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秘跡:霊刀操

「霊刀操」と表書きされた古文書。老人は、道場の祭壇から埃を払いつつ、切れてしまいそうな羊皮を取り出した。

「これはのう、私が昔、藤原六星と名乗っていた時に、手に入れた物じゃ」

「『藤原六星』? 五星という名前では?」

「藤原五星じゃと? そんなはずはない。そんな者はおらんはずじゃ」

「母からそう聞かされていたものですから……。ところでそれにはなんと書いてあるのですか」

「これは、すでに訳してあるのじゃが…。読めぬのか?」

「はい……」

「きょうびの教育は随分とひ弱に成り下がったものじゃのう。では私が読んで進ぜよう。

『霊は精神なり。霊刀とは空真未分の刀にして渾渾沌沌たる所の唯一気也。』

 ここでは、この世の始まりと霊刀の発祥とが同じであって、この世の始まりからの秩序を司る道具たるものが、この日本刀と呼ばれる武器であると言っておる」

「こんな細い頼りない武器が?」

「そうじゃ。先程立会いの際に私が唱えた言葉によって、両手にはその細身の刀に似た刃、つまり真刀と空刀が出現する。それらは、どんな大剣よりも強くしなやかに圧倒するのじゃ」

 絶姫は半信半疑だった。

「私が急に力を失ったのは?」

「それは、次の文に記されておる。

『理曰闇と淵の水の面を聖霊動ずるところに、光を生じ一気発動し闇に勝て万物を生ず。刀を直に立るは渾沌未分の形光有て万象を生ず。故に是を刀生れと云う。』

 つまり、渦動結界内で霊剣操によって剣を自在に使おうとする動きを、聖なる霊の力によって圧倒し、渦動結界の源たる闇を地に叩き落とす。あなた方が使う渦動没滅という技ではなく、渦動結界の根源である邪悪な権能を空中から叩き落とすのじゃ」

「では、霊剣操を中和したのですか」

 絶姫は早合点をした。

「中和だと? 確かにこの作用はある限定的な場合にしか発揮されない。しかし、お前様のいうような、そんな子供騙しではないぞ。つまり、次に書いてある。

『先ず己が情欲に勝て敵を恐れず勝敗を思はず。心中の空刀と真刀と一致になりて千変万化の業を成す。再び刀を直に執るは万物一源の光に帰する形に表す。』

 つまり、欲と恐れを克服して戦うとき、渦動結界の根源や全ての邪悪がすべて吸収されるのじゃ。これを、アップコンバージョンともいうらしいが、さらに高次波数の渦動に変化するということじゃのう。そして、次の部分では、その権威が何処から来ているかを宣言している。つまり

『此の気を使徒に言と号し耶氏是を三一と名づく。我朝道と称す。始でありて終であり火に入て焼けず水に入て溺れずと死て滅びざるとを以て当流未来永遠の執行とする者也。然りと虚ろに得て言べからず。耳に得て聴べからず。心に得て会し自得して知べきなり。』

 と謳っているのじゃ」

「今わかることは、これは私に不要なものだということです。いつも使えるものでもなければ、私には意味がありません。私には、この手に渦動没滅の技もありますし、霊剣操でも戦えますから」

「そなたは、それらの技が通じない時を想定しないのかね」

「要らないわ」

「それなら、私が………」

 ジャクランはたまらず申し出た。

「いや、この技は誰でも使えるというものではない。まあ良い。やはり、まだ時が来ていないようじゃ。今は、私の使った細身の刀とともにこの古文書を覚えておきなさい。貴女がここ『ヒンドゥーの死の山』へ来て六星の名を呼べは、私と貴女は物理的に接触できる。その時にこの霊刀操を進ぜよう」

「霊刀操……。私には、難しすぎるわ」

 絶姫は不満そうな顔をしている。

「今は行きなさい。ここはヒンドゥーの死の山の谷あいじゃ。高度四千メートルを超えるケンジャニスタン峠を越えたところにある。この谷あいは、重力の増幅によって断層が形成されている。高度4千メートルを超えれば、もとの重力がそれだけ減少する。その峠だけがこの断層を突破できる場所じゃよ。

