荒らす憎むべき者
火に包まれた武器が帝国軍の陣営に落ちてくる。陣地中央に座っていた鳴沢は、大声で戦線にいる西姫を呼び戻した。
「はやくここに来い、はやく!。上を見ろ。上空から武器が落ちてくる。この一帯が火薬で吹きとばされる。火の海になるぞ。」
西姫は上を見て恐怖した。全天に吹き上げられた銃剣や重火器類が火を噴きながら落下してくる・・・。
僕は、上空全天を占めた重火器類を一瞥して、状況とその危険をすべて理解した。
「絶姫、先に行け。早く離脱しろ。」
はるか先を絶姫が走り、それを追うように僕も避難民のいる丘へ駆けあがる。
「みんな、丘の陰へ、頂上の向こう側へ避難して。」
僕の大声が伝わったのか、避難民が一斉に岩山頂上の向こう側へ、そして下へと避難していく。その一番後ろが僕だった。最後の僕が頂上を超えて岩場に隠れた時、爆風が来た。地上で爆発と火の海が一瞬にして谷に広がる。それとともに、爆風は周囲の剣を四方へ投げつけるように吹き飛ばす。谷に広がっていた帝国軍の陣営は、次々に火の海に飲み込まれ、剣の舞う中に崩壊していく。すでに逃げおおせた兵士たちは、後ろから迫る爆風でさらに遠くへ吹きとばされた。しかし、逃げきれなかった帝国軍兵士たちは、全てが熱線で蒸発し、火で薙ぎ払われ、突き刺され、あるいは黒くなった。帝国軍は壊滅しつつある。
そのはるか頭上では後続の落下物が続いている。空中で火薬が爆発し、あるいは地上で爆発する。それらが周囲の剣をさらに四方八方へ投げつけるように吹きとばし続ける。爆裂音と金属音、高温、そして火炎流のような上昇気流が生じ、辺りは地獄の様相となった。
僕は目の前の火の海に怖気づいていた。
「この世の終わり・・・・。大魔アザゼル、彼を打つのは今。」
絶姫が思わずつぶやいた。それを聞いた僕は絶姫を振り返った。
「絶姫、今、目の前で起きている爆発が目に入らないのか。あの火の海の熱さをわからないのか。このままでは、ここに残っている僕たちだって生きて帰れないぞ。」
その言葉を裏付けるように、火の海の上を踊るように歩き回る怪物たちがこちらへ向かってくるのが見えた。いや、それらはまつろわぬ神邇たちだった。地上の人間だった者、残骸を手のひらに掴み上げては呪いを発するが如くに、遠い地上に投げつける。彼らの背中から増幅する結界は、火の朱色に染まって怪しく赤黒く輝く。絶姫は、それを突破してアザゼルに迫ろうという。
「彼を打つなどと…。まず、僕たちも逃げないと…。」
しかし、絶姫は火に向かって走り始めている。
火の海の向こうには、いつ建てられたのか、また再建後に破壊を免れたのか、神殿の幻の姿があった。その神殿を愚弄するかのように鳴沢が立っている。
「秀明よ。ここにいたか。」
はるか上方から声が響いた。鳴沢の声だった。
「お前たちはここで果てろ。」
「そうはいかないわ。」
「そうさ。絶姫、共鳴!。」
僕と絶姫は、目の前の剣を取り上げ、息を合わせて剣による霊剣操を共鳴させた・・・はずだった。
「無駄だ。その威力は私に由来するものだ。」
鳴沢はそういうと、姿を異形のそれに変えた。
「お前たちが俺を相手にするのか。ほほう。われこそ商伽羅。またの名を帝国の基サゥヴァ。この世を統べるマケイシュラ。大天使アザゼルぞ。俺がお前たちを相手にするはずもない。お前たちを相手するのは、こいつらだ。」
その言葉と同時に、火の海の上にうごめいていた神邇たちが僕と絶姫に向かって押し寄せてきた。
神殿を愚弄する鳴沢を見た僕は、思わず大声を出した。
「下がれ、サタン。」
その時、全天を輝かせる大軍の姿が現れた。
「わが子たちよ。私は雄々しくあれといったではないか。」
その言葉は、その中の一人から発せられた。その途端、僕と絶姫の前に迫ってきた神邇達の大軍に、天の大軍がおそいかかった。赤黒く広がる軍勢に、輝く軍勢が中央を突破して二つに引き裂いていく。
