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西姫の変貌

 西姫はアチャの丁寧な介抱によって徐々に回復した。アチャはどこまでも優しかった。それは、物理的接触を伴わない神交法的房中術だった。

「気分はいかがですか。今日は、このご馳走を召し上がれ」

 毎日出されたものは、鳥、兎、木ノ実などあまり馴染みのない薬膳料理ばかりだった。ある時は、軽々と西姫を抱えて、高い木々の上や山々から、遠くの海をも見渡せる風景を見せてくれた。

「本日は外の空気を取り入れて見ましょう」

 そうして、五日ほどだった頃にはすっわかり元気になっていた。

「今日のお加減はいかがでしょうか?」

「すっかり良くなりました。いつも、気づくとあなたの世話になっていますね。毎日毎日、いや、いつもいつも」

「それは私の目の前にあなたしか入ってこないからですよ」

 そのほとんど口説きに等しい返事は、いつも西姫の心を揺さぶり続け、火照ったような戸惑いを余計に増幅させていた。先日のオンゼナの言葉も、西姫の心を乱していた。

「でも、あなたは、義理の娘さんに惹かれているではありませんの?」

 アチャには確かにそんな思いもあったのかもしれない。不意を突かれて、アチャは言い淀んだ。

「そんなことはありえません」。

 西姫はその戸惑いを見逃さなかった。それは西姫の経験したことのない嫉妬を呼び起こしていた。

「もう、看病は結構です。近寄らないでください」

 西姫は、自分の言葉と心の動きに戸惑った。アチャもまた西姫の突然の態度の変化に戸惑いを隠せず、やっとの思いで必要な作業を終えて出て行った。。


 次の日も、アチャは西姫へ薬膳料理を運んできた。

「少しばかり、山の幸が増えておりますよ」

 アチャは必ず声をかけて枕元へ配膳台を置いた。しかし、西姫はアチャの顔を見ようともしなかった。西姫にはアチャの困惑が手に取るように感じられたのだが。そんなことが数日繰り返された。

 ある日、アチャは無言だった。薬膳料理を西姫の枕元へ無言のまま枕元へ置く彼の仕草に、西姫は思わず振り返ってアチャの顔を見つめた。それに呼応するかのように、アチャは西姫の両肩を荒っぽく強く握りしめ、その痛さに西姫は思わずアチャを睨みつけた。

「私はあなたが嫌いよ」

「そうですか」

 アチャの目は笑ってはいなかった。アチャは、西姫の抗議を無視して彼女を軽々と抱き上げて歩き始めた。西姫が両手で彼を叩こうが、平手で彼の頬を叩こうが、無言のまま屋外へ連れ出され、木々の枝から枝へと飛び上がっていった。彼は、そのまま西姫を韓国岳へ抱えて登った。

 韓国岳から海を見下ろすと、九州の南西には東海が広がっているはずだった。西姫にはその紺碧の空と翡翠色の海が心に浮かんだ。そして、そこにはあの子が居るはず……。

 西姫は突然に絶姫を思い出した。今までなぜ思い出せなかったのだろうか。西姫は自分を責め、顔色を曇らせた。

「どうかなさいましたか」

 アチャは、西姫の動揺した心を観てとり、瞳を向けて西姫に問いかけた。その瞳は、先ほどとは異なった優しいものだった。

「絶姫は今どこにいるのでしょうか。別の部屋で過ごしているのでしょうか?」

 アチャはやはりという顔をしてこたえた。

「彼女はジャクランと言う男に連れ去られてしまいました。私が気付いた時には、もうこの地を離れていました」

「なぜ教えてくれなかったのですか?」

「あなたは今やっと動けるようになったのです。体調が良くなるまでは、あなたに教えるわけにはいきませんでした」

「アチャ様、わたしは彼女を探しに行かなければ……」

「連れ去られてからもう日が立ちますが、手がかりはあります。あわてず、時を待つのです」

 そう言われて西姫は渋々奥宮の自室へ戻った。


 しかし、五日ほどだった時、西姫はアチャを再び問い詰めた。

「アチャ様、絶姫は今何処にいるのでしょうか。どんな手がかりが残されていたのですか?」

 アチャはいった。

「カラスたちの報告では、ドンジャクランと言う初老のテロリストの親玉が、幼い絶姫を沖縄へ連れ去ったのだそうです。そして今ドンジャクランは、東瀛のどこかにまた来ているとのことでした」

「テロリスト?」

「そうです。彼らは東瀛はおろか、朝鮮、大陸の北部、ルソン、タイ、インドなど、煬帝国全域に出没して神域を破壊し回っているのです」

「ジャクラン……。必ず探し出す」

 その時、西姫はあまりの怒りに顔色が赤から青銅色、黒鉄色に変わった。奥宮の柱と天井が揺らぎ始めている。次第に屋根の瓦が次々と落ち始めた。

「西姫殿?」

 アチャは西姫のあまりの怒り、あまりの変容に驚き、一歩退いた。それは、一瞬九尾の龍のような怪物に見えたのだった。既に奥宮の柱は全て倒れている。周りの木々は幹が割れ、土石が舞い始めている。何かの呪いに浸り切り、その毒気を周囲に撒き散らしているようだった。

 アチャは声も出ず、変容していく西姫を見るばかりだった。西姫は奥宮を破壊し尽くしてそのまま海の方へ歩み去っていった。

「彼女は商伽羅の妖獣、九尾狐クビルだったのか」

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