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記憶にある筆跡と匂い

「名前を教えてくれないかな」

 僕は、目の前の少女に問いかけた。しかし、彼女は首を振るだけ。

「じゃあ、せめて年齢だけでも教えてくれないかな」

「いいわ。今は十六歳よ」

「僕は十九歳だよ。帝国の国術院を出ている。この僕が君を知らないなんてね」

「そうなの? あなたは若造のくせにそんなに偉い人なの?」

「霊剣操を使いこなせる上に奥義も理解しているアサシンは、国術院はおろか帝国でも数えるほどしかいない。そんなアサシンを僕が知らないわけがない。また、噂にならないはずがない。でも、君のことを知らない。聞いたこともない。君は、どこで霊剣操を習ったんだい?」

「それは教えられないわ」

「誰に止められているんだい。あんたの師匠のジャクランか」

「あなたは、神邇なの? もしかしてオンゼナなの? でも、霊剣操を唱えられるなら、国術院の出でしょうね。それならオンゼナではないわね」

「オンゼナは、今でもまつろわぬ神邇。帝国でもその好き勝手な行動を問題にしている。そう、確かに僕はオンゼナではないね」

 絶姫は、帝国側に返すつもりのないこの男に、父母の名前を知っているかを聞きたかった。しかし、その質問は目の前の敵の男に逃げられた際に、彼女自身の素性を帝国側に知られることを意味した。それは帝国側にいる父母の安全を脅かすことにもなると思われた。

「あなたの出身は何処なの?」

「それを言ったら、君も何か答えてくれるかい?」

「私が尋問している立場よ。頑固な囚人ね。それなら、私たちに雇われないかしら?」

「どうかな。いまはお断りだね」

「それなら、もういくら聞いても無駄ね。この牢で数日ぐらい頭を冷やしてみたらいかが?」

 彼女はそう言って地下牢を行ってしまった。


 ………………………


「ほら、食事だ」

 ジャクランは僕の牢に食事をわざわざ運び込んできた。

「今のうちに遺書を書いておくんだな。情報源にならないのなら、生かしておいても仕方ないからな」

 覚悟していたことだから、遺書は素直に書いた。もちろん素性のバレるようなことは 書かなかった。

「僕がせいぜい書き残すことは、霊剣に身を殉じること、そして霊剣への賛美だな。素性のわかるようなことは書かないさ」

 僕はそう言って遺書を書き終えた。


 ………………………


 牢には数人の帝国側アサシンが捕らえられていた。洗脳を施すことなく生かしてあるのは、何らかの情報を得られる間だけである。

「師匠、帝国のアサシンが書く遺書とは、どんな特徴があるのでしょう。何か、特別な教育などを受けているとか、何か分析できましたか」

「ああ、彼らは非常に用心深いエージェントだね。出身地や親族への文書など、ほとんど書いていないね」

「見せていただけますか」

「ああ、いいよ。牢に今捕まえているアサシンたちについて、君にも分析してもらおうと思っていた。持って行っていいさ」

 絶姫は、いくつかの文書を入れた箱を受け取り、自室に戻った。夜のとばりが一体を覆っている。唯一、月明かりだけが窓から差し込み、かろうじて文書を読み取ることができた。

 多くの文書がサヨナラの言葉もなく書き終えられている。彼らは帝国に準じて死ぬこと、輪廻再生によってもう一度生まれても帝国のために生きると決意している。それを読み終えた絶姫は、帝国の成し遂げた輪廻再生が罪深いものと感じられた。

「死んでももう一度生まれ変わるって? 輪廻転生? 苦しみをいつまでもあきらめているなんて。なぜそんなことを・・・・」

 その中に、ふと懐かしさを覚えた紙切れがあるのに気付いた。筆跡と匂い。それは、幼いころ母が枕元においてくれた、父の手紙と同じ字体であり、同じ匂いだった。

「ここの牢に、父が捕まっている?」

 絶姫にとって、それは思いがけない事態だった。次の日まで待っていられない。絶姫は自室を寝間着のまま飛び出していった。


 ・・・・・・・


 夜の牢を照らすのは、小さな蝋燭と月明かりだけだった。絶姫は、書簡に記載された牢の番号と照合して、目当ての牢に近づいた。

「宇喜田秀明様」

 僕は驚いた。暗闇の中で突然名前を呼ばれることは予想していなかった。すべての素性がばれた、と思った。

「どうしてその名が分かったのだ」

 僕は寝起きのせいか、くぐもった声になった。

「私にはわかります」

 暗闇の中、牢の外にいた女、つまり絶姫はそう答えた。

「この筆跡とこの匂いは、私の父のもの」

「まさか、絶姫か。なぜこんなところにいるんだ。お前もここに収容されているのか」

「いいえ、今の私は鬼没旅団の工作員です」

 僕は、驚きの上に、裏切られたような思いを持った。

「西姫の話では、ジャクランにさらわれたと聞いた。確かにジャクランは凄腕のエージェントだ。敵わなくて当たり前だ。だから、鬼没旅団に身を置いているのか」

「いいえ、帝国の渦動結界の構造とそれが不幸をもたらしていることを知って、今は自らの意志で鬼没旅団に所属しているのです」

 渦動結界の不幸という絶姫の指摘は、少なからずショックだった。帝国への疑念を初めて覚えた時でもあった。

「そうだったのか。しかし、それはお前が自ら決めたことなのか。帝国による不幸を知ったというのか。それなら何も言わない。自分の道を全うすべきだ」

 暗闇で顔は見えない。しかしドアの隙間から手を絶姫のほうへ差し出すと、冷たい頬があてられたのが分かった。絶姫の顔なのだろう。帝国から離れた絶姫。その絶姫を前にして僕は心が乱れていた。心が乱れるままに、僕は娘である絶姫と今までの時間を取り戻すように過ごしていた。


 ・・・・・・・


 次の日の朝が来た・・・・・。

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