「わが名はミカエル。今、あの道を進みて大魔アザゼルを打て。」
輝く戦端に、道が開かれた。僕は夢心地となって、異形の鳴沢に向かって走った。
「絶姫、あとをたのむ。私はこの時のためにここに来た。今は、さばきの時。」
「父上、私も……。」
そう言っている間に僕の体は絶姫の目の前から、引き上げられてしまった。
僕は神殿の近くまで飛ばされ、そこで鳴沢を正面でとらえた。そのまま二人は睨み合うと、鳴沢は大剣を構え、僕は細身の刀を鞘に収めたまま構えた。僕の姿ははるか昔の形相となり、目を開けず思念の中に次に来る動きを見定めた。それは「『聖霊動ずるところに、光を生じ一気発動し闇に勝て万物を生ず』ること、空刀を得た瞬間だった。
時が止まったように感じた。目の前に六星老人が揺らぎながら僕を見ている。
「空刀とは何でしょうか。」
彼の疑似声音が僕の頭に広がった
「人をうごかす、そして活かす刀じゃ。」
「『活人』ということでしょうか。」
「それに限らぬ。お前は活かされる者。まずお前が求めるべきことは啓典の主の国と義、すなわち秩序と正義じゃ。」
「秩序と正義・・・。」
そう思った時、丘の上に幻のような神殿が見えた。それと同時に消えつつある声がさらに告げた。
「さすれば、必要なものはすべて与えられる。」
はっきり見えたものは神殿トカゲだった。彼はそこから僕の方にスルスルと歩み寄ってくる。
「私じゃ!。」
疑似静音が響くと同時に、僕も駆け寄った。僕は巨大な神殿トカゲに助けられながらその背中に立つと、そのトカゲは疑似声音を使って話しかけてきた。
「私じゃ。六星じゃよ。私は神殿トカゲ、即ち神殿たる秩序の中に棲む知恵者のひとり。闇に勝りてお前を助けるために来た。今は正面を向きなさい。」
正面には、巨大な龍が大剣を構え、こちらを迎え撃とうとしている。その恰好から、その龍が先ほどまで鳴沢だったことが分かった。
「トカゲに乗るもの。この虫けらの虫けらよ…。俺がわざわざ相手をするまでもない。さあ、クヴィル。出でよ。」
呼ばれて再びクヴィルが現れた。九本の巨大な尾と龍のような体つき。その中に、一瞬女の姿が見えた。それは、先だって見えた豪姫に違いなかった。
「豪姫!。」
僕がそう呼んだとき、クヴィルは動きを止め、目を覚ましたように僕を見つめた。
「あ、あなた…。」
「そう、僕だ。」
二人は互いを見つめて凍り付いたように動かなかった。
「豪姫。」
「秀家様。」
………………………
「クヴィルよ、なぜ動かぬ。」
鳴沢が叫んだ。
「彼女は動かぬ。あの彼の前では、な。」
天の万軍の将が、上空から鳴沢を嘲笑しつつ振り返った。
「お前は誰だ?。」
「将たる者、名乗る前に自らの名を名乗るべきであろうが。」
「なにを。それならば名乗ってやろう。この名を聞くものは生きて帰れぬと知れ。俺こそは、大天使アザゼル。」
「それなら私を知らぬわけはなかろう。堕天使アザゼルよ。」
「俺を『堕天使』だと。お前はここで滅びを迎えたいらしいな。」
「そうか?。」
「ま、まさか。」
「そうだ、私こそ大天使ミカエル。アザゼルらよ。下がれ。下がれ、サタン。今こそ、裁きの始まる時ぞ。」
ミカエルは、光の槍と剣を持って鳴沢、つまりアザゼルを追い蹴散らしてしまった。谷を見下ろす丘の上に残ったのは、先ほどの無言の二人だった。
「豪姫、今までどこに。」
僕が問いかけをした時、乗っていた神殿トカゲはこれから何が起こるのかを予測したように、その動きを止めてくれた。クヴィルの燃えるような九本の尾の上で、女が揺らめいている。
「秀家さま。あなたこそ、帝国以前からこの方、この長い間、どこにいたのですか。」
「僕は、君を求めていた。何度も何度も。あの帝国の中で、その外で。しかし、君が消え去り、帝国が建国され、その長き歴史が重ねられている今、僕は君のことを諦めていた。」
