Aloof girl
「そこの倭人の女。俺の女になれ」
僕も、このような自信満々の態度と言葉を聞いたことは無かった。僕は触らぬ神に祟りなしと考えた。西姫がこのままデスマスはずもないと思い、恐る恐る西姫の顔を盗み見た。西姫は、意外にも、尊敬すべき先輩の声がけでもあったためか、困惑しながらも黙ったまま通り過ぎようとしていた。無視されたと思ったアーチャラーは西姫の肩へ手を伸ばした。
「お前に呼びかけてんだぜ」
・・・・
入学をしてからすでに三カ月経った。例年の春は、すでに修練を終えた先輩たちが戻ってくる時期でもあった。途中から編入学した僕や西姫も何回かの試験、演武会を過ごしている。一年生はこういった実践的な訓練と座学を経て、三ヶ月後には帝国の各地域へ三年間程度の修練の旅行に派遣される予定になっている。
国術院の生徒達は、歴代、煬帝国中の達人が各地から選抜されて入学していた。それ故に、三年間の外修練から帰ってきた先輩達は修練の場を通して立派な若者に育ったものと期待されていた。しかし、中には、修練の場で鼻柱をへし折られることがなかったまま大きな態度で闊歩し、女と見るとまるで所有権を主張するように横柄な態度をとるようになった勘違い男もいた。今年、そのような先輩のターゲットとなるのは、背が小さく物珍しい青い目の西姫だった。
また今日も………。ウルミを腰に巻きつけていた大男が、鍛錬の休み時間に西姫をからかいに来ている。男の名はアーチャラー・ボースと言った。彼はその直前まで、ウルミを使って演舞をしつつ自信満々の報告会をしていた。
「そこの倭人の女。俺の女になれ」
自信満々の態度と言葉。僕は恐る恐る西姫の顔を盗み見た。
「俺に適う奴はなかなかいないぜ。このウルミの届く範囲に入ったやつらで、生きて還った奴はいない。それに俺の結界チャッカリ―を破るやつもいまいて」
西姫が黙ったまま通り過ぎようとすると、無視されたと思ったアーチャラーは西姫の肩へ手を伸ばした。
「お前に呼びかけてんだぜ」
西姫は呼び止めた大男をマジマジと見つめて、言い放っていた。
「何言ってんの。自分の顔を鏡で見ておとといきやがれ」
「この女、俺の言うことが聞けねえのかよ」
「誰が聞けるっていうのよ。ろくな技もないだろうに」
「おい、それなら俺の技を少しでもよけられたら、認めてやるよ」
そういうなり、アーチャラーはウルミを連続的に繰り出していた。確かにウルミはしなやかな奇跡を描いた。しかし、何度繰り出されてもウルミが西姫の機敏さに追いつくことはなかった。そして、蹴りと剣とでウルミの剣群を全て撃ち折ってしまった西姫は、倒したアーチャラーの左腕を骨折させ、ねじ伏せた右腕の上に立っていた。
「あ、あのぅ。西姫さん?」
「誰だよ、あんたに名前を呼んでいいっつったのは?」
「じゃあ、権様、彼が痛がっているから下りてあげて……」
西姫は不満そうに僕に食ってかかってきた。
「なんだよ。こいつが喧嘩売ってきたんだ」
「そんなことはどうでもいから。それに彼も一応先輩なのだから……」
僕は、西姫を引き摺り下ろし、その手を引いて更衣室へ連れて行こうとした。その時は激昂した彼女をなだめるのが精一杯だった。
「ここは学校なんだぜ。先輩もいれば、先生もいる。目上の人は尊敬の姿勢を示すものだよ」
「ふーん、理不尽な仕打ちを受けてもか」
「防御はいいけど、打ちのめすのは行き過ぎだよ」
「防御なんて、ずっと我慢し続けることだろ。ゴメンだね」
「しかし、あまりに圧倒的に打ちのめしている。目立ち過ぎだよ」
確かにやりすぎだった。次の日、アーチャラーの学年担任のウパデーシャ・ラーマン師範が、錬成場に怒鳴り込んできた。
「世間知らずのじゃじゃ馬はおまえか?」
西姫はその大声が自分に向けられたものであることを、充分承知していた。しかし、彼女は我関せずという姿勢をとり続けている。遠くの戸口で指導をしていたチャイヤサーン師範が、ラーマン師範に対応していた。
「何事ですか? ウパデーシャ」
「ソンタヤー。あのじゃじゃ馬は君のところの学生か?」
「そうです」
「ありゃ、秩序というものを知らないし、礼儀というものも知らないようだ」
「ウパデーシャ……。あの娘は特別な子だ。この学院に来た時に、すでに剣拳槍はもちろん、結界術まで使えていた。また、霊剣操まで暗唱出来ている。この前は共鳴迄も……」
「何? 共鳴も? 相手は誰だ?」
「それは彼だが……」
チャイヤサーン師範は、ためらいながら僕を指し示した。
「こんな瘦せぎすが? この男は頼りないし、栄養不良じゃないか?」
僕は両親がいなかったためにあまり栄養状態はよくなかった。それでも、鳴沢は僕をここへ連れて来ている。
「でも、彼はアサシン筆頭の鳴沢が連れて来た少年だ。また、彼女もしかり」
ここでようやくラーマン師範の目に、警戒の色が浮かんだ。
「ということは、二人はそれぞれが化け物なんだろ? あの娘を単独で歩かせないほうがいい。それと、そこの少年!」
僕はまた厄介なものを背負いこむのだろうか? ラーマン師範とチャイヤサーン師範の二人が、西姫と僕とを立たせ、怖い目を向けて来た。
