表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/31

オンゼナとアチャ

「母上!」

 絶姫の呼びかけで、西姫は目覚めた。部屋の中央に設けられた屋根付き寝台。その横で絶姫が西姫の手を握っていた。

「絶姫か?」

「はい」

「私はどうしたのかしら?」

「アチャ様に助けられました。十日前にここへ運び込まれたのです」

「アチャ? 十日前? 此処はどこ?」

「はい。アチャ倶利伽羅不動様が此処にたまたま顕現されました。所行の明らかなオンゼナとハルマンは、この奥宮から追い出されました。此処は、彼等の住居だったところです。お母様の服はズタズタにされていましたが、怪我はほとんどありませんでした」

「そうね。あの弓は、私に触れる事は出来なかったけれど、装具が全て吹き飛ばされたわ。私はそのために動けなくなってしまったのね」

 絶姫は、母の若い黒髪と白い豊かな肌が晒されていたことを思い出し、怒りを覚えた。

「あの二人は許さない」

「でも、彼らはこの神域の結界の中心よ。私もあなたの父上も彼らのための学生なのよ。国術院の生徒としてこのような帝国の結界を守ることを義務として学んできたの」

 西姫は、絶姫を見ながら秀明の顔を思い出した。同時に、絶姫をまもりきれなかったことで母親一人だけでの心細さを感じていた。

「私もあなたの父もよ。だからあなたも…」

「しかし…」

「御婦人よ」

 背後から、アチャが話しかけて来た。絶姫は驚いて思わず振り向いた。

「ご婦人よ。貴女の娘の指摘はもっともだ。彼等は過ぎた真似をした。そして、私が彼等からここを取り上げたのだ」

 西姫は、若い青年の姿に化身していたアチャに見とれた。心の奥では秀明のいない寂しさがあり、それらの思いに心を乱しながら上の空で礼を言っていた。


 絶姫は警戒しながら問いかけた。

「アチャ様、此処は私たち二人のみが過ごす場所ではないのですか? それなのに、いきなり入って来るのですか?」

 アチャは絶姫が彼に恭順していないことを見て戸惑っていた。西姫も絶姫の言葉に自分とは異なる態度を見出して意外そうな表情だった。

「絶姫や。アチャ様が介抱して此処に運んでくれたと貴女が教えてくれたではありませんか。その態度は大変失礼ではないですか」

「私は、此処が誰のものなのかをはっきりしておくべきだと考えただけです。私たちの所有にしていただけたのであれば、アチャ様がいきなり入ってくることはおかしいと存じます。他方、アチャ様の持ち物とされるならば、母上は養生のために滞在できるものの、私が此処にいられる場所ではないと思います」

 アチャは機嫌をとるように二人に話しかけた。

「此処は、もともとオンゼナとハルマンの作り上げた宮だ。此処はあなた方のものでもなければ、私のものでもない。しかし、彼等を此処から追い出した以上、しばらくは占有しているあなた方は此処にいて良いだろう。私は管理者だから、見回りに来ているだけであるし・・・」

「では、私たちは此処を借り受けられているのですね。では、その間は、入ってくる時には合図をしてくださいませ」

 絶姫の言葉は、やはり警戒的だった。

「その通りにしよう。ところで、母上のお名前はなんと申すのか?」

「西姫と申します」

 絶姫は母の代わりに答えた。

「そうか、西姫と言うのか。あの学生の連れ合いはここに来ていたのか」

 アチャは独り言のように呟いた。そのアチャの顔に一瞬驚きと興味の表情が現れたのを、絶姫は見逃さなかった。

 その後、西姫は疲労が蓄積していたのか、深く寝入ってしまった。室内を通る風は涼しいものの、幾分か潮の香りがする。もう夏なのだろうか。絶姫は誰も入ってこないことを確かめて、母親の服を薄物に変えた。汗をぬぐいつつ一通りの看病をすると、母とはいえその素肌はまだ若く滑らかだった。そんな介護が五日ほど続いただろうか。ただこの神々の結界の中心で過ごす一日が、下界の一年になることを、西姫も絶姫も知らなかった。


 ある日、絶姫は西姫を置いて一人で奥宮をはるかに見下ろす韓国岳へ登っていった。気晴らしのためだった。奥宮の外は梅雨がもう開けており、確かに盛夏だった。眼下には足元に奥宮があり、その先には人里が霞んで見えた。

 動きのない山の風景だった。そのはずだった。しかし、小さく微かにうごめいている木々があった。オンゼナが忍び足で奥宮を襲おうとしているのは明らかだった。まるで絶姫が部屋を開けることを待っていたかのような襲撃だった。今から母の元へ取って返して、間に合うだろうか。

 しかし、絶姫が戻った時に見た光景は、忍び込んだオンゼナと、部屋の何処からか現れたアチャ、そしてアチャの名を嬉しそうに呼びかけた母の姿だった。


 オンゼナは、誰もいない奥宮に忍び込んだ。元は自分の家でもあり、勝手は分かっていた。オンゼナとハルマンが設置した太極はまだ健在であり、彼のなじみの結界がまだ維持されていた。その結界の張られた奥の座敷に西姫が眠っているのが感じられた。オンゼナに『来てください』と語りかけるような、黒髪と白い肌の姿がオンゼナの躊躇を消していた。

「西姫! 西姫。しっ、声を出すなよ。だいぶ弱っているなあ。さて、これからオレに付き合ってもらおうか」

 そう言って、眠っている西姫の肢体に手を掛けていた。

「お前は絶姫の代わりだ。しかし、それにしても若い」

 その時に西姫は目覚めた。

「えっ?、アチャ様?」

 はっきりと目覚めた時に、西姫は悟った。一人でこの部屋に残され、オンゼナのほかは誰もいないことを。しかし、次の瞬間に何処からかアチャが飛び出して、オンゼナの設置した太極もろともオンゼナの体を建物の外へ放り投げていた。

「嗚呼、アチャ様‼︎」

 西姫は、オンゼナを拒否し、アチャへ嬉しそうな視線を送っていた。

「まさかとは思ったが、他人の管理下にある客人に対して、何をしている」

「ああ、そこの女か。それはオレの女だ」

「ハルマン殿はお前の連れ合いではないのか」

「彼女は俺から逃げ出しやがった」

「そんなに簡単に連れ合いを解消するのか?」

「お前は独り身だからな。そんなこともわからないだろうよ」

「亡くした連れ合いを忘れたことなどない。娘はいても、連れ合いの連れ子だ。本気で相手にしたことなど……」

「ほほう、あの優しい雰囲気の娘か。義理とはいえ娘を相手にするとは。お前も所詮、色界の神々に過ぎぬな」

 オンゼナは立ち上がりながら烈火のごとくに吠え立て、朱雀の剣を突き立てて周囲の土砂を巻き込んだ火災龍を繰り出した。それが奥宮とその周辺に落とし、焼きはらおうとした。しかし、アチャの繰り出した音響衝撃波は、オンゼナの太極を十個のかけらに割ってしまい、周囲の建物全てを上空へ粉砕した。そして、続けざまにオンゼナの体と太極のかけらを、東の果てへと吹き飛ばしていた。

「西姫殿、神邇どもの醜態を見せてしまったな」

 西姫は無言のままただただ圧倒されていた。そして、外から一部始終を見ていた絶姫は戻って来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