絶姫掠奪
「絶姫を貰い受ける」
ハルマンはただそれだけを言い、絶姫を抱えた。
「待て!」
西姫が声を上げた時には、すでにふたりは家の外へ飛び出していた。
絶姫は揺さぶられ、流石に目を覚ました。目を上げると、異様な形相の女に抱えられている。
「いやだよ。下ろして」
遠くから母親の声が聞こえる。
「待てえ!」
ハルマンは無言のまま。まるで獲物を捕らえた鷹のように、ぐんぐん進んでいく。
なぜ女が娘をさらうのか? 自分の娘にする為か? オンゼナの為か? オンゼナが指示したのか? いずれにしろ、追いかけて絶姫を取り戻さなければ。西姫は必死の思いで森の中を駆け抜けた。月明かりに照らされて、ハルマンが絶姫を抱いて、木々の枝を飛ぶように逃げていく姿が見える。絶姫の悲鳴も続いている。西姫はそれを追って駆けていつた。落葉広葉樹の広がる高原に来ていたため、距離がはなされつつあったが、まだ見失うことはなかった。
行き着いたところは、人間が殆ど行かない奥宮の参道入り口だった。そこにオンゼナが朱雀の剣を持って待ち構えていた。
「よく来たな」
「あれは貴方の連れ合いか? 私の家族をかえせ」
「西姫。お前は嘘をついていたな」
「私がどのような嘘を?」
「俺が『国術院の学生さんなら、二人一組で行動するのではないのですか? 』と尋ねたとき、『はい、確かにその通りです。もう一人の連れ合いは、目的地まで旅をする途中に発熱してしまい、今ここで休んでいるのです。』とこたえたよな」
「確かにそうお答えしたはずです。国術院の学生は二人一組で行動する。今は二人で、もうひとりつれあいがいる、と。私の連れ合いが国術院のペアのもう一人である、とは説明し申していません」
「我等がその言葉に最初に気づいていないことが悪いと言いたげだな」
「私はここで国術院の学びをするつもりはありませんでした。単に、ご挨拶の為でした」
「つまりは、お前たちはあの地区の住民になった筈だな。それならば、絶姫は私のものだ」
「しかし、私はその娘が国術院学生の彼と私の子供であることを説明してあるはずです」
「ほほう、そうなれば私のものではないと言えるのかね」
「そうです。では、返してください」
「そうは行かぬ」
「仕方ありませんね。力づくで返してもらいます」
西姫は剣を抜き、オンゼナに突撃した。彼女は国術院一番の使い手らしく、朱雀の剣を振りかざすオンゼナを圧倒した。オンゼナは、まるでおされているかのように奥宮つまり神域へ西姫を誘い込んだ。
そこは渦動結界の中心。西姫は神域の波動に乗って踊るように立ち回った。
奥宮へ入った途端に白虎により強化されていた朱雀の剣は、さらに三重に強化された。そこへ畳み掛けるように複数の矢。突然に青龍弓から放たれた矢だった。さらに複数本が西姫の至近距離を掠めた。それらはソルマントを纏ったハルマンが放った矢だった。更に数本の矢を射かけられ、西姫は右手で剣を持ち、左手で体を守らなければならなくなった。
西姫は霊剣操を操を操しはじめる。言葉を唱えれば、西姫の言葉そのものが周囲に広がり、更に言葉を重ねて剣を斜めに振った。それにより、朱雀の剣は単なる剣に、青龍弓は単なる棒になってしまった。それでもオンゼナは玄武杖を投じた。それが西姫をしたたかに打ち、西姫の霊剣操を操する動きが止まった。
「母上!」
絶姫は初めて霊剣操を操した。玄武杖が絶姫の足元へ飛ぶ。絶姫は玄武杖を取ると同時に、オンゼナ、ハルマンへ襲いかかった。
ハルマンは、不意を突かれたものの、絶姫の打撃を左腕でかろうじて受け止めた。その衝撃でハルマンの腕は使えなくなった。しかも、オンゼナは絶姫の棒術に押されている。絶姫の勢いに押されて、ハルマンはおもわず叫んだ。
「オンゼナ、もうやめようよ」
ソルマントのハルマンは、美しい女だった。二人は高麗から追われるように九州の地にながれ着き、二人は韓国岳の中腹にハルマン宮の奥の院を作り上げた。ここで彼女は外との交流をすることなく、オンゼナに言われたことをそのまま信じてすなおに生きて来た。その彼女がこの時初めてオンゼナに逆らった。オンゼナは絶姫に圧倒されながら、怒りを発した。
「何を言うか」
その隙を絶姫がついた。オンゼナはたまらずに倒れこむ。
「この小娘が!」
「母上を卑怯なやり方で撃ったことを、私は許さない」
絶姫が怒りに燃え上がった時、別の声が響いた。
「監視役、アチャ倶利伽羅不動顕現。皆、そこまでだ」
倶利伽羅不動だった。
………………………
「オンゼナとハルマンよ。この奥宮から立ち去れ。その所行、目に余る」
「アチャ、し、しかし!」
「問答無用。すべては私の前に明らかだ」
絶姫は、玄武杖を守ったまま倒れている西姫へ駆け寄った。
「母上」
「絶姫、あなたは無事だったのね」
西姫はそういうと、その体を抑えていた左手が力なく下に落ちた。西姫の豊かな黒髪がその露わな姿に沿って流れていた。絶姫は母の顔を抱きしめ涙を流した。しかし、豊かな胸が上下して呼吸しているのに気づいて、次にすべきことを考えた。振り返ると、アチャが西姫の姿に見惚れて放心していた。それが意味するところを悟った絶姫は、露わな母の胸の前を自らの身体で隠すように塞がった。
「母は、酷くやられているのです」
アチャはその言葉に我に返り、絶姫にやっと言うことができた。
「心配するな」
アチャは、絶姫にそういって西姫を抱き上げ介抱した。
「絶姫殿、私をアチャと呼びなさい」
しかし、絶姫は若いアチャに警戒心を解かなかった。




