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さすらいのオンゼナ

「ここに、あの娘がいる」

 オンゼナは、長く探し求めていた絶姫の匂いを蘭州市の街角で見出していた。

「今度は逃がさんぞ。前回はアチャに邪魔されたが、西姫と絶姫は俺の獲物だ」

 気ままなオンゼナは、ただ西姫と絶姫とには頑なにこだわっていた。

「まずは、若く育った絶姫を味会わせてもらおう」

 そう口走りながら、オンゼナは深夜の暗闇に身を溶かし込んだ。


 ・・・・・


 真夜中に、ジャクランが僕の部屋を訪ねてきた。

「忍び込んでいる敵を感じている。帝国のアサシンではない。移動する結界だ。霊廟に納められている太極は移動させるのが難しく、結界が移動するなどということは経験がない。どんな太極を用いた渦動結界だろうか。いずれにしても、神邇の誰かがこの内部に忍び込んでいる」

 僕も、見知らぬ神邇の結界を感じていた。今まで感じたことのある帝国のどの神邇達の者とも違い、移動する結界。それも渦のベクトルがまるで逆方向だった。

「そうですね。この結界の中心は動いている。つまり、一定位置の霊廟を持つ帝国の神邇ではない者の渦動結界・・・。だれだろうか」

 蘭州市の鬼没旅団解放区本部の建物は、数人の帝国アサシンを拘束していることもあって、警戒が厳しいはずだった。しかし、それはアサシンに対する物理的な警戒であって、結界を持って移動する神邇達を想定していない。工作員ならば、容易に神邇達を圧倒できると考えられたからだった。

「この神邇は帝国側ではないのか。今のこの建物ではこの結界には無力だ。拘束されている君たち帝国のアサシンたちがふたたび力を得てしまうだろう。だから逃げていくならば、追わないよ。追う余裕もないだろうしな。しかしあんたは、あんたの娘、絶姫と戦う気なのか。この際よく考えろ。絶姫がなぜ今のような立場を選んだかを」

「逃げてもいいのか」

「ああ、君のことは絶姫に任せてある。俺はこの渦動結界の正体を暴いてくれるわい」

 僕はジャクランの提案を受け入れ、絶姫の部屋をノックした。

「絶姫、起きているか」

「ええ、私、この結界を覚えているわ。オンゼナよ」

 その返事を聞いた僕は、事情を聴こうと絶姫の部屋に入り込んだ。

「入るよ…。オンゼナ? 誰だい。そいつは?」

「幼い時の私と母とを狙った神邇。帝国側の上司に追放されてさすらいの神邇となり下がった化け物よ」

「さきほど、ジャクランが迎撃に出ていったよ」

「彼が・・・・。大丈夫かしら」

「どうしてだ?」

「彼は渦動結界を破る吹き颪の剣を持っているけれど、一定の場所にとどまっている渦動にしか効果がないのよ。しかも・・・・、この渦動は通常の渦動とは逆のベクトルを持っているわ」

「それが分かるのか…」

 絶姫の持つ検索能力は、僕の能力と少なくとも同じだった。しかも彼女は剣の未知な扱いもできる。これは、僕と西姫との子供であるが故の特殊な能力なのだろう。僕はそう思いながら周辺の気の乱れを少しでも捕捉しようと、自らの気を周りに埋没させた。絶姫を連れ出して逃げるタイミングを見計らうために…。


 ・・・・・


 ジャクランは、抜身の吹き颪の剣を持ちながら、蘭州市の街を巡った。

「とらえた。はっきりと、これは移動する渦動の中心。そこだ」

 ジャクランは、自らの吹き颪の剣による攻撃が、一定位置にとどまった渦動にしか効かないことを認識していた。それ故に、吹き颪の先端が移動する太極にちょうど衝撃を当て続けられるように計算しながら、剣を振り下ろした。計算通り、渦動が粉砕され、その中に包まれていたオンゼナの体があらわになった。彼はしきりに手を広げたり、印を結んだりするような動作を繰り返していた。手の10本の指には、以前10の欠片にされた太極の欠片が、一つの指に一つずつの指輪となってはめられていた。彼はおそらく太極の欠片を自由に組み合わせて、自由に結界を制御しているようだった。


「誰だ。俺の邪魔をするのは」

「帝国の手先め。この解放区で自由にはさせない」

「ほほう、単なる人間が俺を邪魔だてできるのか」

 オンゼナは青龍弓によっていくつかの矢を空に向けて放つと同時に、朱雀の剣でジャクランを襲った。ジャクランは吹き颪の剣で対抗した。

 二人が剣と剣を交える姿は、剣圧によって乱される気の波紋を受けて、離れたところにいる僕も絶姫も感じ取ることができた。両者は互角。しかし、ジャクランは巧妙にある位置へと誘導されている。そう感じられた。

 それは確かに罠だった。ジャクランはある位置に誘導されると、再び復活したオンゼナの渦動結界の真ん中で、空から最高速で落下してきた数本の矢で両腕と両足を射抜かれた。それを感じた僕と絶姫は同時に部屋を飛び出していた。

