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渦動没滅師 ドンジャクランと絶姫

 ドン・ジャクラン(Dom Augustin Jacquelin)は沖縄から来た渦動没滅師だった。彼は霧島のある社を訪れていた。そこは、霧島温泉郷から少し離れており、八幡ハルマン宮の本宮があったはずだった。そして、それは彼が没滅させる目標でもあった。ところがここへ来てみると、この本宮はすでに十五年も前に使われなくなっており、神域もすっかり潰えさっていた。

 今までジャクランが関わってきた神域は、渦動没滅師の関与なしに滅ぼされることはなかった。何が此処で起こったのだろうか。


「この社にはもう誰も来ないのですか?」

 ジャクランは参道だったらしい道の近くにいた林業従事者の男にきいた。

「なんじゃあんたは? ああ、御朱印を集めにきなさったのかい」

「ええ、まあ」

「此処は、カルト騒ぎがあってから、誰も寄り付かんようになったんじゃよ」

「カルト騒ぎ?」

「そう、此処からあの山を回り込むようにして入り込んでいくと、十五年前に人のいなくなった部落跡がある。そこで、人身御供のようなおかしな祭りをしていたんじゃ」

「人身御供? どんなことを?」

「その部落にあった保育園が怪しいところでな、園児の一人が十五年に一回くらいの割合で、居なくなっていたんじゃ。それがあの時は母親まで揃っていなくなってしまった。それからと言うもの、皆、その部落から逃げ出したらしいぞ」

「そんなことがあったんですね」

 ジャクランは一通り宮の廃墟を巡ってみた。すでに社殿跡の中まで草が生え、荒れ放題のままだった。しかし、此処にその頃の痕跡は見当たらなかった。


 次の日に農夫が言っていた部落跡を訪れた。ほとんどが林に覆われつつある集落跡には、人間の営みは感じられなかった。その代わりに、一軒だけ壁が一部崩された廃屋があった。また、その家から大木たちがなぎ倒されて遠くまで空の見通せる一角があった。すでにその痕跡には若い木々が伸び始めていたが、その跡は韓国岳へ向かって一直線に続いていた。


 ジャクランはしばらくその廃屋を調べまわっていた。放置された玩具や家事道具に混じって、古いロザリオが放置されていた。それを手に取った時、背後に気配を感じた。

「そ、それを返してください。私のものです」

 見れば、四、五歳の幼女だった。しかも身につけているのは、鴇色の袴と白の着物だった。

 彼がロザリオを渡すと躊躇なく身につけて、ジャクランを睨みつけていた。

「此処へは何しに来たのですか。此処は私の家です」

「この廃墟を調べに来たんだよ」

「廃墟? ここは私の家です」

「ここは、もう十五年も前に廃墟になっているんだよ。五歳ほどの君がここに住んでいるのかい? それに、君は不思議な格好をしているね。まるで、大掃除の後の巫女さんのようだ」

 たしかに絶姫の衣装は巫女のようであり、その袴や衣には、泥と蜘蛛の巣と細かい枝葉が伸び絡みついている。

「私は八幡ハルマン宮から今帰ってきたところです。この家は私の家です。ここが廃墟と言いましたね。どういう意味ですか? 何を調べているのですか?」

 青い目が緑色の目を覗き込んだ。

八幡ハルマン宮を目標に来たのだが、この社は既に廃屋になっていた。この家も同じような時期に打ち捨てられたように見える。その社もこの家もが廃屋になる前には、人身御供のような怪しげな行事が、この地区で行われていたと言うことなんだよ。君は、ここに住んでいると言いたいらしいね。でも、ここに住んでいるはずの君はまだ四、五歳なんだろ? でも、十五年もの間誰も住んでいた形跡はないよ。君の居場所はどこにあるんだい?」

「ここにある部屋が私の……」

 絶姫が言葉を失った。部屋という部屋は壁に穴が開き、畳はすでに穴が開き土くれと化していた。弱欄はそれに構わず言葉をつづけた。

「その宮で人身御供に差し出されると、その先は、奥宮まで連れて行かれるという伝説があるはずだと思いましたが、そんなことは廃墟の参道近くでも誰も知りませんでした」

 幼女の顔色が変わった。

「奥宮にはこの数百年誰も行っていません。存在も場所も知っている人はいないはずです。あなたは何者なのですか?」

「そこには貪欲、色欲の神邇達がいたはずです。私は彼等とは相容れない組織の人間です」

「貪欲、色欲?」

 幼女は独り言のように繰り返していた。

「ねえ、君の名前を教えてくれるかな? 私はジャクランと言うんだ」

「私は絶姫と言います」


 話は、少し前に戻る。オンゼナが奥宮の西姫を襲っていた時、絶姫は奥宮にアチャの後に続いて戻ったところだった。そしてその目の前でくりひろけられたオンゼナとアチャとの争いと、アチャを呼ぶ母親の扇情的な声は、絶姫にとって男女の無秩序な色欲の姿であり、単なる物の取り合いではなかった。淫欲と貪欲の絡んだその取り合いは、純粋一途と言う姿勢が微塵もなかった。母親自身の姿さえも女そのものだった。そして、きっかけとなる隙を作らせてしまった絶姫は、自分自身を最も許せなかった。絶姫は、全てを目の前にして混乱し、呆然としたまま奥宮から麓へと逃げてしまった。

