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無茶な座学と実技

 誰かが裏返った声で、声をかけてくる。

「こら、宇喜田秀明。起きろ」

 何か鋭いものが飛んでくる気配。それは赤い稲妻。うとうとしながらその稲妻を避けると、曲がってくるわけでもなく通り過ぎる。背後にどすっという鈍い音が聞こえる。

「よけられるほど起きているなら目を開けろ」

次は、直接こぶしが俺の頭を直撃した。

「いてえ」


 ・・・・・


 鳴沢の放課後の補習は、毎日一対一で行われた。厳しい口調に変わった鳴沢の声。反射的に居眠りをする僕。そのたびごとに、近くの壁に掲げられた剣を投げてくる。そのたびに、寝ている俺は反射的に避けているらしい。しかし、そのあとのこぶしはあまりに近くからくるので、寝ている僕では逃げられない。


「いてえ」

「寝るんじゃない」

「体罰反対!」

「いたければ目覚めるでしょ」

目の前の鳴沢は、いつもとは違う。単なる暴力教師だ。僕はたかが居眠りしているだけの高校一年生なのだが。

「よく聞けよ。藤原五星という道家の一人が飛鳥の代に書き記した霊剣操の真理に関する一節。覚えろよ。

『霊は精神なり。霊剣とは陰陽未分の剣にして渾渾沌沌たる所の一気なり。易曰闇と淵の水の面を無極動きて陽を生じ静みて陰を生じ一気発動し陰陽分れて万物を生ず。剣を直に立るは渾沌未分の形陰陽有て万象を生ず。故に是を陰陽剣生れと云う。』

 これで初めて剣を使うことができる。この言葉がないと、荷が勝ちすぎて剣を持てない。次に、

『先ず己が情欲に同て敵を屠て敗退を思はず。心中の陰剣と陽剣と一致になりて千変万化の業をなす。再び剣を直に執るは万物一源に帰する形に表す。』

 剣を使う際に、この言葉で剣の真の姿が露わになる。最後は、

『此気を墨家に明鬼神(祖先神)と号し帝鴻氏是を太一と名づく。我朝 魔醯首羅マケイシュラと称す。始もなく終もなく火に入て焼けず水に入て溺れずと死て滅びざるとを以て当流未来までの執行とする者なり。然りと虚ろに得て言べからず。耳に得て聴べからず。心に得て会し自得して知べきなり。』

 これで剣に沿う心を強くし、反抗する心を圧倒できる。どうだ、覚えたか?」

 この教師は、僕が天才でこの程度の呪文などすぐに覚えられるとでも思っているのだろうか。

「どういうことですか。これは単なる古文じゃなくて、呪文ですか?」

 今やらされていることは、亡き父が僕に叩き込んだ修験道の座学よりひどかった、そして鳴沢はまるで修験道の導師だった。ということは、実技もあるのだろうか?


「今は、このメモを見ながら唱えるしかないね。次に行こう」

「まだやるんですか?」

「今まで居眠りしてきたから、取り戻すのに時間がかかるのさ」

 いやな予感は当たった。やはり、この後は実技の練習だった。武器の倉庫に連れてこられているのだから、いきなり武器を使うのだろうか。


「さて、武器を選んでもらおう」

「でも、僕はせいぜい修験道の真似事しかできません。修験道だって『修行して迷妄を払い験徳を得る修行をしてその徳をあらわす』ことにすぎませんし。武器は使いませんし、使えません」

「でも、眠ったままで剣を避けることができたじゃないか」

「え、先ほどの…。先生は僕に剣を投げたんですか。死んじゃうじゃないですか」

「死なないよ。刺さらないから」

「刺さったら死んじゃいますよ」

「君は無意識に避けていたよ」

「怖いから、やめてください」

「それなら、居眠りするな」

鳴沢は僕をにらんだまま、言葉をつづけた。

「さあ・・・、武器を選んで」


 目の前に並べられた武器は、弓、ボーガン、ブロードソード、サーベルから名前のわからないものまで並べられていた。此処からなんの知識もない僕に選ばせるのだろうか。

「これからの戦いにどんな武器が妥当かを考えてくれるかな」

 答えるのは面倒だった。ましてや考えるのは面倒だった。

「戦ったことがないんで。わかりません」

 やけになってふんぞり返って居眠りをしようとしたら、鳴沢はまた何かを投げてきた。不思議に目をつぶっていても、少し動いただけでやり過ごすことができる。

「考えてからものを言いなさい」

 鳴沢は僕を追い詰めながら詰問調で質問を繰り返している。


俺は観念して考えながら答えることにした。

「戦いの主力は飛び道具だと思いますが………」

「確かにそうだね。だから、戦闘部隊の主力を占める通常の警備兵や兵士ならば、弓、ガン若しくはランチャーだろうね。でも、これからアサシンとなる君の戦いは、隠れて破壊活動をする工作員たちとの騙し合いになる。濃厚な気の中で近くに潜みあい、互いに音もなく襲撃し倒す戦いだ。息吹と呼ばれる敵の風に対抗して、際限のない打ち込みで相手を仕留めなければならない。その場合は、銃弾に限りのあるガンでは不利だ。近接戦闘用の剣が良いということになる」

「でも、相手が離れてしまい、こちらに反撃してきたときはどうするのですか? 離れたところにいる敵に対して、圧倒的に不利ですよ」

「先ほど、剣の真の姿を説明したよな。つまり、離れた敵、隔てられた敵にこそ、剣の真の姿が生きる。たとえば、陰陽の剣を合わせ回せば、敵のいると予測した未来のそのポイントへと打撃が届く。いずれにしても使い回すには、バランスが良いものが必要だ」

 その説明は妥当な示唆のように思えた。


 鳴沢の助言に従い、僕はバランスの良いサーベルを選んだ。

「さて、よいものを選びましたね。それでは剣一般の握り方、構え方をおぼえて」

「剣の握りはこうです」

「構えの仕方は、十通りあります。第一は・・・・」

 実技は剣のにぎり方、構え一番から十番の構えまでを仕込まれた。それらは、ブレードソードにもレイピアにも共通したものである。今まで経験したことも想像したこともない剣さばきまで。たとえば、剣の表裏の刃先を利用する応用技まで仕込まれた。色々な構えから繰り返しまた往復させる打ち込み方の中に、いくつかでも有効打があれば良い。そのような教えだった。

 補習のはずの放課後はその後もずっと武術の訓練と霊剣操に明け暮れた。と言うのも、鳴沢の印象はすっかり変わり、いやになったと言う顔をしようものなら、何をされるか分からないオーラが周りに漂っていた。こうして、二学期は過ぎ一九六一年は終わった。

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