 オンゼナの渦動結界が再び勢いを取り戻しつつあった。このままでは、吹き颪の剣を使えないジャクランは、命を取られてしまう。今はその時ではない。僕はそう感じていた。

「絶姫は、ジャクランを助け出して本部へ戻れ。僕が霊剣操を操するよ」

 ジャクランに振り下ろされようとしたオンゼナの朱雀の剣。僕は霊剣操によって、オンゼナの手からその剣を奪い取った。

「誰だ。絶姫と…男?」

「お前に名乗る名はない」

 僕は、朱雀の剣を上段に構えつつ、絶姫とジャクランに本部へ戻るように言った。

「霊剣操を使ったな。お前は…国術院の秀明だな」

「よくわかったな」

「おのれ」

 長い間のにらみ合い。長い間、二人の間には動きがなかった。仕掛けたのは僕のほうだった。その動きを見たオンゼナは、青龍弓から矢を放とうとした。

「そうはさせるか」

 僕の投じた朱雀の剣は、まっすぐに青龍弓の弦を切り裂き、手元に戻ってきた。

「しゃれたことを」

 そう言い残してオンゼナとその渦動結界は僕の目の前から消え去った。


「父上!」

 控えめな呼びかけがあった。絶姫からの呼びかけだった。彼ら二人を本部に戻したことは逆効果だった。

「父上、師匠ジャクランは瀕死です。そして、私は金縛りになってしまいました。油断していました」

「今そちらへ向かう」

 僕は大急ぎで絶姫の部屋へ飛び込んだ。そこには、金縛りのままオゼンナにもてあそばれている絶姫がいた。激高した僕に、オゼンナは嘲笑しつつ声をかけてきた。

「ここでは、渦動結界を使わないよ。それでも朱雀の剣は俺のものだからね」

 この言葉と同時に、僕の手から朱雀の剣はオゼンナのもとに引き上げられていた。僕の手には、短剣があるだけだった。

「絶姫!」

 絶姫は、僕の呼びかけの意味を悟っていた。それと同時に僕と絶姫は、霊剣操を共鳴させ始めた。周辺のすべての剣、そしてオンゼナの手にあった朱雀の剣がすべて僕の手におさまった。

「おのれ。それならば、ジャクランをいただく」

 オンゼナは、ジャクランを抱えると一瞬にしてかき消えてしまった。


 感じられるのは、急速に動く渦動結界の気配。オンゼナは渦動結界を再び確立している。不利であることを悟ったようだ。

「渦動結界の中で、霊剣操を共鳴させよう」

 僕は、走りながら絶姫に沿う呼びかけた。

「それはどういうこと?」

「共鳴は知っているね。渦動結界の中での霊剣操は、結界中のすべての剣をこちらの自由にできる。奴の渦動結界は渦動を反転させたものだ。反転させた渦動結界での共鳴はやったことがない。もし、反転した渦動を活かして共鳴を強められたら、それによってオンゼナを混乱させることができる」


 移動する渦動結界の中心に向けて、僕と絶姫は共鳴を同調させ、勢いをつけて朱雀の剣を投げおろした。それはオンゼナの足を突き刺した。

「お前たち・・・・。国術院の秀明…。俺は一度は帝国の神邇だった。その神邇を敵に回すのか。そして絶姫…。帝国を離れた俺を抹殺するのか。俺はさすらいだ。なぜだと思うか。それは、帝国に真実がないと知ったからだ。かといって、鬼没旅団は陰陽の渦がない空っぽの集団だ。それなのに、お前たちは帝国のため、鬼没旅団のために働くのか。愚かな奴らだ・・・・。俺はやられはしない。ジャクランを身代わりに逃げさせてもらうよ」

 オンゼナが何をしようとしているのかはわからなかった。問答の時間はなかった。

「時間がない。このままオンゼナめがけて突っ込みます」

 絶姫が合図をするとともに、僕と絶姫は霊剣操を操じながら渦動結界の真ん中に飛び降りた。結界の中で共鳴が起き、オンゼナの持つ朱雀の剣を中心に無音響爆発というべき爆裂が生じた。オンゼナの右腕と上半身は吹きとばされ、残ったのは瀕死のジャクランだった。


 ・・・・・・・


「オンゼナのいったことが引っ掛かっている。帝国のアサシンとして働くのが正義なのか。それともそうでないのか。わからなくなった」

 絶姫を前にして僕は悩んでいた。

「私も、何が正義なのかはっきりわかっているわけではないわ。ただ、その答えを知っている人を、たぶん私は知っています。彼はヒンドゥーの死の山地のケンジャン峠の谷あいに住んでいます」

「ヒンドゥーの死の山地?」

「この名はペルシアによる地名だそうです。ペルシアの人であれば、わかる人がいると考えています」

「そうか。それならその人を訪ねてみたい。多分それなりの時間を要するだろう。いい機会だ。しばらく帝国からも、旅団からも離れてみないか」

 僕と絶姫の心の中に、今までの自分たちの行動と、本当の正義とは何かという疑問との間で、葛藤が生まれた。その真理、それを知るために旅に出ようとしていた。それは、帝国からも、旅団からも追手が付くということを意味していた。

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