女たらしの父とじゃじゃ馬娘
「絶姫様。こんなところで眠っていらしたんですか。この牢の男は女たらしですぞ。若い女とみると、すぐに口説き始めるんですよ。あなたもご存じのはずではないですか」
朝、牢の外ではこんな衛兵の声が聞こえてきた。それと同時に、牢のドアが開かれた。そして、牢の外で僕の手を取ってほおずりしていたのは、ジャクランの連れの女だった。
「あなたが…宇喜田秀明? まさか、あなたが・・・・。それに、父がこんなに若いはずがない」
「お前が絶姫・・・? 幼児のはずなのに・・・。こんなに大きくなっているはずがない・・・・」
俺と絶姫はしばらく互いを見つめながら、考えをまとめようと必死だった。
確かに互いの素性を知ることができた。ジャクランの連れの正体の分からない若い切れ者、それが娘の絶姫だという。他方、霊剣操を使いこなす若い男、それが僕だった。だが、絶姫は僕にとってまだ幼い5,6歳程度の幼児であるはずだった。またたぶん、絶姫にとって、父親の僕は理想化された三十代の男のはずだったのだろう。現実には、絶姫は妙齢の少女に育っており、僕は若いままだった。
「あなたは、私を口説き続けていたわ」
「そっちだって、乗り気だったじゃないか」
「実の娘を口説くなんて…。たぶん、若い女とみれば見境なく口説いているんでしょ。私の父は、立派な男だと思っていたのに」
「そちらこそ、父親をあんな色目で見ていたなんて・・・。しかも、今は不潔なものを見るような目でにらんでいるではないか」
開け放した牢の中で、絶姫と僕は戸惑いの言葉と言い争いを止められなかった。気が付くと、牢の入り口の背後に、ジャクランが僕と絶姫とを覗き込んでいた。
「感動の親子の再会なのだろう? とはいっても、親子の年齢がこれほど近いと、戸惑うのは無理もないな。しかも、両方とも妙齢だしね」
僕は、戸惑いながらジャクランを見つめた。言外になぜなのかを知っているかという思いを込めて。
「君たちは、かつて帝国側のアサシン一家だった。だから神邇たちの作った神域、つまり渦動結界の中心部で長い間過ごしてきたこともあったのだろうね。特に、宇喜田秀明、君は多分どこかの神域で十数日間ほど過ごしてきたのではないか。神域は神邇たちがこの世に長くのさばるための巣穴のようなところだ。だから、その神域の中では一日が外界の一年に相当する長さなのだよ。互いに目の前の現実を受け入れたまえ。いずれにしても君たちは家族なんだぜ」
ジャクランが僕と絶姫とを家族だと指摘したことは、確かに妥当なのだろう。様々なことが整理できぬまま、僕の上に一度にのしかかってきた。放心しているような絶姫も同様なのだろう。それを見たジャクランが控えていた衛兵に指示を出していた。
「絶姫とこの囚人、失礼、絶姫の父親にそれぞれ部屋を用意してやってくれ。もちろん、この囚人には逃げられないようにして、な」
・・・・・・・・・
二人に用意された部屋は隣り合っていた。家族水入らずで過ごさせるというより、絶姫に僕が逃げられないように見張りをする役もさせたのだろう。
絶姫は僕にとって現実を知るまでは、きれいな若い魅力的な娘だった。脱出の工作のためならば、目の前に女がいれば口説くのが常套手段だった。本来は人を選んで口説くのだが、まさか実の娘を口説き落とそうとしていたとは・・・・。
絶姫の部屋からは、ときおり叫ぶような大声、物を投げる音が聞こえてくる。ティーンエイジャーの典型的なヒステリーだ。ふつうの父親なら距離を取って避けるのだろうが、僕はそういうわけにもいかなかった。早急に話をしたかった。
「入るぞ」
僕は、かつて妻と接したやり方を思い出しながら、絶姫の部屋へ入っていった。妻は困った顔をすることはあったが、いつも返事をしてくれたものだ。ところが中には、驚いてひきつった顔が見えた。いきなりの悲鳴。なぜだと思った瞬間に、枕やら衣類やら下着やらが飛んできた。殺気まで感じた僕は、自分の部屋へ慌てて逃げかえった。
絶姫にとって、父とは名ばかりの若い男がいきなり飛び込んできたことが驚きだったのだろう。頭では家族だと割り切っていても、体はそう理解していない。単純に若い男、口説きに来た不潔な男という印象をぬぐえていなかったらしい。
「西姫だったらあんな格好していたって、何でもないのに」
僕の感覚での三年ほど前、たぶん現実には20年以上前なのだろうが、天草での西姫との甘い日々を思い出していた。そんな思いにふけっていると、半裸の絶姫が僕の部屋に憤怒の表情で飛び込んできた。その半裸身の姿は西姫そのものだった。思わず西姫を思い出した僕に、絶姫は冷や水の連射のような言葉を浴びせてきた。
「なんでいきなり入ってくるのよ。若い男が若い女の部屋に、いきなり入ってくるなんて非常識よ。それにあなたは父親なんでしょ。娘の部屋にいきなり入ってくるのが父親なの? ああ、母から聞いた父親は、とてもかっこよかったのに。とても礼儀正しい男のはずなのに。なんて父親なの」
「だって、家族だから・・・・」
「家族だから? 何言っているのよ。この前まで、口説き落とそうとしていたくせに。実の娘を、よ。さっきだって今だって、私を呆けた目で見つめているし」
「いや、とてもきれいだから…。西・・・」
僕は母親の西姫に似ていてきれいだと言おうとしたのだが。
「また口説こうとしているのね。それが娘に対する言葉? あきれたわ」
絶姫は、僕を父親だと思い込もうとしている。しかし、それができていない。僕は僕で、妙齢の絶姫に西姫を重ねてみてしまう。
そして、二人は家族のはずだった。