 どうかな。こういってもわからんだろうな。しかし、そのうち、また会えるじゃろうて」

 六星老人はそう二人を促した。ジャクランは絶姫を急き立てながら六星の前を辞した。

「それではこれで失礼いたします」

「またな。そうそう、そこからそちらの世界へ断層を通って戻る時は、この断層の駆動源になっているどこかの渦動結界の中へ戻ることになると考えられる。それだけは気をつけての」


 ………………………


 六星を見た渦動断層から出たジャクランと絶姫は、獅駝嶺の獅駝洞の奥で元の時空世界に戻ることができた。そこがちょうど獅駝嶺の渦動結界の中心だった。


「ここは、獅駝洞の真ん中だ。敵の中枢に飛び込んでしまった。迂闊には動けない。ただし、饕餮とうてつを撃つチャンスも多いということもできる」

「その時には、二人で直接に攻撃をかけて確実に討ち取りましょう」

 そういうと、二人は気配を消しながら更に奥へと向かった。


 饕餮とうてつはちょうど西姫やハルマンと迎え撃つ相談をしていた。

「ハルマンが彼らと遭遇したのは、すでに半年も前になる。しかし、そのあとの彼らの足跡は不明ね」

「ここを通り過ぎたのではないか。私に恐れをなしてここを通り過ぎたのじゃろうて」

 饕餮はそう言ってすっかりふんぞり返っていた。

「そう自信過剰になることが一番危険なのよ」

 ハルマンは自戒しながらそう返した。

「しかし、現に彼らは表れていない。守りはあんたがたがいて鉄壁じゃ」

 饕餮は守りの算段にあまり関心を持てなくなっていた。普段行っている魑魅魍魎の狩りをしたくてたまらないようだった。

 こうして、饕餮もハルマンも西姫も、獅駝洞を後にして出かけてしまった。


 獅駝洞の中はいくら歩き回っても無人だった。

「こんなはずはない。結界が生きているままであるじがいないなんて」

「このあたりに謀議をした跡がありますよ。このあたりの地図とそのうえで陣形の相談まで・・・・。陣形を相談しても私たちにはあまり意味がないのに・・・・。あっ、これは狩りの相談です。戦いがあることが分かっているのにいい気なものね」

「我々は鬼没旅団。神出鬼没を旨としている。いい機会じゃないか。結界が薄い嶺のふもとで、外から戻る彼らを急襲してやろう」


 ・・・・・・・


「私の手にかかれば、狩りなどたやすいこと」

 ハルマンは自慢げに話している。饕餮もそれをほめていた。

「私よりも上手じゃの。どこで狩りをしていたのか」

「私の生まれは、高麗。そこから九州にわたって生活していたわ。オンゼナと一緒にね。彼がまるで好き勝手なことをしていたから、私は狩りで日ごろの食事を賄っていたのよ」

 西姫は、ハルマンがオンゼナを見捨てた背景を納得した。これならハルマンを信じてもよいかなと思い始めていた。

「狩りの獲物はここで始末してくれ。洞の中には持ち込まんでくれよ」

 饕餮はそう言いながら洞への道を戻っていった。


 洞の入り口では、ジャクランたちが待ち構えていた。

「目の前を饕餮とうてつが一人でいる。助太刀たちは…。あきれたな。向こうで食事をしているぞ」

「今がチャンスですね」

「絶姫。お前はここにいろ。一人で目立たぬように饕餮とうてつを滅する。そうすれば、わざわざ渦動結界を没滅する必要もない」

「しかし、それは危険です。返り討ちに会うかも…」

「だから一人でやるのだよ。見ておれ」

 そう言って、ジャクランは饕餮とうてつの前に進み出た。

「お、お前、誰だ」

「名乗るまでもない、鬼没旅団、ジャクラン推参。貴兄を滅する」

「あ、あ、お助け・・・・・」

 一瞬にして饕餮は霧散していた。ジャクランは時を置かず、食事をしている西姫たちに襲いかかる。対する西姫たちは虚を突かれ、逃げ出すのが精いっぱいだった。

「洞の中へ。あそこにはまだ結界が残っている」

 洞の中へ逃げ込む西姫とハルマン。それを追うジャクラン。それを目の前で見ていた絶姫は言葉を失った。

「あ、母上! なぜここに? それにハルマンも一緒だなんて・・・・」

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