「お前は、度々あの娘といっしょにいたな」
「はい」
「お前があの娘の行動を規制しろ」
「そんな、無茶な」
押し問答をしていると、鳴沢が姿を見せた。
「何か大騒ぎをしていますね。何事ですか?」
チャイヤサーン師範が事情を説明している。鳴沢は目の色が変わり、西姫を見て、僕を見た。
「宇喜田くん、君が面倒を見れば良いではないか」
「ここは、彼女の行動を規制するべきだ、とされるところではないのですか。まさか、僕に面倒を見ろというのですか」
「今までやっているじゃないか」
「心配だから、たまたまやっているだけです」
心配という言葉に、西姫はピクンと眉をひそめた。彼女は何も言わなかったが……。そんなことがきっかけで、僕と彼女とを二人組にして鍛錬が行われるようになった。
僕と西姫の倭人同士が二人組になって三ヶ月がたった。その組み合わせになってから、講義室でも二人は隣同士で座らされていた。通常、組みとなるのは同じ郷里のもの同士である。それ故に倭人同士ならうまくいくであろうという配慮で、また、西姫をなだめられるのも僕しかいないということで、八月に西姫と僕は組にさせられていた。
十七歳の夏が過ぎる頃、僕たちの学年は、国術院のカリキュラムに従って三年間帝国内の各地へ派遣されることになった。僕と西姫の派遣先は、東瀛の京都だった。
派遣壮行全院生集会の時、派遣学生を前に訓辞をする学院長の横で、チャイヤーサーン師範はこれまでにない不安そうな顔色を浮かべて二人を見ていた。その後、集会が解散した後、僕たち二人は、予測通りチャイヤーサーン師範の執務室に特別に呼び出された。
「権学院生、参りました」
「宇喜田学院生、参りました」
「二人ともおはいり。座ってください」
僕たち二人は「また何かやらかしたかなあ」と、記憶を辿りつつ師範の言葉を待った。
「君たちは教えもしないのに、霊剣操を体得していたらしく、勝手に二人で共鳴させたことがありますね」
これで呼び出しは十二回目になる。三ヶ月の間にこれほど呼び出されるとは。僕はさすがに辟易していたが、西姫は平気な顔をしている。
「それから始まって、学院内でのいざこざは三回、先輩達への不敬四回、外のギャングたちとのいざこざが四回。そして、今日は派遣前の戒めになります」
西姫は、また説教かよ、という顔をした。しかし、その時に師範の「前向け」という怒号が飛んだ。それとともに、師範の声は厳しかった。
「君たち二人は、確かに努力もしているのでしょう。だからこそ伸びも著しい。前世の記憶が、いや前世から能力を引き出しているのもしれません。または、後世の能力を引き出しているかもしれません……。しかし、その獲得した能力は、渦動結界秩序の維持に用いるべきものです」
言葉が続く。
「知っての通り、我々帝国の周囲の国々、そして帝国内部の各地で、テロ、つまり破壊工作が盛んになりつつあります。既に台湾と、東瀛の九州に近い沖縄まで倭寇の手に落ち、今では鬼没旅団の拠点となっています」
「倭寇は、今やインド太平洋一帯に広がっています。一度は我が帝国と大規模な戦闘を交えたこともあります。彼等の颪しの技の前に我々の大規模な戦闘群が無力だったのと同様に、我らの神邇様達の結界の中では彼等の戦闘群も無力化されてしまいます。戦闘力では互いに相手を屈服させられないことを、彼等も我々もよく認識しています。だからこそ、彼等は工作員を帝国に送り込み、我々は工作員を滅するためにアサシンを育成して来ました」
「アサシンとして能力向上の著しい君達には、その沖縄の東の果て、東瀛へ行ってもらいます。そこは、君達の故郷であるとともに、帝国においても、渦動結界においても要なのです。……。ただ、能力向上の著しいということは、感性というか、感受性が豊かであることも意味するのです。ただ、それは若い君たちを互いに惹きつけあいかねない。しかも、教えもしないのに操の共鳴さえ示しています……」
師範は一息置いて、言い渡した。
「だから、派遣先は京都にしたのです……。君達はあってはならないことをしでかすに違いないのです」
「引き付け合うってか?」
「どういうことですか?」
師範はためらいがちに小さく指摘した。
「互いに…好き合って互いに対して…、してはならないことをし合うようになるということです」
「まさかあ。こいつと? こいつ、臭いやつですよ」
「この暴力女と? それに乳臭いんですよ」
「なんだ、この野郎。そんならおめえはいつも汗臭いよ」
「そちらだって相当なものですよ。いざこざから羽交い締めで引き剥がす時に、いつも汗臭いと思います。手を握って引き剥がしても、汗で腕がヌルヌルプニプニしているし」
「こっちだって手を握らしてやっているんだ」
「でも、この娘は、他のところだってプニプニだから嫌なんですよ」
「なんだぁ。他のところをさわったって? 立派な変態だね」
師範は慌てて割って入った。
「静かにしなさい!。まだ説明の途中です。だから、あなたたちには、監視の目がある京都の学院茶房を基地にしてもらいました」
「ふーん」
その通りになった。