とりしらべ
いつまでも、この娘は追いかけてくる。秘密を握られてはまずい。直感がそう教えている。不案内な洞の中で道に迷ったらしい。行き止まりへ追い詰められた。
「オンゼナ。あなた、私のこと覚えていないの?」
「さあね」
「八幡宮で私を襲い、母を襲い・・・・」
この若い娘が何を言おうとしているのか、僕にはわからなかった。また、相手に積極的に情報を与える必要はなかった。
「そう、それなら打ち伏せたうえで力づくで聞きだしてやるわ」
結界のないところでも二人が霊剣操を共鳴されれば有効な戦いの手段になりうる。僕一人ではいかんともしがたい。袋小路のこの場所で、かすかに渦動結界の残存が感じられた。ここは結界の中心だったらしい。僕は霊剣操を唱え始めた。共鳴はせずとも痕跡程度の結界内であれば、勝機がある。そう思った。ところが、相手の若い娘も霊剣操を唱え、共鳴が生じた。
共鳴が生じると、周りのすべての剣をふりまわすことになる…。
・・・・・・・・・・・
想定しなかった共鳴。敵の娘が繰り出す二剣の攻撃は、国術院で感じたことのある西姫のオーラを伴っている。若い娘も、繰り出す技に共鳴を感じているはずだ。本来なら共に庇い合う中での共鳴のはずが、戦う相手と共鳴を起こしている。確かに周りの武器が自在に二人の方へ飛んでくるのだが、周辺に至るとどちらが主人なのかを判断しかねるように、それらは周りを回遊していて手元には届かない。剣圧が激しい中では、拾うことも出来ない。
突然、娘は直剣の二本の大剣を僕に刺し投げた。僕は当然にその二本を叩き落す。共鳴の起きている場での、剣同士の接触と轟音。音圧を利用するように大剣の連撃を畳み掛ける。娘はそれを避けるように、はるか後ろに大きく飛びのく。
それは時間を稼ぐためだったのだろう。覚えたての呪文を唱えている。否、呪文ではない。霊剣操に似た言葉・・・・。そして、彼女は僕が見たことのない構えをとっている。
それと同時に、僕の持つ大剣は振り回せないほどの重さになった。他方、娘はレイピアを鞘に納めたまま後ろに控えさせ、左ひざを折ってゆっくり屈み、低く構えている。低く構えた身は、まるで隙だらけだった。
「娘よ、お覚悟」
そう言って僕は勢いをつけて大剣を振り下ろす。その先にいる娘はなぜか笑っている。次の瞬間、力任せに振り下ろした大剣は、空を切った。その代わり、細身の剣が僕の左側を襲う。左わきを切られるのか……。否、大剣を振り下ろした反動で僕は宙に浮き、娘の剣は左の腰骨に浅く打ち込まれた。骨に金属が当たった激痛で僕は倒れこみ、気を失った
・・・・
絶姫は、自分が霊剣操で相手を倒すことができなかったことに、不満足だった。
「とっさに、レイピアを使ったのです。しかし、そのとき相手の動きがとても遅く見えました。そこで打ち込むことができたのです。でも、相手が霊剣操を使いこなすなんて。霊剣操は私の母から受け継いだものです。帝国の国術院を卒業した帝国側のエージェントは多数います。しかし、霊剣操を使いこなすものは、ごく少数です。私の父と母、そして鳴沢という指導者と…」
ジャクランは考え込んだ。
「とすると、この男は相当の使い手だ。国術院の首席クラスだろう。その彼が出張ってくるとすると、私が鬼没旅団の指導者格ジャクランであることを知ってのことだろう。今後の行動方針は再検討する必要があるね」
絶姫は信じられないという顔をした。
「国術院の首席といえば、エリート中のエリート。その男が不真面目なのでしょうか。私を口説きにかかったのですよ。若い女だと思ってモーションをかけるなんて・・・・。最低なやつ」
「そう思うのかい。それならこの男を利用する価値があるということだね。でも、本当は気になっているんだろ? 君を口説くなんて相当物好きだものな」
「どういう意味ですか」
「私は君を幼い時から育てているんだぜ。何を考えているかなんて、手に取るようにわかるよ」
「私は、別に・・・・」
「けがの手当てをしてやりたいだろう? それに、利用価値もあると思うよ」
「わかりました。拠点へ連れて行くんですね・・・。あくまで利用価値があるから連れていくんです。そういうことですよ」
そう言いながら、絶姫は洞窟を出てどこかへ行ってしまった。
ここで、周りの議論の声により、僕はようやく目を覚ました。
「あれ、ここは…」
ジャクランは、目を覚ました僕の顔を覗き込んだ。
「あんた、若いけど、帝国の国術院の出なんだろ」
僕は黙っていた。なぜ国術院の卒業者であるとわかったのであろうか。彼は帝国の内情にとても詳しそうだった。それとも、腕の立つ国術院の名は、鬼没旅団でもよく知られるようになったのかもしれない。
「ちょっと、持ち物を調べさせてもらったよ」
ジャクランはそういうと、僕の持ち物を投げて返した。
「何も持っていないんだね。すると、あんたの素性は不明だということか・・・・」
「僕は、確かに国術院の卒業です」
「名前は言えないのかね」
「お判りでしょう。不用意にお話しすることはないですよ」
「けがをしているから、私の連れの娘が治療をしたいそうだ。だから、拠点へ連れていくつもりだよ」
「どうぞ、ご自由に。あの娘に負けてしまうのならば、どうせ逃げられないでしょ」
「そうだね。あの娘は強い。幼い時から強かった」
「あなたが鍛えたんでしょ。しかし、あんたが彼女に霊剣操を教えるとは…」
