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地下の武器倉庫

 秋の放課後。誰もが帰った後の風景。ふつうは僕が一番早く学校から飛び出しているのだが…。朱色の光が辺りを塗り潰す時刻のせいか、教室には誰もいなかった。進学校の生徒が皆、こんなに早く帰るのだろうか。いや、これは誰かによる何らかの処置なのだろう。校庭もグラウンドも時が止まっている。

 明かりのない準備室の前。鳴沢がその戸口に立っていた。暗闇のマントをまとい、目だけが居場所を示すように赤く光る。昼間の死んだ目つきとは異なって、少し目じりも口元も切れ上がっている。

「秀明君、ちょっと私について来てくれるかな」


 ・・・・・・


 螺旋階段を降りると、目の前の廊下の向こうは光のない部屋。本来ならば、鳴沢のいる社会科準備室は、一階階段教室の向かいの暗がりにあったはず。多少の灯りもあったはずなのだが。現実には、目の前の暗さの向こうには、準備室とは違う空間が広がっていた。

 どこか穴蔵の中にいるような暗がり。ちょうど夢の中にいる感覚だったのだろうか。僕は何かを思い出していた。記憶というものではなく、身体が覚えている何かだったような気がする。

 そこでは鳴沢が待っていた。彼の目は、すっかり重く切り込む目に変わっていた。大剣のやいば、その切っ先のような目。

「君を選ぶとはね。本当は違うと思っていたのだが。君自身で認めているんだものね。頭が悪いとか、運動音痴だとか、ひねくれ者だとか・・・」

 確かに授業中に堂々と居眠りをする僕のような生徒には、愛想が尽くのだろうな。ましてやひねくれ者が寝ぼけて大声を上げるに至っては、教育的指導も虚しい。

 以前、僕は鳴沢にネチネチと、またこってりと絞られた。やれ熱意がない、寝るな、などなど。その時も僕が解放されたのは、もう皆が帰りきった頃だった。教室には誰もおらず、校庭でもグラウンドでも誰もが帰った後だった。


「宇喜多君、ちょっと私について来てくれるかな」


 鳴沢は暗がりから出て螺旋階段を下がっていく。僕もその後を追った。一階を通り越し、地下三階よりも深く潜っていく。

「先生、どこへ行くんですか」

「地下の奥底、君にとっては地獄かな」

「では、さようなら」

 僕は「地獄」という言葉を聞いて反射的に元の階へと駆け上がった。ただでさえ牢獄高校なのに、その下が地獄なんて出来すぎている。駆け上がり、また駆け上がり・・・・。息が切れてきた。いつまで登れば戻れるのだろうか。

 その僕の首根っこを、いきなり摑まえる冷たい皮手袋。

「何しているんです。この階段は下り線用です。登ることはできませんよ」

 走りながら横を見ると、俺の肩越しに鳴沢の顔が見えた。

「さっきから、後ろを向いてランニングの練習ですかね。それとも逃げようとしている? でも、さっきからその位置を十センチも動いていませんよ」

 俺は汗だくになって足を止めると、エスカレータのような階段も動きを止めた。

「さあ、逃げられないことはわかりましたよね」

「どうせ、牢獄高校なんだから、逃げられるわけはないと思っていましたよ」

 負け惜しみを言いながら、下へ降りていくしかなかった。


 行き着いたのは武器博物館地下倉庫とでもいったところだった。

「宇喜多君、先ほど授業で君にも教えた霊剣操を覚えているかい」

 授業では僕は寝入っていたはずだが、そんなところへ語られた言葉など覚えているはずもなかった。

「えー、今日の授業でそんなことをやりましたっけ?」

 鳴沢は嘆息した。

「そうだったね。君はいつも眠っているんだよな。でも、今日の授業の内容だぜ。少しも覚えていないのか? 仕方ない。ここでもう一度、復習をしよう」

「えー、もう帰りますよ」

「何を言っている。古文は卒業に必須だよ。このままなら君には赤点をいや零点をつけざるを得ないんだよ」

「だって古文はつまらないんだもの。一番……。それに、どうせ僕には無理ですよ」

「はあ、一番つまらないのか? 無理なのか? 教師として自信をなくすよ……。でも、君には今夜中に覚えてもらうよ」

「今夜? 家に帰してくださいよ」

 成澤の顔色が変わった。

「今ここで覚えなかったら、君のご両親の直明さんとふく子さんのみならず、近所のコミュニティごと来年には消えていると思うよ」

「どうして?」

「今、帝国はテロとの暗闘の中にいる。表面ではわからないだろうが、彼らの工作員が帝国全体にはびこり始めている。彼等は都市部に限らず各地域で、我々が長い間敬い続けてきた神邇(ジニ)様達に挑んでいる。至る所で結界が破壊され、この近くの結界域、講と呼ばれる礼拝集団が崇める神邇様はもとより、御神体に宿る神邇様や、結界、小さな祠の神邇様まで、戦いに持ち込んでは粉砕されている。神邇様を崇めるコミュニティが破壊され、寂静じゃくじょうだった人々はすっかり変わっている。君の住んでいるところでも時間の問題だよ」

「そんなあ。いやだよ。無理だよ。僕が覚えなくちゃならないなんて。僕が頑張らなくちゃならないなんて。ほかの奴がいますよ。頭のいいやつとか、運動神経のいいやつとか。この高校で運動神経のいい奴なら、頭もいいし。そいつらにやらせればいいじゃないですか」

「残念ながら、誰もいない。現に私の授業中に吹きとばされて僕の片割れのところまで飛んで来たのは、君だけだった」

「だからって、もっと探せばいるはずだよ。僕なんかより」

「探し回っていたさ。葛飾も隅田も江東も江戸川も。もう君しかいないんだぜ」

「そんなこと言われても、僕は知らないよ」

「そんな性格がいいのかもしれないね」

「どういうこと?」

「快楽主義なところだよ。ただ、逃げすぎて自己否定気味なところが困っているのだが。まあ、とりあえず、結論は君が戦いに立つことしかない。それで……。君には武器が必要だね。敵との戦いのために……。ここに、帝国全体からの全種類の武器が集められている。われらの敵に対する有力な武器だ」

「待ってくださいよ。心構えが…」

「心構えは、武器を握れば霊剣操で得られる。武器が教えてくれるよ。戦い方から、心構えから、修羅場の乗り越え方から、ね」

 僕の周りには、多くの武器が陳列されていた。

「さて、ここにあるのは、帝国の歴代アサシンの各地での戦いを支えてきた武器だ。グラディウス ロングソード 直刀 ショートソード サーベル レイピア カッツバルゲル ブロードソード ファルシオン ショーテル シャムシ-ル シミター カタール カトラス バイキングソード、タガー。そして、近代の戦争で使われた武器もある。ガンね。何か気づきませんか。・・・。これらはすべて小規模戦闘、もしくは帝国アサシンと鬼没旅団工作員との戦闘にいられるものです。この戦いに勝つには、大規模な戦闘ではなく、有能なアサシンによって敵の工作員を丁寧に排除していくことが必要なんだ。帝国アサシンと旅団工作員との戦闘は、濃密なものだ。君はそんな戦闘における秀でた能力があると見込んでる。誰でもできる戦いでない。つまり君以外に、誰もこの一帯の結界を守る者、ひいてはこの世を守る中心者はいない」

「わ、わかりましたよ。でも、操力だっけ? 操たること? そんなこと、全然わかりませんよ」

「いい子だ。教材をもう一度持ってくるから待っていて。 」

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