「私も、あなたを求め続けたわ。離れ離れになりました。でも、民のための帝国を成せば、或いはあなたに会えると思っていました。いま、私は夫のある身。夫と帝国のために此処にいるのです。」
「豪姫、なぜ帝国に付き従うのか。今の夫とは誰なんだ。」
「私はクヴィルとなり、永遠の旅人となりました。今の夫と民のために帝国を為し、民の救いのために身を捧げた者ゆえに、私が帝国の敷石となったのです。」
「つまりは、帝国のために生きているのか。」
「わたしの今生きるは、今の夫と民のためです。あなたこそ、今までどこに。」
「僕は、帝国の中にいた。世界における本来の生きる形を求め続けてきた。その道の途中で妻と子供を得た。ところが帝国のいう生と死の繰り返しは、単に苦しみを繰り返すだけの輪廻転生。それは死に続けることだ。啓典の創造者に於いて生きることこそが本来の生。娘はそれに気づいて帝国を捨てた。反対に妻は、帝国の尖兵となって行方知れず。豪姫よ、迷いの中から光の源に帰れ。」
「貴方はその中に生きているのですか。私は帝国の中に生きる者。わたしは破壊され尽くした帝国の力を再建し、その力で今まだなすべきことがあります。あなたの言葉には従えない。」
その言葉とともに、僕の乗った神殿トカゲは向きを変えてしまった。
「豪姫!。」
振り返った僕の問いかけに、豪姫であるクヴィルもこちらを一瞬振り向いた。
「貴方も御壮健で。」
そう言って、クヴィルは消えつつあった。
「帝国の力の再建だと?。待ってくれ。」
そう問いかけたのだが、クヴィルは答えずに消えていった。
………………………
月のない夜。神殿トカゲはその巨体を暗闇に沈めて僕たちを見つめている。彼の疑似声音は、暗闇に座り込んでいる僕と絶姫の頭に響いていた。
「わが子たちよ。裁きの時が始まり、お前たちにはそれぞれの道が開かれる。」
「秀明、すでに霊刀操を活用する身となったお前は、これからも何度も憎むべき敵アザゼルの前に立たなければならない。戦いの際、お前の胸は引き裂かれる、何度も何度も。それはあの帝国の中で味わった苦い思い出を繰り返すのと似ているが、さらに胸を貫かれる思いとなろう。」
「絶姫、お前は霊刀操を用いつつ、旅に出でよ。それがお前自身の道を開き、将来の人間の救いを開く。」
絶姫は、ジャラールとともに僕の前から旅立っていった。
「どこへ向かうべきかは、わからないわ。それを探りながら放浪することになるわ。父上も、ご壮健で。」
「絶姫、僕は君に父親らしいことをしてやれなかった。何も・・・・。」
「いいえ、こうして目の前に来てくださりました。今後への道を開くことに力を注いでいきます。そのきっかけをあなたが下さったのです。」
僕はトカゲに乗ったまま、絶姫たちを地中海の海岸まで見送りに来た。そこからは、小アジア、欧州へと続く道を行くのだろうか。
ふと銀河を見上げた。僕の中に戦いの頂点で見えた豪姫と呼ばれた女の姿が、離れない。西姫を妻に持ちながら迷ってしまったのか。
「あれは、『豪姫』。僕が西姫と会うはるか前、いや、僕が今の帝国の世に生まれる前に知っていた、いや愛していた娘だった。西姫、君は今どうしているのか。君に会って、君を愛する心を取り戻したい。」
神殿トカゲは僕を乗せたまま、夜の闇へ消えていった。
…………
クヴィルの変化を解いた西姫は、鳴沢の去った痕を歩いていた。その心をとらえていたのは、太古の昔、クヴィルと呼ばれるよりはるか前に愛した秀家の姿だった。
「秀家様が目の前にいらした・・・・。でも今私は夫秀明を愛するべき身。そうでなくても、倶利伽羅不動様に心を動かしてしまったこともあるのに…。私は秀明を愛さなければならないのに。秀明、あなたは今どこにいるの・・・・。絶姫も・・・・。皆、敵に走ってしまった。私は鬼没旅団に家族を取り去られてしまった。必ず、あの旅団を壊滅してやる・・・。」




