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レユニオン 寂静の中の再会

 西姫は、杭州府へ帰国する煬帝国水上艦隊に伴い、レッドカトリックの拠点ゴアへ立ち寄った。 鬼没旅団や倭寇の一団は、機動力のほとんどを失い、煬帝国への武力侵攻の能力を失っていた。さらに、煬帝国の陸上戦力はほぼ壊滅したものの、上陸強襲艦や戦闘艦群は健在だったこともあり、東海(東シナ海)や南海(南シナ海)、インド洋などにおける倭寇の水上敵対行動やゲリラ活動も心配する必要がなくなっていた。一般の海運は回復され、再び平和なひと時が来ていた。西姫の任務も解除され、自由な時間を与えられた。


 西姫は、ゴアの地でしばらく何かを考えこむようになっていた。ゴアからチェンナッパッタナムを訪ね、また海を越えて、帝国外ながら、啓典の言葉を求めてレユニオンの旅も重ねていた。何かを求めて、何かの答えを求めていた。


 西姫は、過去の激しい愛の相手、秀家の言葉が心に刻まれていた。

・・・僕は、世界における本来の生きる形を求め続けてきた。帝国のいう生と死の繰り返しは、単に苦しみを繰り返すだけの輪廻転生。それは死に続けることだ。啓典の民として、創造主において生きることこそが本来の生。豪姫よ、光の源に帰れ。・・・

 彼女は一時、香港のレッドカトリック本部を訪ねたことがあった。本部の職員は、国術院卒のアサシンが直接訪問してきたことに驚いていた。

「…それはつまり、『啓典の民として、創造主において生きる』ということをお調べなのですね」

 職員は、本部に保存されている書簡類を調べようとした。しかし、長らく開かれていなかった書簡類は、すべてが砂のように崩れていた。かろうじて伝えられていた伝承は、煬帝国や国術院の事情に都合よくねじられ、天草で学んだ教えの片りんさえも読み取ることができず、秀家の言葉はなぞのままだった。


彷徨いの旅は、西姫をレユニオンへ導いた。 天空へ火を吹くフルネーズ山は、山のあちこちからの火が、あの日秀家と見えた時を思い出させた。他方、プラージュ・ド・ブカン・キャノでは深い青の海面に、夫秀明とともに過ごした天草の時を思い出した。頭ではわかっていても、はるか昔の男への愛を、そして今の夫への愛を違和感もなく思い出してしまう。その思いに混乱したまま、しばらくの時をこの島で過ごしていた。

『啓典の民として、創造者において生きる』。その言葉は、彼女が僕と若い時を過ごした長崎の地で聞き覚えたことのある言葉だった。それを思い出した時、ふしぎな風が西姫の体を通り抜けた。


・・・・・・・・・・・・・


 六星と名乗る老人、いや神殿トカゲは、僕を乗せたままインド洋を陸伝いにレユニオン島まで行きついた。かつて古代の啓典の民たちがダウ船と呼ばれる商船で往来していた航路だった。

「秀明、荒らす憎むべきものと天の大軍とが激突した今、今後は裁きの時となる。フルネーズ山。目の前の大地、天空に火を噴きあげる大地を見よ。これは、ケデロンの谷でお前がクビルと対峙した時の風景じゃ。これからもお前たち二人は火の中で対峙し続ける。そして、いずれは決着をつける時が来る」

 僕は、クビルの向こうに見えた女の姿を思い出して呟いた。

「豪姫・・・・」

 そうつぶやけば、豪姫との時を取り戻せるのではないかと儚い夢を見ていた。それを見た神殿トカゲは僕をそのままプラージュ・ド・ブカン・キャノへ導いた。界面の深い青が目にまぶしい。それは、西姫と僕とが過ごした天草の海の色だった。

「台湾と沖縄の民たちがペルシアとともに粉砕された今、彼らの背後に控えていた世界の啓典の民たちは力を失ったように見えるじゃろう。しかし、彼らの祈りは聞き入れられている。必ず再び力を得た民たちが立ち上がる。そのために、お前が生かされる時だ」

「これからのお前の活躍にはあの女が深く関係する。あの女とは対峙するばかりではないだろう。あるいは、お前の妻との再会が何かを得させるように導いてくれるかもしれん」

 秀明は、思わず海へと走り寄った。海に戯れれば西姫と会えるという幻、いや儚い祈りがあった。

 気づくと、秀明は一人海岸に残されていた。


・・・・・・・


 懐かしい声が聞こえた。僕にとってそれは西姫、西姫にとってそれは僕。

僕はひとり呟いていた。

「どこで西姫と会えるというのだろうか。まさかな」

 会えるなどとは思っていない。しかし、もし会えたら話をしたい。懐かしい顔を眺めていたい。亜麻色の髪、青色の目を眺めていたい。そう思った。しかしそれ以上恋焦がれることを止めようと、心を海から空へ移した。しかし、その空にさえ西姫の笑顔が浮かんでしまう。

「西姫・・・・」

 そう独り言を言った時、その後ろに小さな声が聞こえた。


 海岸で西姫の体を通り抜けた不思議な風。それが運んできた声。

 海岸には、西姫のほかに男が一人いるだけだった。その男が独り言を言っている。その声が西姫の名を呼んだ。

「西姫・・・・」

 その声に思わず返事をしていた。小さな声だった。

「秀明・・・」


 僕と西姫の二人は、自分の目を信じられなかった。目の前に確かに相手がいる。そんなバカなことがあろうか。ユーラシア大陸から離れたこの小島で、しかもこの海岸で、誰もいないのに、相手だけがいる…。

二人は、再び相手の名を呼んだ

「西姫」

「秀明」

 かつて嵐の海で呼び合ったように。また、天草で別れを惜しんで呼び合ったように。互いに手を取り、抱き合ったのは言うまでもなかった。また語る言葉もなかった。


・・・・・・・



「天草へ帰りたい…」

 しばらくたって二人はそう思った。こうして二人は、辺境の東瀛の九州、天草 大江軍浦の部落へ向かった。あれから、三十年ほどたっていた。それでも丘の上の大江のお御堂は、白亜のままの姿を見せてくれた。


「どなたですか」

 若いマードレが声をかけてきた。

「私、昔ここで過ごしたことがあるのです。大切な教えを忘れてしまったような気がして・・」

「そうですか」

 マードレの柔らかいまなざしは、昔僕と西姫とを迎えてくれたその時のマードレと同じものだった。

「もしかして、昔私と会ったことがありますか」

『いいえ、あなたは初めてお会いする方ですよ」

「そう・・・」

二人は少し肩を落とした。

「何でも聞いてください」

「まだ聞くべきこともわからないのです」

 僕たちの返事は必死なものだった。

「それならば、ご一緒にお祈りをしませんか」

こうして、僕たちはこの地にふたたび長逗留することとなった。


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