かされたのだろうか。遠くからだんだん滝の音が近づいて来た。
「そこな穴を降るるべし」
「そこと言っても、階段も何もないですが、どうやって?」
「問答無用じゃ」
倶利伽羅姫は僕を穴へ放り込んだ。穴の中で長く響く僕の悲鳴。落ちることはなかった。途中で長い髪で縛られたままぶらりぶらり。倶利伽羅姫の長い髪は彼女の腰のあたりで留められ、そこから僕は吊り下げられていた。
「動くなかれ。逃げんとせば、結いし髪が緩みて穴の底へ激突すべし」
はるか上に小さくなった穴の入り口が見える。下は漆黒の闇。僕はその中へ溶け込んでいくように下ろされていく。下がるほどに大きく響く砕け散る飛沫の音。何も見えない闇。深い奈落へ下るほどに、吹き上がる飛沫と湿った風。結界の強さは感じられるものの、今は何もできない。滝つぼに着いて上を見ると、もう誰もいなかった。
すでに倶利伽羅姫は僕の横に降り立っていた。僕は素早い動きに驚いた顔をしていたのかもしれない。
「まさかという顔なれど、まだまだぞ」
あっけにとられている僕を、倶利伽羅姫は無造作に滝つぼ横の洞穴へ押し込んだ。
「ここな穴より脱出すべからず。結界の中心、太極渦動の中心なれば」
僕が感じた結界の強さは、結界の中心にいたためだった。
「それではこの剣もここでは強いわけだ」
そう言うと、僕は背中をわずかに動かし、先ほどの抜き身の剣の刃先を触れさせ、倶利伽羅姫の髪の拘束を切り落とした。
「この剣はあなたに返します。ほら、受け取れよ」
倶利伽羅姫は後ろに飛びのいた。僕が拘束を簡単に解いたことと、結界の強さを生かして倶利伽羅剣を扱ったこととに驚いている。
「そは倶利伽羅剣ぞ。なぜにうぬは?」
倶利伽羅姫は怒りに任せて洞内の剣や石を僕に飛ばしてぶつけて来た。
「待て、そこまでだ」
地の底から響く太い声があった。戦うことをためらっていた僕は、一息をつくことができた。次の瞬間地から這い出て来た龍の顔に肝をつぶしていた。僕にとっては初めて見る龍だった。
「姫よ。お前に預けた剣はどこか」
倶利伽羅姫は先ほどまでの勢いは何処へやら、急に態度がおかしくなった。やんごとなき方のようなの言葉遣いも消えている。
「そんなの知らない」
「お前が必要だというから預けたんだろうが! どこへやった!? おうっ、その男が持っているではないか。なぜだ。その男は誰か!?」
「知らないよ。父さんが私に預けたのがいけないのさ。その男が勝手に使っているんだ!」
「なにをぉ」
龍は怒りのあまり炎の渦を巻き始めた。炎の勢いは僕を洞窟の外へ。僕は転がると同時に立ち上がって双剣の構えをとった。
「そこの男。私は倶利伽羅不動、商伽羅の眷属だ。なぜ倶利伽羅の剣を持っているのか? さてはそれを盗みに来たか?」
「い、いえ。僕は国術院の学生です」
「父上、この男は面妖です」
僕はまだ信用されていない。
「また、これだ。僕が言っても信頼してもらえないなら、これ以上ここにいる意味はありません。せっかくこの剣をお返しに上がったのに」
僕がここまで言うと、龍の方は怒りの色を消していた。
「国術院といったな」
「そうです。僕はアサシンの卵であり、レッドカトリックのメンバーです」
「なるほどな。しかし、お前には、タブラカス結界に活躍する魔操者とは違う匂いがするぞ。国術院の学生といったが、なぜ二人組ではないのか」
「実は二人の間に出来たものがあり、それが原因でこちらに来ているのです」
「まあ良い。剣を返してくれたことには礼を言う。しかし、この倶利伽羅の剣を使えるとは、通常の国術院の学生ではないだろうよ。正体を明かせ」
そう言って岩壁に押し付けられて大の字に括り付けられてしまった。
「お前が言う国術院の学生なら、これからの仕打ちに軽く耐えられるだろうて。私はこれから巡回に出かけてくる。今のうちに降参しておいた方が良いぞ。姫の追求は厳しいからな」