「私が、かね。私は霊剣操を教えることはあり得ないね」
「とすると、彼女はあんたに拾われた・・。拾われる前は帝国の臣民だった…。ということか・・・」
ジャクランはしまったという顔をした。
「しゃべりすぎたね。まあ、きみはどうせ帝国へ帰ることはない。今は寝ていてもらおう。帰り次第、あの娘に尋問させるさ」
ジャクランはそういいつつ僕を麻酔させて置き去りにし、洞の外へ絶姫を探しに出てしまった。
・・・・・・
「気が付いたかしら」
目の前にはあの娘がいた。
「へえ、鬼没旅団は尋問に美女を活用するんだね」
「私が美女ねえ。あなたも魅力的だわ。敵でなければ、あなたに惑わされているところよ」
「惑わすなんて、そんな力はないさ。所詮君に負けた身だ。あの技は僕の知らないものだった。美しく構えて一瞬にして剣を無力化して…。細身の剣にスレンダーな肢体。伸びやかな手足。実に魅力的だ」
「そう、私に言いよるつもりなのかしら。まあ、剣についてなら話してもいいわ。あの場で本来用いる剣は日本刀という細身で片刃の剣のはずなのよ。私もよく知っているわけではないのだけれど」
「知らなくても使えるとはね。可憐で華奢な肢体に、生まれながらのチートな能力だね。天は二物を与えたり。父親と母親に感謝するんだね」
僕が重ねて女性美に触れたことに、この娘は明らかに戸惑っている。このまま口説き続ければ、うまくいけば仲良くなれる。
「刀を使いえることについては、その通りよ。私の父は立派な方よ。母から聞いていたわ。私のためにロザリオをくれて・・・・。でも、私の外見について話すつもりはないわ」
目の前の娘は、一瞬物思いにふけっている。話し方も不用心だ。尋問にもなっていない。これなら、なんとか篭絡できるかもしれない。
ついでに、この娘を連れ去って家族にしたい…などと、あらぬ考えまで頭に浮かんでいる。そう思ったのだが、甘くはなかった。
「父のロザリオは祈りと涙を重ねた跡がついていて、手紙に託されていたわ。父の文字と匂いが私の唯一の慰めだったわ。祈りを重ねていた父、あんたなんかよりとても立派な男よ」
「そうかよ」
この娘は、全然尋問になっていない。それどころか独演会を僕に無理やり聞かせているようなもの。僕には目の前の娘が馬鹿に見えてきた。
「もうわかった、尋問しないなら、もうその自慢話から解放してくれないか」
「ここは解放区よ。何も縛るものはないわ」
「解放区?」
「そう。ここは、鬼没旅団の蘭州市解放区本部よ」
「解放区本部だと? 何からの解放だというんかね」
僕の声の調子には、たぶんあざけりが含まれていたらしい。それを聞いて目の前の娘は怒って答えてきた。
「そうよ。煬帝国から解放した地域のことよ。あなたは何にも知らないらしいから、教えてあげるわ。東瀛の沖縄から派遣されたエージェントは、南はマラヤから帝国領のシャムへ、西はペルシャからインド亜大陸の帝国領へ迫りつつあるわ。私たちも高麗から北京、そしてここまで全ての霊廟の渦動結界を没滅して来たわ。まつろわぬ神邇どもが霊廟にのさばっていたけど、すべての者たちが逃げ出すか、まつろう神爾に生まれ変わるかしたのよ。その結果、霊廟は廃墟になるか、または周りの住民たちの自由のための祈りの場になったわ。かつて結界の中で押さえつけられて生きていた住民たちは、すっかり自由を謳歌しているのよ」
「ほほう。確かに渦動結界を没滅すれば、帝国は支配を維持できなくなる。しかし、僕は確信している。我らが魔醯首羅様は、混とんとしたこの世に、剣によって陰陽の太極すなわち渦動結界を形成し、この世の秩序をもたらしたのだ。それが帝国であり、滅びと再生の輪廻転生をもたらしたのであり、それがすべての民たちの幸せをもたらしているのだ。そうである限り、お前たち鬼没旅団が神邇達を追い払おうとも、僕たちのようなアサシンの力によって必ずまた帝国の支配を回復できる」
「それは霊剣操ね。そこに謳われている世界はまさにそんな世界ね。私も知っているわ。『霊は精神なり。霊剣とは陰陽未分の剣にして渾渾沌沌たる所の一気なり。易曰闇と淵の水の面を無極動きて陽を生じ静みて陰を生じ一気発動し陰陽分れて万物を生ず。剣を直に立るは渾沌未分の形陰陽有て万象を生ず。故に是を陰陽剣生れと云う』 剣がなす陰陽の渦、これがすべての始まり。これによって剣が動き、渦動結界が動き、結界内のすべての剣が支配されるように見える。そして・・・『先ず己が情欲に同て敵を屠て敗退を思はず。心中の陰剣と陽剣と一致になりて千変万化の業をなす。再び剣を直に執るは万物一源に帰する形に表す』 これによって剣の真の姿を露わに説明すると・・・。そして、これを確立した者について、マケイシュラの名を示しているわ。つまり、『此気を墨家に明鬼神(祖先神)と号し帝鴻氏是を太一と名づく。我朝魔醯首羅と称す。始もなく終もなく火に入て焼けず水に入て溺れずと死て滅びざるとを以て当流未来までの執行とする者なり。然りと虚ろに得て言べからず。耳に得て聴べからず。心に得て会し自得して知べきなり』とね」
僕は、驚いた。目の前の敵方のエージェントが霊剣操の奥義を知っているとは。この奥義は国術院の中でも限られたものしか知らないはずだった。僕と西姫と鳴沢先生と…。目の前のこの娘はなぜ霊剣操の奥義を知っていたのか。しかもその理解は、完全なものだった。