 絶姫は奥宮から出て来たが、十数キロは歩いたのだろうか。もう戻り方はわからなかった。唯一、温泉郷の近くにある本宮の位置はわかったのだが、そこには、なぜか既に十数年前に廃屋になったらしい社殿があるだけだった。そして、あやふやな記憶を頼りにこの住処へと帰って来たのだった。

 しかし、住んでいた家や部落はなぜか使われなくなって十数年も経たように古くなっており、家の中まで草が生えていた。ただ、彼女の大切にしていたロザリオは、汚れていたものの手に取り戻すことができたのだった。


「たしかに、あの神邇達の色欲と貪欲はけがらわしく、争いさえ起こしています。私の母上さえも巻き込まれてしまった。しかも、そのきっかけを作ったのは私です。私がいたから、いつも色欲の渦が始まってしまう。だから逃げ出して来たのです」

 絶姫は、思わずそう大声で叫び、奥宮で何が起きたのかを吐き捨てるようにジャクランに告げた。

「あんな神邇達のところへ行ってはいけません。皆滅んでしまう」

 ジャクランは絶姫をかわいそうに思った。

「じゃあ、君はこれからどこへいくの?」

 絶姫はジャクランを見上げた。

「分かりません。行きたいのは、私の告白を生け贄として受け入れてくれた方のところです。告白したことが私を今まで苦しみの日に支えてくれました。母上はアチャ様に房中術を使っていた。父上をお忘れになって……。父上はいないし」

「私のところへ来るかい?」

「……」

「あのような神邇達のいないところだよ」

 その様子を見たジャクランは、幼女を歩くように促しながら、少しずつ語り始めた。


 ドンジャクランの話を聞きながら、絶姫は、遠くの記憶を辿るように幻を見続けた。それは、輪廻転生を繰り返すようになる前の記憶だった。

「エージェントが活躍する前の戦乱のころ、私は沖縄から台湾へ上陸したことがある。渦動結界を没滅する前の台湾では、ほかの帝国領と同様に、盗み、人身御供、貪欲、奴隷、神殿娼婦、神殿男娼などが見られた。それらはタブラカス結界の渦動の中で隠されていた。貪欲な神邇達が欲し、輪廻でリサイクルする人間達を惑わし、再生させては食い物にしていたんだ。貴女はここの神域、つまり結界の中で、淫乱で盗っ人であり貪欲な神邇たちを見たはずだ。ここの神邇たちは、神域を守る役目の国術院学生たる貴女の母上も、貴女も、極上の供物にしか見ていない。彼らは本来、人間に仕えるための存在なのに、人間を食い物にするとは。それでも貴女の母上は、この結界、いやこの結界が属するタブラカス結界を守ろうとした。それは、真実の姿を単に知らないからだろうな。

 タブラカス結界は、大きな粒のように形成された渦動、大きな粒の集合だ。それによって、結界内の気は、見せかけの粘性を持ち、まるで何かがあるように見える。その渦動が神域を作り出し、好き勝手な神邇達が住み着き、世世の経綸を暗くしていく。だから光さえも遅くなり赤方偏移を起こして赤く見える。しかし、本来の気は結界などと言うものはなく、澄んでいる。そして、その場その場で与えられる細かく鋭い息吹によって、生き生きと動く。ゆえにその気は青く見える。この惑星も本来は青く見える。その息吹が、すべてのものをいかすんだ」

 今では、帝国のタブラカス結界は、帝国の北側や南側の一部が崩壊しつつある。それは沖縄、台湾と言われる東海沖に点在する海の島々から始まった。いわゆる倭寇ね。わたしたちは、その本拠地へ戻っていくところだ」


 ここで、絶姫はジャクランを見上げた。

「貴方はテロリストの方?」

「テロリスト? いや、違うよ。私の名はドンジャクラン。鬼没旅団の渦動没滅師だ」

「鬼没旅団?」

「鬼没旅団は、昔、倭寇と言われていたんだね。その身印は刀と鎌。始まりは、九州沿岸部の、倭人、カトリックのポルトガル人、広東人、済州人の自由人たちでした。この四百五十年の間、東海を自由の海とするために、明帝国、煬帝国や、その背後にいるタブラカス結界や神域の諸勢力と戦い続

けて来た組織だ」

「絶姫。私は大陸でもインドでも、マラヤでもルソンでも、多くの戦いを経てきた。特に、大海戦となった台湾の戦いでは、多くの部下、仲間を失っている。あのとき、私たちは沖縄や太平洋の島々から多くの船で集まって、台湾へ攻め寄せた。私たちは新月の時に上げ潮に乗り上陸するつもりだった。

 しかし、陸には既に無数の敵たちが待ち受けていた。彼等は多くの矢を射かけてきていた。それだけでも多くの仲間が倒れた。驚いたのは薙ぎ払いと呼ばれる無数の剣だった。剣のつかの部分を宝珠でつなぎ合わせ、渦動結界の威力なのだろうか、それらをぐるぐると回しながら投げてきた。その投擲が何回も繰り返され、闇夜に紛れているはずの私たちの船は殆ど壊滅して、多くの倭寇の船員たちが失われた。ただ私たちだけは、居合と呼ばれる東瀛の刀の技で宝珠を切りさき、一瞬の隙をついて上陸することができた。

 この戦いは、剣に対して、一刀を持って断つ 刀の技と精神が必要なんだ」

 ジャクランと絶姫との会話は、ジャクランの宿に着いてからも続けられていた。

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